59.声失し少女との出会い
「──ええ、《教典》の回収はできませんでしたが、事態の収拾は図りました」
「わかりました。このたびはありがとうございます」
騎士団に報告を終え、帰宅──とはこのままではいかず、まだ確認することがあった。
「《教典》の破壊については触れないんですね」
「それはまあ、無理にとは言えませんので……」
「もしかして、《教典》の秘密を隠していた、なんてことはないですよね?」
散々危険だと周知されている《教典》という存在。
興味のない人は知らずとも、騎士団の職員が知らないわけがない……と言い切ることはできませんが、ある程度は伝えられていてもおかしくない。
許可があったとはいえ、バカ正直に《教典》を破壊していては、解決すべきである『世界の書き換え』が起こってしまっていた。
仮に騎士団がこのことを隠して私に依頼を回してきたのだとしたら、今回は騎士団側が「悪」となる。
とはいえ、あの場で私の攻撃を止めるために、《グリム》が吐いた嘘の可能性も捨てきれませんが。
「え、ええ……もちろんです。解決のために依頼したのですから」
「そうですか、仮にそれが嘘だとしたら、そのときは覚悟しておいてください」
治安を守るために活動しているはずの騎士団の行動が、事件に加担する形、またはそれに似たものであった場合、私はその方針に従い、騎士団であろうが徹底的に叩き潰す所存です。
それだけ言い残すと、私は騎士団拠点をあとにした。
「さっきのって、どういう意味ですか? 騎士団が悪いことしてるんですか?」
「《教典》を破壊した際の危険性は聞いていましたよね?」
「はい、表紙からページを切り離すと、物語が世界に現れる……ですよね?」
「ええ、それがあるにも関わらず、破壊を許可した。本当に知らなかったのか、知っていてあえて許可を出したのか」
私の説明を聞いてもなお、アイリスは難しい顔をしている。そんなに難しい話でしたかね?
まあ、徐々に理解してもらえれば問題ないですが。
「セリアさん、あれはなんですかね?」
アイリスの指差す先には、ザワザワと人だかりができている。
ショー……にしては、いささか雰囲気が暗く感じられる。
近づいてみるも、私よりも背が高い人が多く、奥まで見ることはできず、なにが起こっているかは確認できない。
「すみません、通してください!」
事件性のあるものなら、騎士団で対応、引いては解決する必要がある。
子供の言葉では聞いてもらえないと思い、バッジを掲げ、騎士団に所属していることを証明しながら、人混みをかき分け進む。
「彼女は……?」
人混みを抜けた先には、《ワーディリア学院》の制服を着た、若緑の髪の少女がうつ伏せで倒れていた。
周りの人たちは声をかけるでも手を差しのべるでもなく、ただただ見つめるだけ。なんて薄情な。
人間とはいつもそう。もちろん全員がそうではないにしろ、大半の人間は自己保身に徹する。
面倒事に巻き込まれたくないという気持ちはわからなくもありませんが、子供が倒れている状態で、誰一人として動く様子はない。
彼ら大人には任せておけないため、私たちで対処する。
「大丈夫ですか? 意識はありますか?」
こういうときは、身体を揺らさず、肩などを叩き安否を確認せねばならない。
反応はなく、未だ目は閉じられている。
ゆっくりと仰向けにし、口元と胸元に耳を当てる。……息はあり、心臓は動いているようですね。ひとまず無事は確認できました。
身体に大きな傷はないようで、おそらくは転んだかの際に気を失ったといったところでしょうか。それなら、手くらいは擦りむいていてもおかしくないですが……
「とりあえず、どこかに運びますか……」
「騎士団拠点ならすぐ近くなのでどうですか?」
「そうですね、そこにしましょう」
◇
それから一時間、そろそろ夕方になろうといったところで、少女は目を覚ます。
ムクリと起き上がり、辺りの状況を確認するように、無言でキョロキョロと見渡している。
「あの、お名前を伺っても?」
「………………」
名前を尋ねてみるも、少女は依然として声を発さないどころか、口を開くそぶりすら見受けられない。
私を見つめ、首を少し捻るのみ。
「どうしたものでしょう。名前がわかれば対処のしようもあるのですが……。なにか知っていますか?」
「うーん……どこかで見覚えが……」
様々な人と会話している(私ももっと美少女と話したい)アイリスなら、なにかしら知っているかと思ったのですが。
と思っていると、思い出したようにポンと手を叩く。
「そうだ、ベルさんです! ベル・リンケルトさん!」
ベル・リンケルト……。私のクラスにはいない(はずの)ため、別クラスでしょう。
うちの学校は入学式がないために、クラスの自己紹介がない他クラスの生徒は、顔と名前が一致しない。自分のクラスでもほとんどが一致しませんけど。
なんだかお年寄りみたいなことを言いましたが、これも仕方ないでしょう。
コミュ障だからクラス違うと話せないとかじゃないし。本当に。ホントニ。機会がないだけだヨ。
「彼女をご存知でしたか」
「ご存知っていうほど知っているわけではないですけどね」
彼女はどうしてか一向に話をしてくれる様子はない。
人見知りならいいのですが、世の中には『喉頭横隔膜症』
、『声門下狭窄』などの生まれつき喉や気管支に異常のあるものや、『失声症』というストレスから来る発声障害というものも存在する。
先の二つの病気は、気管支に異常があるために、すぐに息切れなどをしたりするはずなので、人見知りか失声症に絞られる。
もちろん専門家ではないため、適当なことは言えませんが。
「話すことができないのですか?」
「………………」
未だ無言ではあるものの、私の言葉に同意を示すように、首をコクコクと縦に振る。
筆談ならば大丈夫でしょうか。
前に私が筆談に使っていたメモ帳がポケットに入っていることを思い出し、それをベルに手渡す。
「これで会話をしましょうか」
「なんだか、少し前のセリアさんみたいですね」
少し前とは、《教典》の力で私の声が出なくなっていたときのこと。私は、アイリスからメモ帳をもらい、それで会話していた。
あのときの私のようとは、確かに言い得て妙ですね。
「では、いろいろと話してもらいますよ」
もしかしたら、裏でなにかが起こっている可能性も否定できない。
顔だけならどうとでも取り繕えるのが人間という生き物。……いや、取り繕うことしかできない、と言ったほうが合っているでしょうか。
彼女の物憂げな表情から、ベルの性格は非常に穏やかで優しいものと思える。
人に優しい人物ほど、他人に心配をかけまいと嘘、それも優しい嘘を吐いてしまう。
他者はその嘘に気づくものの、その意思を組んであげたい気持ちから、口出しはしない。──そう装い、面倒事から目を背ける。
他の生物を殺す生き物よりも、同種ですら擁護しようとしない人間がもっとも非道で醜いと言えるのではないでしょうか。
「なんでも。相談事があれば、なんでも言ってください」
私の言葉に、横に首を振る。それが示すのは当然、『相談することなんてない』という意味だろう。
本当になにもないのでしょうか。ですが、第三者が外面的に判断していいものなんかじゃない。
なにもないのであれば、私がしているのはただのエゴ。誰の救いでもなく、ただの私のわがまま。
私は、一体どうすれば──




