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語彙力最強少女の英雄譚  作者: 春夏冬 秋
第二章 《夏期休暇》編
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58.人魚姫の完結

「それはどういう意味でしょう? 今回は騎士団ギルドから《教典》の破壊という行為の許可をもらっています」

「あーあー、そういう義務的なのじゃなくてぇ~。──《教典》を壊すことの意味、わかってる?」



 なにかあることはわかるものの、私はとりわけ《教典》への知識が深いわけでもなく、なにか話を聞いているわけでもない。



「いいえ、まったくわかりませんね。《教典》のことは微塵みじんも」

「あたし、正直な子は好きだよ~? いいよ、この《グリム》が、あなたに教えてあげる。無知無能──ああ、《全知全能》のあなたに」

「──!? 待ちなさい。あなた、その情報をどこから! 《七色の大罪(モルトリア)》からは漏れていないはず……」

「まあまあ、いろいろ調べてね。うーんそうだなぁ~……じゃあ、これがあたし側の企業秘密ってことで」



 相手に情報を知られすぎているために、まったく戦いにくい。

 ひとまず見るのは目の前のこと。《教典》を破壊してはいけない理由。



「それじゃあ説明始めるよー! まず、《教典》っていうものは、この表紙にじてあるの」

「それはまあ、本ですから当たり前ですが」

「そうだね、それで、綴じてあると同時に閉じてあるの。この中に物語を。これで理解できたかな?」



 なるほど、綴じると同時に閉じている、ですか。

 これは確かに危険極まりないですね。今回は助けられたというわけですか。



「つまり、表紙からページを切り離すと、すべての物語が解き放たれると」

「そうそ、理解が早くて助かるよ」

「それでは、なおのこと返してもらわねば」

「だからぁ~、返さないってば。それに、下手に動いて困るのはそっちでしょ? 本当に……一人で来ればよかったものを、ねぇ?」



 再び木陰へと顔を向ける《グリム》。

 フードで隠れて表情は窺えないものの、おそらくは勘づかれている。



「そこにいるんでしょ? お・う・じょ・さ・ま♪」



 フードの影からチラリと覗く《グリム》の口元は、三日月のように歪んでいた。

 そして、近場の木陰に手を伸ばすと、突っ込みガサゴソと漁る。

 やがて引き抜いたかと思うと、その手には空色髪の少女──そう、アイリスだ。

 《グリム》はローブの内ポケットからナイフを手に取り、アイリスの喉元に突きつけた。



「やっぱり。この子、気配を消す気がないのかなぁ?」

「彼女を放しなさい!」

「そうだねぇ。じゃ、取り引きしようよ。あたしは《教典》を奪われたくない。あなたはこの子の命を奪われたくない。──そうでしょ?」



 本当は、物陰から《百発百中》で手なり《教典》本体なりを狙ってもらい、《教典》を手放したところを回収するつもりだったのですが。

 くっ……、確かになにがあってもアイリスの命には代えられない。ここは彼女との取り引きに応じるしか──



「セリアさん、わたしはいいですから。ねえ、《グリム》さん、《教典》をセリアさんに渡してください」

「は……? なにをバカなことを……!」

「あっはっはは! いいねぇ~、嫌いじゃないよ、自己犠牲ってやつ! で、どうする?」

「そんなのもちろん、アイリスを取るに決まっているでしょう……!」



 なにを考えているのです……自分を犠牲に《教典》を取り返すなんて!

