52.配役変更は突然に
大方の行動が決まり、早速先日の海に向かうも収穫なし。
それから数日の間、なにかが起こる様子もなく、平穏な海が広がるだけだった。
相手側は取りやめにしたのか、はたまた人がいなければ行動に移さないのか。
真意はわかりませんが、この状態が続くのならば、私としては問題ないのですが……
管理人の方からも、そろそろ開いてもいいかと催促され、もう調査を続けられないところまで来てしまっている。早く終わらせなければ……
なにも起こらないとはいえ、調査を怠るわけにいかず、今日も今日とて海にやって来ている。
「なにも起こりませんね……。どうしましょう、セリアさん?」
「そうですね……。そろそろ解決しないと非常にマズイのですが、なにもなければやりようもないですし」
「それなら、わたしたちがボートで海に出てみますか?」
直接敵地に乗り込むような行為は危険なので控えたいところですが……
しかし、動かない基準があるのなら、逆に言えば動く基準があるわけで。であれば、あちらが動くように仕向けるのが妥当というものですよね。
人魚の登場、そのあとは確か……
「魔女の登場、ですかね」
主人公となる人魚は、船に乗っていた王子に恋をする。その夜の嵐で船は転覆、海に投げ出された王子を助ける。
その後、人魚の、王子に会いたいという気持ちを抑えられず、人魚は魔女の差し出す『人になる代償に声を失う薬』を飲んでしまう。
物語どおりに進むのであれば、次は魔女が登場するはず。
これを進行させてもいいものかどうなのか……
《教典》による侵食を止めるのであれば、物語を止める必要がありますが、逆に物語を完結まで持っていくことで終止符を打てるのかもしれない。
欲を出せば、《童の伽噺》から《教典》を取り返し、阻止できればいいのですが。
どこに潜んでいるかもわからないのに、そんな計画は無理難題でしかない。無理難題をこなすのは無理なんだい!
「ずっと考え込むのは身体に悪いですよ。お茶にでもしてはいかがですか?」
カバンをガサゴソと漁り、二本の水筒を取り出す。
どちらのものかがわかるように、水筒の色はそれぞれ白と水色のものとなっている。
「そうですね、暑さでバテるのは手痛いですからね」
私は水筒のフタを回し開け、コクッと一口飲む。
キンと冷たい感覚が舌に広がる。なんだか違和感が……
夏にキンッキンに冷えてやがる麦茶を飲んだときよりも、冷たさが舌を突き刺すように感じる。
「────────」
「あの、アイリス」、そう声をかけようとするも、声が出ない。
コミュ障特有のものではなく、リアルガチで声が出なくてヤバいよヤバいよ。
アイリスがこちらの様子に気づき、首をかしげながら問いかけてくる。
「どうしました? 口をパクパクさせてても、声を出してくれないとわかりませんよー」
違います! 出さないんじゃなくて、出ないんです!
もう、なんで気づいてくれないの? 本当に鈍感なんだから……! アイリスのバカ……!
なんて冗談を言っている場合じゃありません。このままでは《言霊》を使えないじゃないですか。
《言霊》は、言葉に宿る力を具現化する能力。当然ながら、声に出し、発音ができていなければ発動できない。
なにが原因で……? 考えられることとすれば、ピグリティアから受け取ったお茶で感じた違和感ですが、彼女が私にそんなことするわけがないですし……
十中八九で《教典》の力でしょうね。
であればなにをされたのでしょうか。薬を混ぜた、なんてことはないでしょう。
「セリア様、アリシア様、いつの間にカバンからお飲み物を?」
「えー? ピグリティアさんがくれたんじゃないですか~」
「はて? わたくしは渡していませんが……」
ピグリティアに記憶がない……? すでに《教典》の力がかかっているとして、考えられる可能性は……
――配役を変えた?
