61.ここは託児所ですか?
「ありがとうございます。助かりました」
「いいんですよ。わたしはいつもセリアさんに助けてもらってますから」
「さっきのアイリスはカッコよかったですよ」
「えへへ……、ありがとうございます。……『は』ってなんですか! いつもカッコいいって言ってほしいです」
いつもカッコいいって言うんですか……? それは嫌ですよ。だって、アイリスは可愛いんですから。
しかし、アイリスが《言霊》を使うところは本当にひさしぶりに見ましたね。
おそらく試験以降は一度も使っていないでしょう。レアなものを見た気分です。
それでは、これから《七色の大罪》のところへ行きましょうか。なにかあったときのために、家の場所を聞いておいてよかったです。
「さあベル、行きましょうか」
私が声をかけると、カリカリとメモ帳になにかを書き始める。
『痛くされないですか?』
たったそのひと言が記されていた。
痛くされないか、ですか……。やはり、心の底では痛みを感じていたのでしょう。
いや、実際はただ痛かったのかもしれない。誰かに助けを求めたかったけど、声が出ない状況では、誰かに痛いとSOSを送ることすら困難だったのでしょう。
そして助けがないからこそ、自分には誰も手を差し伸べてくれないと思ってしまっていた……のかもしれませんね。
もちろんそれは、私には伺い知ることなど不可能なもの。
これは私の心ではなく、少女──ベル・リンケルトの問題なのだから。
「少なくとも、痛くされませんし、よく知る人のところですよ。どうしますか?」
「行く」、そう答えるように、ブンブンと首が取れてしまうのではと思わせるほどに振る。
あの人たちなら大丈夫……ですよね? 元暗殺者ですから、「うっかり殺っちゃった☆テヘッ」とかないですよね?
うん、まあ……今は信じる外ありませんね。
「誰でもよかった」とか「ムシャクシャした」とか言われたらもうおしまいですけどね。
インタビュー受けたら「そんな人たちじゃなかったんですぅ……! うっ、ぐす……」って答えるんですか?
それとも、「いつかやると思ってました。あの人たちはそんなことしてましたから……」って答えるんですか?
答えるならどっちなんだい! さすがに筋肉ルーレットはできないのでご勘弁を。
◇
「ここがあの人たちの家……」
ベルをおんぶしながら見上げるのは、《七色の大罪》の七人が住む家。
元々住んでいた拠点は組織を離れる際に引き払い、半分身を隠す形で、騎士団から提供された広めの一般的な民家で暮らしている……らしい。
借家扱いのため、賃料は毎月払っているみたいですが。
いろいろな人たちが住んだことがあるためか、ところどころ壁は剥がれ落ち、コケが生えているところまである始末。
うーん……誰か手入れせんかい!
じきにお化け屋敷とか呼ばれて、肝の座った小学生たちが肝試しに来ちゃいますよ。そうなったら私は怖いので来ません。
手が塞がっている私に代わり、アイリスがインターホンを押す。
ピーンポーンと外にまで聞こえるほどの音が鳴り響くも、なかなか出てこない。あれっ、誰もいないんですかね?
