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語彙力最強少女の英雄譚  作者: 春夏冬 秋
第二章 《夏期休暇》編
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57.終幕までの序章

 けたたましいブザー音とともにディスプレイに表示されるのは、『命大事に』の文字。

 これをイラが言っていたヒントとするならば、私がなにかしらで命を落とす可能性があるということ。

 いくら話を書き換えられるとしても、本筋は変えられないだろうという予想の下で動いているので、私自身が私の心臓を狙わない限りは、大丈夫なはずですが……

 問題となるのはインヴィディア。彼女の《言霊》は、あらゆる概念、たとえば《空前絶後》ですらも完全無視して攻撃できる《馬耳東風》。

 彼女が襲撃に来た場合は、どうにもできません。あるとすれば、《手枷足枷》で無理矢理に押さえ込むくらい。



 そして、『人魚姫』の話とこのヒントから察するに、このあと人魚姫が刃物でもって王子を殺害しに現れる。

 本来ならば、寝込みを襲うつもりだったものの、奥さんと王子の幸せな姿を見て、いたたまれなくなり、『王子の生き血を浴びる』という目的を放棄する。

 まあ、あちらがそんな生易しいことをするはずがないでしょう。絶対バッチリ襲いに来ますよ。



「それで? 作戦はなにかあるんですか?」

「はい、今回は先生の《異口同音》を使ってもらいます。先生は、本来の制約である『劣化した状態でコピーする』を無視できますからね」

「私の《言霊》をですか。わかりました、では、作戦の詳細を」

「セリアさん、わたしもなにかお手伝いできますか?」



 今回の作戦は、非常に危険なものになり、戦闘に不慣れなアイリスには少々荷が重いのですが、彼女の気持ちを無碍にするのもいかがなものか。

 でも、下手をすれば死してもおかしくない……。やはり、この件からは手を引かせるのが賢明ですよね。



「アイリスは……、やはりあなたは家にいたほうがいいです」

「えっ、なんで……! わたしもお手伝いするって言いましたよ!?」

「ダメなんです。ここからあとの話は、もしかすれば怪我では済まないかもしれない。私は、あなたを失うのが怖いんです」



 もう誰かから理不尽に大切な人が奪われるのは嫌だ。

 彼女にはお父様がいる。そして、この私も大切に思っている。アイリス・フェシリアという少女一人が失われることで、悲しむ人々がたくさんいる。

 私の言葉の真意を知ってか知らぬか、柔和な笑みを浮かべる。



「それなら、わたしのこと護ってください、セリアさん言ってくれましたよね? そうだ、これは王女命令です!」

「──ふふっ、人遣いの荒い王女様ですね。わかりました、このセリア・リーフ、あなたを全力で護るといたしましょう」



 そうです、そうですよね。

 失いたくなければ護ればいい。たったそれだけのこと。

 しかし護ると一口に言っても、もちろん簡単ではない。

 言うなれば、途中式が難解な足し算。でも、解けないわけでないなら、解けるまで計算を続けるだけ。



「では、作戦を開始します。内容は順を追って。──ここからは、私たちの発言の時(ターン)間です」

 


     ◇

 


「あーあ、せっかく魔女の薬を飲ませたのに、治っちゃったのかー」



 海に面する崖に腰をかけ、脚をプラつかせながら、ニヒルな笑みを浮かべる。背後に生えている木々のように鮮やかな緑色のローブが、潮風に晒され、サラサラとなびく。



「ま、いいや。物語は動き始めた。あたしはこのまま完結、引いては終末までを見届ける読者で居続ける。ねえ、あなたはどうやって幕引きさせるの? ──セリア・リーフ」



 そこまで言い終わると、片手にしたパンをかじり嚥下えんげした。

 


     ◇

 