 それに、おそらく盗まれた《教典》は一冊じゃない。今回が解決しようと、今後も事件は起こる。

 それに、それに──



「あなたは私が護ると言ったでしょう! あなたは護ってくださいと言ったでしょう! それなのに、なんて勝手を!」

「そ、それは……でも、わたし一人でなんとかなるなら──」

「そのためなら、周りの人を悲しませてもいいとでも!? お母様を失ったお父様を残して、アイリスまで失ったらどうなるか一番わかっているはずです!」



 私の言葉が届いたのか、アイリスはグッと押し黙る。

 その空気に飽きたとでも言うように、《グリム》はため息を吐き、アイリスから手を放す。



「あーあー、そういうお涙ちょーだいはいいからさぁ~。結局、取り引き成立でいいんだよね?」

「ええ、今回のところはお持ち帰りください。後日返していただきます」

「そうだね。たぶんまた会うことになるよ。──あたしだけじゃないけどね」



 含みを持たせた言葉を残し、颯爽と森の中を駆け去る《グリム》。

 下手に追い、またもやなにか起こっても困るため、それ以上はなにもしなかった。

 恐怖から解き放たれたためか、うつむき地面にへたりと座り込み、ゴホゴホと咳き込むアイリスの下へと歩く。



「あっ、セリアさん、さっきは──」



 アイリスが私へ向けて顔を上げた瞬間、思わず彼女の頬を平手打ちしていた。



「セリア、さん……?」

「なにを考えているのですか。なぜ、自己犠牲なんて道を選ぼうとしたんですか」

「それは……《教典》を取り返せればと……」

「先ほど言いましたよね? 『あなたを失うのが怖い』と」



 当然、アイリスに人を悲しませようとする意思はないことはわかっている。

 逆に言えば、みんなのためにとあの選択をした。その意気は褒められるべきであり、このように責めるものではない。

 ですが、『自分なら犠牲になっても構わない』という考えは許せません。



「これからは、自分の命も勘定に入れてください……。あなたの命も護るべきものなのですから」

「ごめんなさい……、ごめんなさい……!」



 私の胸へと顔をうずめ、これでもかと泣きじゃくるアイリス。

 そのせいで制服はびしょびしょですが、そんなことは今はどうでもいい。この子の気が済むまで泣かせてあげましょう。──アイリスは泣かなさすぎた。

 


     ◇

 


 先生の下へと戻ると、先ほど海から這い出てきた少女のクローンと思えるほどにそっくりな少女が五人増えており、先生一人で六人を相手取っていた。



「くっ……遅いですよ、セリア・リーフ。私一人で相手はなかなかにつらいです。まあ、私に不可能はないので問題ありませんが」

「なにを言っているのです。さあ、早く片づけますよ」



 私は剣を手に取り、人魚たちへ向けて構える。



「行きますよ、先生」

「ええ、こちらは準備万端です」



 互いに頷き合うと、声を揃えて叫ぶ。



「「──《一刀両断》!!」」



 真一文字に一閃すると、人魚たちは真っ二つとなり、血しぶきが散るでもなく、淡く光る泡になり消えていった。

 これぞまさに、『人魚姫』の終わりと同様になったわけですか。

 苦労事が一つ減ったからか、先生は大きくとも小さくともつかないため息を吐いた。



「ひとまずは終わったみたいですね……」

「物語をかんがみるに、おそらくはこれで完結でしょう。人魚姫の死により、物語が終結していますから」

「では、のちほど騎士団ギルドのほうへ報告しましょうか。お願いしてもいいですか?」

「ええ、報酬はきっちり九等分しようかなぁ、どうしようかなぁ」

「そこんところお願いしますよ? こちらの生活もあるんですから」



 そんなことは重々承知ですけど……胸ぐら掴むのやめてくれません? あっ、苦しい……

 遠巻きに見ていたアイリスがこちらへとてこてこ歩き寄ってくると、胸の前でむんと拳を握る。



「セリアさんと先生、カッコよかったです! わたしもあんなふうに戦えるようになりますかね?」

「私としては、アイリスには戦闘を経験させたくありませんが……ねぇ?」

「そうですね。それに、《百発百中》は条件がシビアですから、慣れない人が使うのは難しいでしょう」



 とはいえ、これからなにをしたいかはアイリス次第。

 彼女の将来や考えには、私たち部外者が口を出していいものではない。

 本当に戦いというものに足を踏み入れるのなら、私はそれを全力でサポートするのみ。



「なんであれ、今回の依頼は解決しました。各自解散としましょうか」



 そう、これで依頼は解決。

 それすなわち──『人魚姫』の完結。

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