物語を書き換え、役を割り当て操る。これならば一連の流れができあがる。
であれば、結末がどうなっているかがわからない。仮に物語を完結させなければいけない場合、完全に手探りな状態で進めなければならない。
最悪の場合、結末がないように書き換えられる可能性だってある。物語を最後まで進めると時間がループしたりと。
「セリア様、どうされました? それほどに難しいお顔をされて」
「──────」
「口の動きだけではわかりませんよ」
そうでした、声が出ないんでした。とはいえ、伝える方法なんて……いや、ここにあるじゃないですか。
「セリアさん、砂浜にお絵描きですか? わたしも交ぜてくださいよー」
「なにか文字を書かれているようですが……『声が出ない』? 理由はわかりませんが、先ほどから口パクなのはそのためでしたか」
理解が早くて助かります。
まずはこれを伝えておかなければいけませんよね。それこそ話になりませんから。
それから先の会話は、砂浜に指で字を書いておこなうことにした。
『おそらく、すでに《教典》を使われています。そのことを努々忘れないでください』
「どど? どど忘れないでって、どういう意味ですか?」
「アリシア様、『どど』ではなく『ゆめゆめ』です。決して、という意味ですね」
ピグリティアがいてくれてよかったですよ。この子ってば、漢字が苦手なのね! これが解決したら、また教えてあげなくちゃ! 漢字とか漢字とか保健体育とか。
「でもどうしましょう……。セリアさんの声、戻りますよね?」
「なにかしらで、《教典》を止められればおそらくは」
『私が調査します。お二人はここで』
「ダメです。今のあなたでは、《言霊》が使えません。わたくしが行きます」
『自動発動のものがいくつかあるので大丈夫です』
ピグリティアの制止を振りきり、調査に出ようと歩き出したと同時、足の裏に耐えがたい激痛が。
「〰〰〰〰〰〰!! ──────!」
痛みに悶えるも、喉からは情けない空気が漏れるばかり。
痛みや恐怖は大きく声を出すことで精神的に緩和されると言いますが、それができない状態。ただ痛みに苦しめられる時間が続く。
たとえるならば、ナイフで抉られるような痛みとでも言いましょうか。
まさに魔女の薬の副作用に一致している。しかし、人魚姫はいかにして、この痛みに耐えたのか。
痛みだけのため、《空前絶後》は発動してくれない。
陸に上がった魚のように、辺りを転がり回ることで気を紛らわすことしかできない。
「セリアさん!? ど、どうしましょう!?」
「痛みを和らげる……一つ考えたことがあります。アリシア様、セリア様を家まで運んでもらっても?」
「はい、それは大丈夫ですけど、どこに行くんですか?」
「とある助っ人を呼んできます。少しお待ちください」
◇
「あっはっはっはっ! は~あ、やっぱ《教典》ってたーのし!」
高らかに笑い声を挙げるのは、緑のローブを纏う少女《グリム》。
楽しげにしている《グリム》に腹を立てたのか、不服そうに声をかけるのは、黄のローブを纏う《アンデルセン》。
「人のもの使って楽しむなんて、性格の悪いことで」
「それはごめんて~。でも、最強を名乗ってても、結局は痛みには勝てないんだなって」
「なに、魔女の薬でも飲ませたの?」
「そうそう。一緒にいた《七色の大罪》のメイドちゃんが飲み物持ってたから、一時的に配役を『魔女』にして、物語を少し書き換えて進行させたら、声が出なくなっててねぇ~」
「ああ、あの弱小組織ね……。解散したっていう」
《アンデルセン》の言葉をよそにニヤリと浮かべられた笑みは、なにごとにも関知せずな赤ローブの《イソップ》ですら、肩をビクつかせるほどに狂気的だった。
「これで《ラングエイジ》に伝わる厄介な《言霊》ってのを複数所持してるっていうセリアは封じた」
《グリム》はふっと笑むと、小さく、しかし周りに聞こえるほどの声で呟いた。
「――ふふっ、信じていたところで、神様はいつもあなたを守ってくれるわけじゃないってことを教えてあげるよ♡」




