57.終幕までの序章
けたたましいブザー音とともにディスプレイに表示されるのは、『命大事に』の文字。
これをイラが言っていたヒントとするならば、私がなにかしらで命を落とす可能性があるということ。
いくら話を書き換えられるとしても、本筋は変えられないだろうという予想の下で動いているので、私自身が私の心臓を狙わない限りは、大丈夫なはずですが……
問題となるのはインヴィディア。彼女の《言霊》は、あらゆる概念、たとえば《空前絶後》ですらも完全無視して攻撃できる《馬耳東風》。
彼女が襲撃に来た場合は、どうにもできません。あるとすれば、《手枷足枷》で無理矢理に押さえ込むくらい。
そして、『人魚姫』の話とこのヒントから察するに、このあと人魚姫が刃物でもって王子を殺害しに現れる。
本来ならば、寝込みを襲うつもりだったものの、奥さんと王子の幸せな姿を見て、いたたまれなくなり、『王子の生き血を浴びる』という目的を放棄する。
まあ、あちらがそんな生易しいことをするはずがないでしょう。絶対バッチリ襲いに来ますよ。
「それで? 作戦はなにかあるんですか?」
「はい、今回は先生の《異口同音》を使ってもらいます。先生は、本来の制約である『劣化した状態でコピーする』を無視できますからね」
「私の《言霊》をですか。わかりました、では、作戦の詳細を」
「セリアさん、わたしもなにかお手伝いできますか?」
今回の作戦は、非常に危険なものになり、戦闘に不慣れなアイリスには少々荷が重いのですが、彼女の気持ちを無碍にするのもいかがなものか。
でも、下手をすれば死してもおかしくない……。やはり、この件からは手を引かせるのが賢明ですよね。
「アイリスは……、やはりあなたは家にいたほうがいいです」
「えっ、なんで……! わたしもお手伝いするって言いましたよ!?」
「ダメなんです。ここからあとの話は、もしかすれば怪我では済まないかもしれない。私は、あなたを失うのが怖いんです」
もう誰かから理不尽に大切な人が奪われるのは嫌だ。
彼女にはお父様がいる。そして、この私も大切に思っている。アイリス・フェシリアという少女一人が失われることで、悲しむ人々がたくさんいる。
私の言葉の真意を知ってか知らぬか、柔和な笑みを浮かべる。
「それなら、わたしのこと護ってください、セリアさん言ってくれましたよね? そうだ、これは王女命令です!」
「──ふふっ、人遣いの荒い王女様ですね。わかりました、このセリア・リーフ、あなたを全力で護るといたしましょう」
そうです、そうですよね。
失いたくなければ護ればいい。たったそれだけのこと。
しかし護ると一口に言っても、もちろん簡単ではない。
言うなれば、途中式が難解な足し算。でも、解けないわけでないなら、解けるまで計算を続けるだけ。
「では、作戦を開始します。内容は順を追って。──ここからは、私たちの発言の時間です」
◇
「あーあ、せっかく魔女の薬を飲ませたのに、治っちゃったのかー」
海に面する崖に腰をかけ、脚をプラつかせながら、ニヒルな笑みを浮かべる。背後に生えている木々のように鮮やかな緑色のローブが、潮風に晒され、サラサラとなびく。
「ま、いいや。物語は動き始めた。あたしはこのまま完結、引いては終末までを見届ける読者で居続ける。ねえ、あなたはどうやって幕引きさせるの? ──セリア・リーフ」
そこまで言い終わると、片手にしたパンをかじり嚥下した。
◇
「──概要はわかりました。では始めましょうか。──《変幻自在》」
先生の姿がみるみるうちに変わり、まさに鏡を見ているような感覚を覚える。
それを見計らったかのように、海からザバザバと水音を立てながら、こちらへ向かう一糸纏わぬ少女。
《教典》では完璧に再現しきれないのか、スラリと伸びる二本の脚には、ところどころにウロコらしきものが窺える。
