55.健康は素晴らしい
『どうしてイラがここに?』
「いや、アタシだって来たくて来たわけじゃないのよ」
スピカが、ここラングエイジ邸宅にやって来た日の翌日、またも朝っぱらから訪ねてきた人物が。
渋々といった表情を作る赤髪の少女、イラ。
「スペルビアがね、仕事があるからアタシに行ってこいなんて言うんだもの。アタシはリーダーよ?」
《七色の大罪》自体は解散しているので、リーダーではないと思いますが。
それはともかく、早く質問に答えてくれませんかね? 会話下手くそさんですか?
「それでね、《一病息災》だけど、あっさり見つかったわよ」
やはり学院の人数を探せば早く見つかりましたか。
『それで、どなたが?』
「それがね……養護教諭らしいのよ」
養護教諭……、保健室の先生ですよね? なぜ最初に思いつかなかったのでしょうか。教員同士の情報なら交換していてもおかしくないと思いますが。
もしや《七色の大罪》は全員が抜けている……? 暗殺者集団じゃなくて、うっかりさん集団でしたか。
『そうですか、では連れていってください』
「は? なんでアタシが」
『私、歩くと痛みが伴うので、抱えてもらわないと移動できないんですよ』
「それは知ってるけど、アタシは無理よ。他に頼んでちょうだい」
すっごい薄情じゃないですか。
なにか嫌われることしましたかね? それなら謝るんで言ってくださいよ。
まあ、場合によっては、私の奥義・《土下座》を披露することになります。
土下座とかしたことないですけど、社会人の必須スキルって聞いたことあります。ネットに書いてありました。
『なんでですか、連れてってー!』
「だから無理だって言ってるでしょう? アタシが人を抱えられるわけないじゃない」
『なるほど、チビぺったんもやしだからでしたか』
「ねえ、最初の二ついる? 今はもやしだけで……って、もやしじゃないわよ!」
そういえば、イラが強いのは《言霊》だけって言ってましたね。
まだこのままで生活しないといけないんですか?
「安心なさい、お昼頃にアヴァリティアが仕事を終えて来てくれるみたいだから」
そうでしたか、それなら安心ですね。
お昼頃となると……あと三時間程度ですか。長いような、短いようななんとも絶妙な時間帯ですね。
なにをして暇を潰しましょうか……、そうだ。
「じゃあ、アタシは帰るからね。アヴァリティアが来るまで待ってなさい」
『イラ、待ってください』
「なによ? アタシの役目は終わったわよ」
『私とお話ししましょう。暇潰しになるので』
私がそう書いて見せると、イラは呆れたように、はぁ……、とため息を吐く。
なんですか、私と話すことのなにが不満なんですか? もしかして、他に女がいるのね!? 私というものがありながら!
「まあ、他にすることもないし、あの子が来るまでよ」
『では、趣味はなんですか?』
「えっ、お見合いでも始めるの? アタシたち結婚しちゃうの?」
『イラがしたければ、考えなくもないですが、私にはアイリスが……』
イラは頭の頭痛が痛いとばかりに額に右手をやり、左掌を私へ向けて制止する。どこか引っかかることでも?
「そこは迷わなくていいから。選択肢いくつもないでしょ」
『イラ……そこまで本気なんですね。そこまで言うならアイリスは頑張って忘れます……』
「違う、逆。アタシを選択肢から外しなさいって言ってるの」
あっ、そっちですか……。ピグリティアにぞっこんなんですね。私はアウト・オブ・眼中でしたか。
私になびいて百合ハーレムでも作れないかと考えていると、ピンポンとインターホンが鳴る。
「ああ、アタシが出るわよ、大丈夫?」
私は、頷いてオーケーを示すと、イラは玄関扉まで歩いていく。
なにやら数瞬の間話し込むと、来客を招き入れる。
「よっす! やること早く終わったから来たよん」
右手を高く挙げながら、陽気に話しかけてくるのは、橙色のポニーテールを揺らす少女。
『アヴァリティア、お手数かけてすみません』
「いーのいーの、今回の主戦力が潰れたんじゃ、いろいろ支障出るでしょ? あんま気にしないでよ」
『そう言っていただけると助かります』
もうやだカッコいい! 惚れてまうやろー! とか言ってばかりだと、超尻軽女だと思われてしまう……
ま、待ってくれ、違うんだ! これはあっちから無理矢理で、俺は悪くないんだ!
