65.偽皇太子の引き渡し
「それでは、改めて私たちだけでお話といきましょうか」
「は、はい。よろしくお願いします」
「先ほど、執事さんとお父様が話された際、お父様は前向きだそうです」
「本当ですか!? それはよかったです」
ごめんなさい、嘘なんですぅ!! お父様が許しても、私が許すわけないでしょう!
アイリスと結婚したければ、私を倒してからにしなさい。
それと、お話と言いましたけど、実は騎士団職員が来るまでの時間稼ぎなので、のちほどお縄についてもらいます。お勤め頑張ってください!
「さて、ここからは私の意見ですが、この子をあなたには渡せませんね」
「ですが、お父様は前向きだと!」
「私は居候の身とはいえ、彼女の家族です。そうやすやすとは渡せないんですよ」
どちらにせよ、渡すことは叶いませんが。
「結婚は人生の墓場とは言いますが、そんな死に向かわせられないんです」
「そんなこと言ったら、結婚なんてとてもでは……!」
「させない、というわけではないんです。結婚をすると、男は豹変すると聞きます。自分の養いで成り立っていると驕り昂り、傲慢になる」
もちろん全男性が当てはまるわけでないし、女性にも言える。そんなことはわかっています。
お父様のような方もいらっしゃることですしね。
「この子の欠点である、人に流されやすい性格に漬け込まれては堪りませんからね」
「そんなことは──」
「──ないと言えますか? 半端なことでもして離婚なんてことになれば、一国の王女の経歴に傷をつける。その責任は持てますか?」
「え、ええ、それはもちろんです」
「そうですか」
外から聞こえるダッダッという音。……来ましたか。そろそろですね。
では、ここで話は終わり。
「ですが、お話はこれきり。それでは、おとなしくお縄についてくださいね」
「え、ちょっと…………チッ、虫も殺せなそうな顔してよ! こっちが下手に出りゃ調子に乗るなよ!」
やはりダメでしたね。こんなあっさりと化けの皮が剥がれてるじゃないですか。
「虫ってこの世界にいるんですか? ……まあ、それはともかく。虫なんて簡単に殺せますよ? もちろん──人間だって」
「ヒッ……!」
男は顔を引きつらせる。その顔に滲んでいるのは恐怖の感情。さしずめ、私の言葉ででしょうけど。
「通報があったのはこちらですか!?」
騎士団職員の一人が駆け込んでくる。
その職員に続いて、三人がやって来た。四人も来るとはなんとも頼もしい。
「こちらの方と、そちらの部屋に一人おりますので、よろしくお願いします」
「お前か! 騎士団まで来てもらうぞ!」
「いや、俺は──」
抵抗虚しく連れられていくグレイズ(偽)。
暴れてはいたものの、ガタイのいい男性職員には敵うはずもなく、あっさり連れていかれた。
「大丈夫……ですかね?」
「そうですね、これと言った証拠がないので、かなりすぐに釈放となってもおかしくないでしょう」
「そうしたらまた来ちゃうんじゃ……」
「どうでしょう。これに懲りてくれれば私としても助かりますが」
この家のお金目当てみたいだったので、もうあきらめるかと思いますけど。
粘着質な人だった場合、いつの日か来てもおかしくはないですね。十分に警戒しておかなければ。
「事情をお聞きしたいので、ご同行いただけますか?」
「はい。行きましょうか、アイリス」
「はーい」
◇
「どういったことがあったんですか?」
「彼らは王家の財産を狙い、《フレージアル皇国》皇太子を名乗り、婚約を迫ってきました。いわゆる結婚詐欺ですね」
「なるほど。お二人の関係はご存じですか?」
「ええ。もう一人の黒髪の男は執事を騙る、協力関係のようですね。アイリスをバカと言ったんですよ? 即刻しょっ引きましょう」
「まあまあ、落ち着いてください……」
私は拳を握り、イスから勢いよく立ち上がる。ガタリと倒れたイスの脚が私の脚へとぶつかる。痛い。
泣きそうになるのを堪えながら、熱くなっているところを職員さんになだめられる。
我に返った私は、恥ずかしくなりつつもイスを起こして座る。ふぐっ……恥ずかしい……
「セリアさんもわたしのことバカにしたじゃないですか」
「あの、それは……ごめんなさい」
「まあ、セリアさんならいいですけど……」
私は悪いことをしたら謝れるんです。偉い子ですからね!
