62.暴君の末路
「そんな作戦、やっぱりわたしはいいと思えません!」
「ですが、これしかないんです。確実に奴を押さえるには、勝ってはいけないんです」
この世界はおそらく、セルシア・リーフェルによって、日本とそっくりな世界が創られている。
であれば、法整備も日本と似ている可能性がある。
基本的に街中での戦闘は問題ないものの、騎士団からの依頼でない限りは死に瀕する戦闘はおこなってはいけない。
日本の警察というものは、実害などがなければ動いてくれないと聞く。現行犯で確実に取り締まるなら、物理的要因で死ぬことのない私が動くしかない。
「それなら、ベルさんのお腹にあるって言っていた痣を見せれば──」
「そんな確証、根拠のないもので対応するとは思えません。ぶつけたとでも言われれば、それではいおしまい。よくて児童養護施設に入れて終わりですよ」
人間というものは、確実性のないものが怖い。一〇〇パーセントでなければ、一パーセントになにかが隠れていると思い動けなくなる。
いくら騎士団職員という正義感に溢れた職業に就いている者でも、そういったものには足が竦んでしまうもの。
「それなら、出すとこ出しましょう!」
「違う。出るとこ出るんです。そんなことしたらあなたが捕まりますよ」
なんてこと言い出すんですかこの子は……
一国の王女が公然わいせつで逮捕とか冗談にならないですよ。見せるなら私にだけにしてください。
というか、今結構シリアス展開だったのに、そのひと言でぶち壊しですよ。……まあ、緊張が解けたのはいいですけど。
「えっ、わたしなにか悪いことしましたか……!?」
「そうではなく、出すとこ出したら捕まるので、服は着ていてください」
「当たり前じゃないですかー。セリアさんってば、おバカさんですか?」
あーもうアイリスに言われたらおしまいです。
心がというより、この天然水よりも天然な彼女におバカとか言われたからそろそろキレそう。
「あっははは、服剥いだろか」
「怖い! セリアさんがなんか怖い! 目が笑ってない!」
こんなキュートスマイルを怖いだなんて失礼ですね。
スマイルシンデレラとか呼ばれちゃう。今バストもシンデレラとか言った人は正直に手を挙げてください。地獄まで追いかけて徹底制裁を下します。
しかし、この子といると本当にいい意味で調子が狂う。
「私、アイリスと出会えてよかったです」
「そうですか? そう言ってもらえてうれしいです」
アイリスの太陽のように明るい笑顔を見てから見たくなかった、ゲイルのうしろ姿が目に入る。
商店街という人通りの多い場所での騒ぎは避けたいですが、他にはいい場所もありませんし、ある程度は人目につかないとこちらとしても都合が悪い。
下手をすれば、私から喧嘩をふっかけたとして問題になる可能性もありますが、それほど大きくはないでしょう。
「ゲイル・マーシェル、見つけましたよ」
「ああん? またてめぇかよ、セリア・リーフ。てめぇのせいで《言霊》がなくなって、毎日イライラしてんだよ。ここで憂さ晴らしさせてもらうぜ」
「そうですか、ではお受けしましょう。アイリス、お願いしますよ」
「は、はい! ……無理しないでくださいね」
走り去るアイリスを見届けると、改めてゲイルに向き直る。
まったく……毎回彼に勝つために負けるというのも、私にもプライドがあるので、多少なりともつらいものはありますよ。
「さっきもそうだが、あんな弱っちぃのに学院最強なんて言ってて恥ずかしくないのか? 聞いて呆れる」
「別に私が言い出したんじゃないですよ。いつからか呼ばれるようになっただけです。気に入っているので止める気はありませんが」
「まあいい。てめぇはここで潰す。あのときの恨み、晴らさせてもらう!」
ゲイルが背から剣を引き抜きこちらへ向かってくる。
私もすかさず《出没自在》で剣を取り出すと、迎え撃つために構える。
