70.特別授業
二丁拳銃を乱射する、《イソップ》と名乗る少女。
ひとまず物陰に隠れ、様子を窺いつつ、どう対応したものかと決めあぐねていると、唐突に先生が。
「ここは私がなんとかします。あなたはあちらへ」
「そんなの無茶です。《アンデルセン》には、アヴァリティアですら苦戦していたのに、それ以下の先生に《イソップ》をどうにかできるとも思えません」
「合っているのでなんとも言えないんですけど、ちょっと辛辣すぎませんか?」
そうですかね? そんなことはないと思いますけど……ないですね!
戦闘能力は確かに高いものの、《七色の大罪》には、本格的な訓練を受けた組織に勝ち得るほどの能力はない。それはアヴァリティアの件でわかっていること。
「早く出てきて。《グリム》たちでは戦闘効率が悪いから、わざわざ自分が出てきたのに」
「彼女たちもかなりの腕だと思いますけど?」
「《グリム》は短刀、近距離でのみ戦闘可能。《アンデルセン》は大剣、重いもので戦う意味がわからない。銃は遠くでも近くでも戦える。だから銃が最強」
「銃も弾切れを起こしますが? まさか無限にあるなんて言わないでしょうし」
「そう、無限。自分の弾数は無限。いくら撃っても問題ない」
ハッタリ……でしょうか? ですが、ここでそんな嘘を吐いたところで、弾切れを起こせばバレるもの。ということは、本当に弾数が無限だとでも……?
ですが、《イソップ》はあの場から動こうとしない。このまま物陰に隠れてさえいれば、いくら弾があろうといずれは切れるはず。
「自分は動きたくないから、早く来てよ。早く殺らせてよ。早く自分を愉しませてよ」
「いやいや、撃たれるとわかっていて、出ていくわけないでしょう」
「そう。それなら」
《イソップ》が銃を横に向けると、引き金を引く。その方向は明らかに私たちとは違う。気でも狂ったのでしょうか。
やがて電柱に当たると、こちらへ銃弾が向かってくる。……こちらへ? マズい、あれは──跳弾!
「くっ……《可惜身命》!」
銃弾の方向に防御壁を展開。弾を防ぐと、着弾した銃弾が地面をえぐり穴を開ける。
うわぁ……当たったら痛そう。脳とかガーン! って来そう。痛いの嫌だな……。アイリスからならご褒美なんだけどな。
「このままではこっちのジリ貧で負けますよ」
「そうですね、なんとか足止めできればいいんですけど……あれしかないですかね」
「なにかあるんですか?」
「まあ、彼女にケガをさせることになりますけど」
この作戦を実行するには、《イソップ》が再び銃を撃つのを待たねばならない。
心苦しいやり方ですが……あぁ~、心苦しいなぁ~!
「次こそは、その頭を撃ち抜く」
「来た! ──《出没自在》!」
目の前に空間を繋げる門を開く。繋げる先はもちろん──
「うがあぁぁぁ!! やって、くれたなぁ!」
脚の傍に門を開き、銃弾をぶつけてやると、《イソップ》は喉が張り裂けんばかりの叫びを上げる。
「なんです、いきなり《イソップ》の様子が……!」
「二重人格というやつでしょうか。ですが、相手の脚に当てるというのはさすがです」
「さあ、あちらに向かいましょう」
先生と話していたために気が逸れていて、ここでようやく気づいた。
──私たちの周りに無数の銃弾が飛んでいること。そして、私たちに向かってきていること。
あまりにとっさのことで、私は《言霊》を使うのも忘れて先生に覆い被さる。
「危ないっ!」
「ちょっ、セリア・リーフ!? なにを──なっ、銃弾!」
「がっ、ああああぁぁぁあ!! …………あとは……頼みましたよ、先生」
「起きてください! ねえ! 一旦退くしかないですね……」
あの数を受けきるのは無理でしたか……
薄れゆく意識の中、最後に聞こえてきたのは《イソップ》の高笑いだった。
「キャハハハハハハハ!! やったやった! 《全知全能》のセリア・リーフを殺った!! あとはスペルビアを──あーあ、逃げられちゃったか」
◇
「……ここは」
「おや、目が覚めましたか、セリア・リーフ」
私が目を覚ますと、隣にはイスに座り本を読む先生の姿が。
いやそれ私の部屋の本棚に置いてある小説ですよね? なにを勝手に読んでるんですか。まあいいですけど。
よく見たら、それ百合百合なちょっとえっちぃ作品! やめて! 私の性癖を見ないで!
「しかしセリア・リーフ……。こんな本を読むんですね。えぇと……キスに始まり、あんなことやこんなこと……R指定の本ですか?」
「違いますぅ! 私はアイリスとの今後をシミュレーションしているだけですぅ! あとR指定じゃないです。サービスシーンです」
「ですが、どの作品のあらすじを見ても、似たようなものばかりなのですが」
「私はそういうの好きなんですからいいじゃないですか」
ねえ、知ってる? 今の私って無数の銃弾をもろに受けて満身創痍なの。そういうことするのはダメだと思うんだよ。
結婚までの計画を立てるのっていいじゃないですか! そろそろザクシィとか読んで準備始めましょう。
「そういえば、先生の家に行ったときに、結婚情報誌が大量に落ちてましたけど、あれはどなたのもので?」
「え、えーっと……ルクスリアとかじゃないですか? 少なくとも私ではありません」
「本当に先生のものでないなら、私の目を見て話してください」
「ほら、私って目を見て話すの苦手じゃないですか」
「知りませんし、そもそも聞いたことないですよ」
これあれですよ。「わたしぃ~、○○が苦手じゃないですかぁ~?」とかいう、エミルが言いそうなやつ。いや、なにが苦手とか知らんわ!
なんてバカな話をしていると、先生は大きくため息を吐く。
そんなことしてると、幸せが逃げて婚期も逃げますよ。ひな祭りじゃない日に雛壇を飾ってやろうかぁ!
「こんなバカなことばかり言っている余裕があるのならいいですが、あなた……」
「なんです? もっと私とお話したいですか?」
「そうではなく。あなたは無茶をしすぎです。なにかしらに関わるたびに、こうやって気を失ってるじゃないですか」
「……私はいいんですよ。死ぬことはありませんから。そう思うと、《言霊》の力ってすごいで──」
そこまで言ったとき、パチンと音が響くと同時、左頬にじわじわと熱が帯びてきた。
目の前には手を振り終えたのであろう先生の姿が。そして、荒々しく胸ぐらを掴まれた。
「ぐっ……な、なんですか……」
「あなたの、アイリス・フェシリアを大切に想う気持ちは素晴らしいです。ですが、自分の身体を、命をぞんざいに扱いすぎです!」
「私は、私の思う正義のために《言霊》を使う。それのなにが問題なんですか!」
「確かに死にはしなくとも、あなたの傷つく姿を見て、アイリス・フェシリアはいつも泣いてるんですよ!? それのどこが正義ですか! それは正義なんかじゃない……自己満足なんです!」
先生はさらに顔を詰め寄らせてくると、今までに聞いたことのないほど声を張り上げた。
「本当に正義を掲げたいのなら、一番近くにいる一番大切な人くらいは、ずっと笑顔でいさせてあげなさい! ……これが今日の私からの授業です」
「……すみません。これからは気をつけます」
私が返せたのは、たったこれだけの言葉。
いつもなら、もっと軽口を叩いているところだが、今はそんな状況じゃない。私には護らねばならない人がいる。
「アイリス……待っていてください。私が必ずあなたを助けます」
未だ少し痛む身体にムチを打ちベッドから立ち上がると部屋を出た。