いやでも本当にすみませんでした。まだ処刑はされたくないです。
散々振り回されることになった私たち。そこで、職員さんにある提案をした。
「あの、帰りに彼らを煽って帰ってもいいですか?」
「いえ、刺激されると困りますので……」
「ええ……そうですか、仕方ないですね」
「セリアさんのそのすぐ煽るところ、早めに治したほうがいいですよ」
ダメですかね? このテレビをご覧の画面の前のあなた、嫌いな相手って煽りたくなりません? あっ、ならない。それは失礼。
私って性格悪いんですかね……こんな美少女なのに。こんな! 美少女! なのに! 大事なことなので二回言いました。
「さて、今日のところは帰りましょうか」
「では最後に、お名前だけ伺ってもよろしいでしょうか」
「セリア・リーフです。彼女は──これって本名言っても大丈夫なんですか?」
「どうでしょう……」
王女の身分を隠すために、基本的に日常生活では『アイリス・フェシリア』を名乗る彼女。騎士団に言ってもいいものか……
確か登録したときはアイリスの名で通したはずですし、こちらで伝えますかね。
「彼女はアイリス・フェシリアです。それより、どうして名前を?」
「なにかあった際、こちらで即座に対処できますからね。騎士団内での掲示板のようなものですね」
「なるほど。それではよろしくお願いします」
あとのことは職員さんに任せ、家に帰ることにした。
みんなも詐欺にはご注意!
「あの人、これからどうなるんでしょう?」
「騙そうとしてきた相手を心配なんてしなくていいのでは」
「でも、しばらく牢屋の中なんて寂しくないですかね?」
「獄中は娯楽が少ないとも言いますしね」
まったくないわけではないと思いますが、ちょっとしたものでしょう。トランプやボードゲームなどでしょうか。
「私だったらアイリス成分が足りなくなって困るので、犯罪はしませんけどね」
「わたしってなにか成分出してるんですか?」
「出てますよ。こうやって抱きついて、匂いを嗅いだら──ほら」
「わたしはわかりませんでしたけど……そんなにいいものなら、足りなくなったらいつでも言ってくださいね!」
「い、いいんですか……?」
「セリアさんが必要ならいいですよ?」
なにこの展開……。合法的にアイリスの匂いを嗅げる……? 最高かよ! 神様ありがとう。
「それなら毎秒……」
「いやそれはさすがに……。せめて毎時間くらいで」
えっ、毎時間ならいいの? それなら本当に毎時間しちゃうよ?
なんて話をしていると。
「? 今、なにか……」
「どうかしましたか、セリアさん?」
「ああいや……気のせいみたいです」
背後から感じた視線。あまりアイリスを不安にさせるのはよくないですからね。
とりあえずは私が付いて彼女を護ることにしましょうか。
仮に私が標的だった場合であれば、対処は簡単にできますからね。最悪ぶった斬る。
「本当に気のせいですか? いつも一人で抱え込むんですから」
「ま、まあ、アイリスは本当に気にしなくていいですよ」
「なにかあったら言ってくださいよ?」
「ええ。頼りにしていますよ」
そのときはなにごともなく、無事に家へと帰宅した。
◇
なにかあったと言えば次の日。
特にすることもなく、アイリスとリビングでテレビを観ていると、信じられないニュースが報された。
『昨日、騎士団によって逮捕された、《フレージアル皇国》皇太子を名乗る男と、その執事を名乗る男が逃走した模様です』
そのニュースというのも、例の男たちが逃走を図ったというもの。
もしや昨日のあの視線はこいつらの……! マズい、アイリスに仕返しをしに来る可能性がある……
再逮捕までは警戒を解くことはできない。アイリスに付きっきりになるしかないですね。