手に握られているのは、王子殺害用のためのものか。少し大きめの、包丁ほどの刃物。
生き血を狙うのに躊躇う様子はなく、ただただ殺意に満ちている。
「来ましたね、では作戦どおりにお願いします」
「わかっています。アイリス・フェシリアではないので、失敗はしません」
「先生って、たまにヒドいですよね……」
まあ、先生がヒドいかはともかく。
「では、あちらは頼みました。こちらは──《一望千里》」
手で筒を作り、その穴を覗き込むように目の前に持ってくる。
《一望千里》、大変見通しのいいこと、一目で千里を見渡せること。
このように手で筒を作り覗くことで、千里先までを見通せる能力。千里までなら任意の距離を視認できる。
私が探しているものはもちろん。
「見つけました、それらしき人物。手には《教典》、間違いありませんね」
《童の伽噺》メンバーの存在。
今回でなんとしてでも《教典》を取り返す。これ以上は被害を増やすわけにはいかない。
「アイリス、あなたも頼みますよ」
「任せてください!」
◇
「やっと出てきた。まったく……物陰に隠れてなにをやってたんだか──って、うわっ、なに? 手!?」
「まったく……あと少しだったのに。反応速度が速いことで」
《出没自在》で奪い返すつもりが、すんでのところで躱される。
やはり組織に入っている者は、それ相応の訓練などを受けているのでしょうか。たとえば気配を察知できるとか。
「ええ? セリアが二人? 一体どーなってんの?」
なんだか鼻につく喋り方ですね、どこかで聞き覚えがあるはずなのですが……。それは今はどうでもいいですね。
「それは企業秘密というやつですよ。あなたを油断させるための作戦だったのですが、見事に失敗してしまいました」
「ま、どーせ《言霊》の力なんだろうけど」
「ご想像にお任せします。それで本題ですが、《教典》を返してください」
「そう言われて、はいどうぞなんて渡すわけないでしょ?」
それもそうですね。そんなあっさり返すなら、初めから盗むことなんてありませんから。
話し合いでなんとかなりそうならと思いましたが、無理そうなので、こうなったら力づくで取り返すしかありませんね。
「では、痛いことも覚悟してくださいね」
「え~? ダメだよぉ、女の子には優しくしてよね♡ あたしには《言霊》なんてものないんだから」
「ほう? それならば好都合。反撃を気にせず戦えますね」
「そんなことしていいのかなぁ~? そっちが痛い目見ることになるよ?」
ローブの少女は言うと、そしてチラリと脇の木の陰へと顔を向ける。そっちには今回の作戦の要が──
もしかして、気づかれている……!?
どちらにせよ、ここは努めて平静を装わねば。
「安心なさい、すぐに終わらせますから。──《電光石火》!」
「あはは、やっぱりそー来るか~。あのポンコツ七人組もたまには役に立つね~」
《七色の大罪》からの情報を握られていますか。となると、半端な戦い方では歯が立ちませんね。
最終手段として取っておいたのですが、仕方ないですかね。一応騎士団からの許可も得ていますし、やっちゃいますか。
「それならこれで終わらせます。──《地水火風》・《火》!」
《地水火風》、この世のすべてを構成する四つの元素とされる、地、水、火、風を指し示す言葉。
その意味のとおり、この四つの元素を操る能力。今回使用するのは『火』。どの属性も非常に強力な火力を持つこの能力は、下手をすればすべてを破壊し尽くす。
とはいえ、火力などは使用者が調整できるため、狙っただけの威力にすることは可能。
《言霊》の使用を予測してか、発動の直前に《教典》を顔の前に盾のように掲げる。ですが、今回はそれが狙い。
「ダメだよ? 《教典》を傷つけちゃ」
その言葉に、私は思わず手と足を止めた。
彼女は、なにかしらの意図を持っている。ここで《教典》を燃やすことはできない。




