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語彙力最強少女の英雄譚  作者: 春夏冬 秋
第二章 《夏期休暇》編
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60.声失し少女の心の内

 どうすればと悩むのは簡単なものの、目の前にいるベルの問題を解決するのは難しい。

 人の気持ちとはまさに複雑怪奇。他人が計り知ろうと足を踏みいれど、心という迷宮のそのあまりの複雑さに迷い、果てはさらなる疑問を生み出す。

 いたるところに行き止まりがあり、いたるところに地雷が置かれている。

 それも相まって、他者はそれから先へとは足を進めようとしない。



 しかし、それを突破し、取り除こうとする気概があるものこそが、相談相手に相応しいと言われるような人物なのではないでしょうか。

 私とてそれを目指しますが、なんでも話を聞けばいいわけではない。

 ──行きすぎた正義は悪となる。

 であれば、行きすぎないようにするならどうするか。それなら、行かずに待っていればいい。



「わかりました。それでは、なにか話したくなるまで私がそばにいます」



 そう言って、ベルの座るベッドに、私も腰かける。

 それと同時に、ベルはヨロヨロとおぼつかない足取りで、お腹を軽く押さえながら立ち上がり歩き出す。



「ど、どうしました……?」

『お手洗いに……』



 目の前に出されたメモ帳には、ただそのひと言が書かれていた。



「それではアイリス、彼女についていてもらっても?」

「はい、それはもちろん」



 二人が歩き去るのを見届けると、私は失礼とは思いながらも、ベルのカバンを漁る。

 もちろん金銭を盗んだり、私物をどうこうするつもりは毛頭ない。

 私が気になっていることは──



「やはりありましたか」



 そして見つけたものは、かじりかけの少し端の腐った食パン。おそらくは腹痛の原因。確証はありませんが。

 ここに運び込んでからは、看護を担当する人に任せていたので、その間の情報はわからない。

 でも、仮に空腹で倒れたとして、それならすでに食事を摂らせるなどで対応している。

 それに、小一時間と短い間とはいえ、ベッドで休んでいた。なのにも関わらず、あれだけフラフラな状態。

 であれば、なにかしらで身体を壊している可能性がある。

 子供にこんなものを持たせ、さらにはこの猛暑の中を歩かせる。もしくは歩かざるを得なかった。これは確実に──



「セリアさーん、戻りましたー」

「おかえりなさい。すみません、手間をかけさせて」

「いえいえ、いいんですよー」



 それはそうとして。



「ベル、少しお話があります」



 もし私の仮説が正しければ、これは対処しなければいけない事案。

 しかし、確かめるにも本当のことを話すかどうかはわからない。そこは彼女を信じるしかありませんが……



「あなた、もしやネグレクト、もしくはDVでもされているのではありませんか?」



 ベルはそっぽを向き、なにも話そうとしない。

 私の言葉に疑問を呈したアイリスが、首をかしげて問うてくる。



「でも、ベルさんはなにもないって……」

「ええ、もちろん仮説であり、確実性のないものですが」



 私がそう考えたのは、彼女のカバンから出てきた食パン。

 もし出かけるからと持たせたものであるなら、腐りかけのものを持たせるわけがない。

 考えられる可能性は、ネグレクト、つまりは育児放棄。もしくは、家庭内暴力に似たもの。



「もしそうなら、どうして話してくれないのでしょう?」

「家庭内で暴力を受けている子供の中には、『それこそが自分に与えられる愛情だ』と、半ば洗脳に近い形で思い込むこともあると言います」



 ベルがこれに当てはまる場合、このことを話してしまえば親が裁かれる。そうなると、自分に愛情を与えてくれる人がいなくなるのでは、という恐怖に駆られてしまっているのではないか。