などと、心の中で、浮気男の常套句となる言い訳をしていると。
「ささ、早く行こうか。歩けない、喋れないじゃ不便でしょうがないでしょ?」
そう言うと、私の身体をヒョイッとお姫様抱っこの形で抱えあげる。なんだか王子様に見えてきました……
そんな彼女を、ポーッと熱に浮かれたように見つめていると、玄関へと歩き出す。
「何日も悪いね、待たせちゃって。スペルビアもウチも仕事で忙しくてさ。他は任務があるし対応が遅れた」
『いえ、私は大丈夫です。お仕事なのはわかっていますから』
「ははっ、そう言ってもらえると助かるよ。セリアも妹みたいなもんだからさ、気がかりだったんだよね」
軽快に笑う様子は、さながら本当の姉に見えた。
一人っ子の私では体験できなかった、兄弟や姉妹のいる環境を疑似体験でき、その温かさに心が安らぐ。
アヴァリティアはイタズラな笑みを浮かべると、こちらの心を読んだように問いかけてくる。
「あー、今本当のお姉ちゃんみたいって思ったでしょ?」
ここでそっけなくメモ帳に書いてしまえばごまかせたかもしれないのに、図星を突かれたのに焦ってしまい、ブンブンと手を振る。
自分ではよくわからなかったけど、頬に少し熱を帯びているように感じた。赤くなっていたかもしれない。
それを知ってか知らぬか、アヴァリティアは私に微笑むと再び前を向く。
はぁ……なんだか恥ずかしいところを見せてしまいました。もう彼女の顔見れないよぅ……
学院に着くまでの間、アヴァリティアから顔が見えないように、うつむかせてすごす他なかった。
◇
「キュアちゃん、この子よろしくです」
「もう、その呼び方はやめてくださいよ」
学院の養護教諭、セキュア・ヒーリエラ先生。
キュアちゃん、キュアちゃん先生の呼び名で親しまれている、レイア先生に次ぐ、ほんわかのんびり癒し枠。
本人はその呼び方は恥ずかしいと言っているものの、なんだかんだ気に入っているようにも見える。
「セリアちゃん、保健室には何度も来てるけど、無理してたりしない?」
それを言われると、あまり強く返せない。正直なところ、《言霊》の力を信じきりすぎているため、私自身の身体を無茶な扱いしてきたところがある。
《空前絶後》は怪我をなかったことにできるとはいえ、痛みのみが伴う場合は機能しない。
実を言うと、かなり身体はボロボロ、疲弊しきってしまっている。時折フラつくのもそのせいでしょう。
『騎士団からの依頼をこなす上で、かなり身体を壊してはいます』
「やっぱりそうよね……。ねえ、騎士団を辞める選択肢はないの? このままじゃ、いつか死ぬわよ?」
やはり、自重するべきでしょうか。ですが、今回はあちらから直々に依頼されているため、すっぽかすこともできない。それに、
『私は、みんなが楽しく暮らせる場所を作りたいのです。なので、辞めるつもりはないです』
「そう……、それならせめて、自分を大事にして。それだけは守ってね」
同意を頷きで示すと、それに納得したように治してくれた。
「さて、これでどうかしら?」
「あーあー、声は出ますね。はい、歩けます、大丈夫です」
「またなにかあったら、ここにいらっしゃい。治してあげるから」
「お願いします。今日はありがとうございます」
一つお辞儀をして、保健室をあとにした。ここから本格的に活動開始です。