「ここがてめぇの死に場所だ!」
「それはこちらのセリフです。──《一石二鳥》、《一騎当千》!」
先ほどは《一騎当千》で足りなかったのなら、今回はそれを二倍にすればいい。
……なんて単純な話ならラクだったのですが。
「ぐっ……なんて強さ……!」
ズシンとのしかかる剣撃。もし重力が強くなったらこんな感じなのか、そんなことを思わせる。
戦闘中にそんなくだらない考えごとをしている暇などはないはずなのに、頭が早くから勝ち目がないと悟っているのか、関係のない思考に至る。
ギリギリと上から押さえつけられるように剣が振り下ろされているため反撃に移れない。
「うがっ、ごほっ……おぇっ」
ついに押し負けてしまい、地面に叩きつけられる。
ここは石やコンクリートで造られた道。当然ながら頭や身体にとてつもない衝撃が襲う。嗚咽が漏れ、内臓が飛び出しそうな感覚に陥り、もしや破裂したのではと錯覚する。
もう少し、もう少しなんです……
「おいおい、もう終わりか? 学院最強だなんて笑わせるな。所詮てめぇはガキなんだ。俺には勝てない」
「あぁっ……うぁっ、があぁぁぁ! ハァ……ハァ……」
頭を掴まれ、そのまま持ち上げられる。
頭だけで身体全体を支える負荷と、頭蓋骨を握り潰されそうになる痛みから喘ぎが漏れる。
視界の端に映った影を見て、勝利を確信する。これで──
「これでチェックアウトです!」
なんでこのカッコいいシーンで間違えちゃうかなぁ、アイリスさんよぅ! そんなありがちなボケいらないですよ。
「なっ……、騎士団の連中……! やりやがったな!?」
「ふっ、ふふ……。バカは単純で扱いやすくて助かりますよ」
ゲイルは逃げ出すために、私を道端へ放り投げて走り出す。
これで暴行罪、傷害罪などにでも問われるでしょう。
「逃げるな、待て! 現行犯だ!」
「くっ……くっそぉ! セリア・リーフ……次会うときは許さねぇからな!」
「次があれば、ですけどね」
そうひと言だけ返すと、私の視界が霞み、歪み始める。そのまま眠るように気を失った。
◇
「ここは……」
目を覚ますと、真っ白な天井が視界へと飛び込んでくる。
そこはよく見た光景で、もはや馴染みとなっている場所。
「セリアさん! 目が覚めてよかったです! 家ですよ、わかりますか!?」
「アイリス……あなたがここまで? 助かりました」
「はい、少し重かったですけど」
「え?」
「なーんちゃってー、ははは……」
なんでこの子はここまでデリカシーがないんですかね。お母さんのお腹の中に置いてきちゃいましたか?
とはいえ、助かったことは事実。
「わざわざありがとうございます」
「そんな……、セリアさんこそお疲れ様です。ゆっくり休んでください」
言葉に甘えて言われるままに眠りに入ろうとしたところでやって来た。
「邪魔するわよ」
「邪魔するならお帰りください」
「はーい……って、またこのやりとり!?」
イラがなんの用かと思えば、扉の影からベルが覗き込んでいた。
その表情がどこか申し訳なさそうに見えたのは、私だけではないはず。
「この子、ひとまずアタシたちで預かるわ。施設とかは可哀想だしね。仮の親的な立場になるのかしら。っと、そうだ。ベル、あんたなにか言うんじゃなかったの?」
『今日はありがとうございます。それで、おと言ってはなんですが──』
お礼なんて元よりもらうつもりはなかったのですが、やはり好意は受け取るべきでしょう。
なにかと期待に胸を膨らませると同時に、胸が膨らまないかと期待していると、とんでもないものを渡されることになる。
『靴とか舐めたほうがいいですか?』
「待ちなさい、その知識はどこから? 私は喉から」
『それなら銀のイラさん』
「銀のアタシってなに。赤がトレードマークなんだけど」
ヘンな知識を蓄えてきたことは置いておいて、ベルがこれから楽しくすごせそうなことに私は安堵した。