「──概要はわかりました。では始めましょうか。──《変幻自在》」



 先生の姿がみるみるうちに変わり、まさに鏡を見ているような感覚を覚える。

 それを見計らったかのように、海からザバザバと水音を立てながら、こちらへ向かう一糸纏わぬ少女。

 《教典》では完璧に再現しきれないのか、スラリと伸びる二本の脚には、ところどころにウロコらしきものが窺える。

 手に握られているのは、王子殺害用のためのものか。少し大きめの、包丁ほどの刃物。

 生き血を狙うのに躊躇ためらう様子はなく、ただただ殺意に満ちている。



「来ましたね、では作戦どおりにお願いします」

「わかっています。アイリス・フェシリアではないので、失敗はしません」

「先生って、たまにヒドいですよね……」



 まあ、先生がヒドいかはともかく。



「では、あちらは頼みました。こちらは──《一望千里いちぼうせんり》」



 手で筒を作り、その穴を覗き込むように目の前に持ってくる。

 《一望千里》、大変見通しのいいこと、一目で千里を見渡せること。

 このように手で筒を作り覗くことで、千里先までを見通せる能力。千里までなら任意の距離を視認できる。

 私が探しているものはもちろん。



「見つけました、それらしき人物。手には《教典》、間違いありませんね」



 《童の伽噺(フェアリーテール)》メンバーの存在。

 今回でなんとしてでも《教典》を取り返す。これ以上は被害を増やすわけにはいかない。



「アイリス、あなたも頼みますよ」

「任せてください!」

 


     ◇

 


「やっと出てきた。まったく……物陰に隠れてなにをやってたんだか──って、うわっ、なに? 手!?」

「まったく……あと少しだったのに。反応速度が速いことで」



 《出没自在》で奪い返すつもりが、すんでのところでかわされる。

 やはり組織に入っている者は、それ相応の訓練などを受けているのでしょうか。たとえば気配を察知できるとか。



「ええ? セリアが二人? 一体どーなってんの?」



 なんだか鼻につく喋り方ですね、どこかで聞き覚えがあるはずなのですが……。それは今はどうでもいいですね。



「それは企業秘密というやつですよ。あなたを油断させるための作戦だったのですが、見事に失敗してしまいました」

「ま、どーせ《言霊》の力なんだろうけど」

「ご想像にお任せします。それで本題ですが、《教典》を返してください」

「そう言われて、はいどうぞなんて渡すわけないでしょ?」



 それもそうですね。そんなあっさり返すなら、初めから盗むことなんてありませんから。

 話し合いでなんとかなりそうならと思いましたが、無理そうなので、こうなったら力づくで取り返すしかありませんね。



「では、痛いことも覚悟してくださいね」

「え~? ダメだよぉ、女の子には優しくしてよね♡ あたしには《言霊》なんてものないんだから」

「ほう? それならば好都合。反撃を気にせず戦えますね」

「そんなことしていいのかなぁ~? そっちが痛い目見ることになるよ?」



 ローブの少女は言うと、そしてチラリと脇の木の陰へと顔を向ける。そっちには今回の作戦の要が──

 もしかして、気づかれている……!?

 どちらにせよ、ここは努めて平静を装わねば。



「安心なさい、すぐに終わらせますから。──《電光石火》!」

「あはは、やっぱりそー来るか~。あのポンコツ七人組もたまには役に立つね~」



 《七色の大罪(モルトリア)》からの情報を握られていますか。となると、半端な戦い方では歯が立ちませんね。

 最終手段として取っておいたのですが、仕方ないですかね。一応騎士団(ギルド)からの許可も得ていますし、やっちゃいますか。



「それならこれで終わらせます。──《地水火風ちすいかふう》・《火》!」



 《地水火風》、この世のすべてを構成する四つの元素とされる、地、水、火、風を指し示す言葉。

 その意味のとおり、この四つの元素を操る能力。今回使用するのは『火』。どの属性も非常に強力な火力を持つこの能力は、下手をすればすべてを破壊し尽くす。

 とはいえ、火力などは使用者が調整できるため、狙っただけの威力にすることは可能。

 《言霊》の使用を予測してか、発動の直前に《教典》を顔の前に盾のように掲げる。ですが、今回はそれが狙い。



「ダメだよ? 《教典》を傷つけちゃ」



 その言葉に、私は思わず手と足を止めた。

 彼女は、なにかしらの意図を持っている。ここで《教典》を燃やすことはできない。

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