 それに相対するのは、『失声症』の存在。これは基本ストレスから来るものだが、愛情を感じているのに声を失った。

 もしや、心の奥底では、これは間違った愛情だとわかっているのではないか。

 そんな彼女を救える解決策は一つ。



「彼女には、真の愛情を与えてくれる人物を見つけてあげるしかありません」

「それなら、騎士団ギルドに依頼しておけば……」

「それはダメです。依頼で里親募集となると、また同じような人が現れてもおかしくないです。ですが──私たちには、頼れる人たちがいるでしょう?」

「《七色の大罪(モルトリア)》の皆さんですか? それならわたし、行ってきます!」



 アイリスが騎士団拠点ギルドハウスを出ようと扉に向かうと、それと同時に開かれる扉。

 そこから誰かが入ってくると思えば、そこには明らかに見覚えのある人物が。

 ワックスで固めているのか逆立った黒短髪。「堅牢けんろう」と呼ぶに相応しい、身体中についた筋肉。



「あなたは──ゲイル・マーシェル!」

「なんでここに……もしかして……」

「ああん? ここにいやがったのか、ベル。親無しのお前を引き取ってやったのに勝手しやがってよぉ」



 気だるそうに頭をガシガシと掻くと、こちらをちらと睨みつける。



「てめぇ……、セリア・リーフ!」

「なるほど、ベルの親とはあなたでしたか」



 かつての私たちのクラス担任、ゲイル・マーシェル。

 登校初日から戦闘実習を生徒に挑み、その際に私を指名し、そして敗北した元ワーディリア教職員。

 それ以上は問題行動になると思い、自身から言い出した、『私に敗北すれば辞職する』を守らせ、加えて《言霊》を消滅させた。



「チッ……まあいい、さっさとベルをこっちに渡せ」

「渡すはずないでしょう。彼女、こんなにボロボロなのに」



 彼に引き渡してはなにが起こるかわからないと、私のうしろに隠し、お引き取り願おうと会話を進めようとした刹那。



「あっ、ベル! 待ちなさい!」



 先ほどとは打って変わって、ベルは満面の笑みでゲイルの下へと走り寄る。

 やはり、彼の行動に愛情を感じている……。これを矯正するのは難しいですよ……

 ゲイルが走り寄ったベルの胸ぐらを掴むと、首が軽く絞まりつつも持ち上げる。



「おいベル……、面倒かけやがってよぉ」



 怒りからか、床へとベルを投げつける。

 床に叩きつけられた瞬間、身体の奥からなにかが飛び出そうな表情を見せる。

 そして、制服のすそがめくれ、あざだらけの腹部が覗く。



「なにをしているのですか!」

「はぁ……、そいつが全然帰ってこないからだろ。俺が捜しにくるハメになったじゃねえか」

「あなたは前々からそうでした。今日こそは叩き伏せます」

「いいぜ……かかってこいよ」



 互いに剣を手に取り、どちらからともなく斬りかかる。



「──《一騎当千》! はぁぁぁ!」

「あのときの借り、返させてもらう!」



 剣先がぶつかると、キィィィンと耳をつんざく金属音が鳴り響く。

 《一騎当千》を使っても押し負けそうになる力の強さ。

 このままではマズいと思い、一気に片をつけることにした。



「これで──《一刀……」

「こっちだってな、てめぇを倒すことを考えて生きてきたんだ、よっ!」

「うっ、ぐぁっ……かはっ……!」



 《言霊》を使うより早く、あえなく壁に投げ飛ばされ、叩きつけられる。

 背に受ける衝撃は身体が破壊される感覚に陥り、死を覚悟するほど。

 私を傍目はために、アイリスはベルの手を引く。



「ベルさん、こっちです! ……ど、どうしよう……」



 なにかないかとキョロキョロ辺りを見渡すアイリス。

 思いつきでもしたのか、騎士団拠点ギルドハウスに置かれている観葉植物の土をおもむろに掴むと。



「当たって! ──《百発百中》!」



 土一粒、一粒が、ゲイルの顔に向けて弾丸のように飛んでいく。



「がっ、くそっ、目に……!」

「セリアさん、逃げましょう!」



 アイリスが私の身体を支えながら、騎士団拠点ギルドハウスから出る。

 建物の影に入ると、アイリスは私にあることを申し出た。



「苦しいところ悪いんですけど、あれ使ってください、消えるやつ!」

「っ、はい……、──《曖昧模糊あいまいもこ》」



 私たちの姿が消え、誰の目にも映らなくなると、ゲイルが騎士団拠点ギルドハウスから飛び出してくる。

 こちらには目もくれずに、街のほうへと走っていった。

 ふぅ、なんとかなりましたね……

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