帰ろうかと思い、踵を返すと、ガチャリと扉が開かれる。
「あー、なによいきなり?」
出てきたのは、どこか疲れ気味の、アイリスより少し背の低めの赤髪少女、イラである。
「少しお話がありまして。入ってもよろしいですか?」
「まあ……結構うるさいけど、それでいいならどうぞ」
イラに促され、そろそろと足を踏み入れると、なにやら奥から騒ぐ声が。
恐る恐る覗いてみると、まだ昼過ぎだというのにも関わらず、お酒で宴会をしているメンバー(一部)。
「昼からなにをしているんですか……」
「いやね? 前に《教典》の依頼を解決した、いわば祝勝会らしいわよ。普段は呑まないんだけどね」
「あらぁ、セリアちゃん~。来てたの~?」
「なんですか、ルクスリア。……って、うわっ、酒臭っ!」
いきなり絡んできたルクスリア。彼女からは、隠しようのない酒の匂いがプンプンしている。
あなた、戦闘に基本参加しないくせに、祝勝会には参加するんですか。
なんとか引き剥がすと、私はある気になっていることについて訊いてみる。
「祝勝会はいいんですが、先生まで酒呑みとは思いませんでした」
「いえ、あの子は一滴も呑んでないわよ?」
と言われても信じられないですよ。
顔を真っ赤にして眠りこけている姿を見てしまっては。
「それではなぜ? もしや風邪ですか?」
「そんなんじゃないわよ。アルコールの匂いにやられたみたい」
「えっ、弱すぎ……」
確かにアルコールの匂いで酔うとは聞きますが、子供に見られるものとばかり。
いや、そんなことはともかく。
「先ほどの話の件ですが」
「ああ、なんか言ってたわね。それでなに?」
私は、アイリスと手をつなぐベルを前に出す。
少しおびえた様子だが、今はとにかく話を進める。
「この子を預かって欲しいのです」
「ええ……アタシ、子供苦手なんだけど……」
「なんですか、同族嫌悪ですか?」
イラがこてんと首をかしげる。なにこれ可愛い。やっぱロリは最高ですね。
「どーぞくけんお? なにそれ」
「簡単に言えば、自分と同じものが嫌いってことですね」
「へえ、なるほど──って、アタシは子供じゃないって!」
ドンドンと地団駄を踏む様子は、さながら子供のよう。
ここが託児所に見えてきました。え、保育料いります?
心底嫌そうな表情をしていたイラだったが、根は優しい彼女は、渋々ながらも引き受けてくれた。
「うーん、でもあんたが困ってるのも本当みたいだし……。わかったわよ、でも少しの間だからね?」
「ありがとうございます」
イラに礼を言おうとしたのか、メモ帳にペンを走らせる。
『でも、子供に預かってもらうのはちょっと……』
「ちょいちょいちょい! だから、アタシは子供じゃないわよ!」
明らかに自分に向けられた怒声だとわかり、私の背に隠れる。ベルってば……!
「ベル。本当のことを言うからイラが怒ったじゃないですか。ダメですよ、はいせーの、イラは大人です」
『イラさんは大人です』
「言わされてる感が拭えてないのよねぇ……」
仕方ないですよね、メモ帳に書いてるんですから。言葉にしないと気持ちは伝わらないっていいますし。ハハハ、シカタナイヨネ。
「あとのことはこっちでやっとくから、あんたらは早く帰りなさい」
「そうですね、夜になったら困りますし。それに、やることがあるので」
夜になることより困ることが、こちらにはありますが……
そちらを先に処理しておいたほうがいいですかね。
アイリスにもやってもらいたいことがありますし、今日は一緒にいてもらいましょう。もし夜までかかったら困るからではないです。
「まさか、また危険なことに首突っ込んでんじゃないわよね?」
「そんなわけないでしょう。これくらい、危険でもなんでもないです。私一人でも解決できますので」
「えっ、セリアさん、さっきボロボロに……」
「やっぱりそうなのね。なにがあったの? こっちで解決するから言いなさい」
「この件は私の問題です。手を借りるつもりはありません」
「あっ、ちょっ……待ちなさい!」
イラからの怒り混じりの制止を無視し、屋敷をあとにした。
《教典》の依頼で彼女たちには手をかけさせてしまいました。これ以上迷惑をかけるわけにはいきません。
「あの、セリアさん。これからなにをするつもりですか?」
「奴を……ゲイル・マーシェルを倒し、騎士団へと引き渡します」
「そんなこと、またさっきみたいに……! ダメです、やめましょ!?」
「わかっています! ……でも、私はこのままではいられないんです。そこで、あなたにはやってもらいたいことが」
ベルをあんな目に遭わせた彼を易々《やすやす》と見逃すなんてことはできない。
──次こそは徹底的に潰します。




