51.アイリスの気持ち
帰宅すると、アイリスが不思議そうに問いかけてくる。
「セリアさん、帰り遅かったですね。そんなにいろいろ話していたんですか?」
やだこの子……、まさか嫉妬……!? もう~、それならそうと言ってくださいよ~。
「まあ、いろいろと言えばいろいろですね」
イラに私の弱点を知られたとか、暗いのが怖いのでイラについてきてもらって帰ってきたとか。
こんなことはアイリスには言えませんが。そんなこと恥ずかしくて言えないわ!
「お腹空きましたよね? ご飯にしましょう」
「そうですね。……そういえば、お父様はどこへ?」
「お父さんは明日も忙しいみたいなので、先に済ませて寝ちゃいました」
さすがは一国を統べる方、いつの日も多忙ですね。
アイリスも私が帰ってくるまで待って……
「もしかして、まだ食べていないんですか?」
「はい、セリアさんが頑張っているときに、わたしだけご飯を食べるのは悪い気がしちゃって」
「そうですか。では、支度をしましょうか」
執事さんやメイドさんたちは、仕事を終えたらしく、すでに帰宅したあとのようですね。定時で帰れる仕事……なんてホワイトなの!?
キッチンに作り置きされていたものを運び、席に着く。
今日の晩ご飯は、わぁ、牛丼! ではなくハンバ──グ! 特性デミグラスソースが舌の上でとろけるのが堪らないんですよね。この家で出されるハンバーグ、だ~いすき。
「それで話し合いはどうなったんですか?」
「はい。私たちが問題解決に動くこととなりました。イラたちには調査を進めてもらうことになっています」
「そうですか。わたしもお手伝いします!」
お手伝い、ですか。アイリスならきっとそう言うと思いました。
気持ちはもちろんうれしいですが、《七色の大罪》のときのように誰かが攻めてくるわけではなく、世界を書き換えてしまう相手との戦い。
戦闘に不慣れな彼女を前線に出してもいいものでしょうか。
先ほどの話し合いから導かれる予想としては、《童話教典》を使用しているというもの。
《教典》とは、言ってしまえば少し不思議な本。もしかすれば、物語を書き換えられる可能性だってあるわけですし。
「いえ、危険なので私が一人で動きます。アイリスは《七色の大罪》の人たちといてもらいます。相手の目的がわからない以上、一国の王女を動かすのは危険ですから」
「それは……わたしのことを心配してですか? それとも、足手まといだから、納得しそうなことを言っているんですか?」
「そういうわけでは……」
決して足手まといなんかでは……
ただそのひと言が出てこない。たったのひと言なのに、そんな簡単なことが口から出てこない。
私は、どうしてアイリスを待機させようとしている……?
もしかして、心のどこかでは彼女を足手まといだと感じている? いやいや、そんなことがあるはずない。
「なんですか、わたしが弱いからですか? それなら強くなれるように頑張ります。それでもダメなら、少しでも支えられるようにお助けします。なんで……なんでですか!」
「それは! それは……アイリスが大切だからですよ……。弱いからでも、頼りないからでも、嫌いだからでもありません」
私の頬をツゥーと伝う滴。それが涙であるとわかるのに時間を要するほど、感情が昂っていたのだと、ここでようやく気づく。
私の言葉に納得した様子を見せるも、さらに反論を重ねてくる。
「セリアさんの気持ちはわかりました。でも、インヴィディアさんと戦ったとき、セリアさん一回死にかけてるんですよ!?」
「ですが、今もこうして生きています。私の《言霊》であれば、なんの問題もありません」
《全知全能》があれば、《空前絶後》や《起死回生》が備わっている。死に瀕することはなく、あったとしても救済措置だって施されている。
「それなら、いつもやっているような、《言霊》を封じてくる相手が来たらどうするんですか?」
「それは……」
「セリアさんは自分を信じすぎなんですよ。たまにはわたしを頼ってくださいよ。……わたしたち、友だちですよね?」
友だち、ですか……
生前の私は友だちと呼べる存在がいなかったので、「友だちだよね?」というフレーズは、そうやって再確認することが必要な薄っぺらい関係から生まれるものだと思っていましたが、そうでもないようです。
たった今問われている「友だちですよね?」というのは、友だちならもっと頼ってくれというメッセージなのではないでしょうか。
違う、違うんです。
友だちじゃないと思っているから頼らないんじゃなくて、友だちだからこそ頼れないんです。
「私は、ただあなたが傷つくのを見たくないんです。友だちだからこそ頼らないんです」
「そんなの……わたしだって同じですよ! セリアさんが傷つくのは見たくない!」
普段の様子とはかけ離れた剣幕で話すアイリスに気圧され、私は言葉をつぐんだ。……いや、声を出すことができなかった。
「お母さんが死んだとき、セリアさんが一度死んでしまったとき、すごい悲しかったんです! わたしのせいで死んじゃったんだって自分を責めたんです! わたしは……もう大切な人を失いたくないんです!」
私の気持ちを考えずに、なにを勝手ばかり言っているのかと思いましたが、本当に気持ちを考えていなかったのは私のほうだったようですね。
「……アイリスの気持ちはよくわかりました。わかりました、あなたにも手伝ってもらうことにします」
「……! それじゃあ!」
「ですが、あなたはまだ戦闘に関しては未熟です。ですので、それ以外のことで補佐という形で動いてもらいますからね」
私の言葉に合意したように、満面の笑みでブンブンと首を縦に振る。
私だって、大切な人を護りたい気持ちは同じなのです。
ひとまずはこの動き方で進めましょうか。念のためにイラに報告しておきましょう。
◇
翌日、私が騎士団拠点に向かうと、ちょうどイラも立ち寄っていたようで、昨晩のことを話しておくことにした。
「────というわけなんですが、いかがでしょう?」
「はぁ? アリシアを参加させる? それがどれだけ危険かわかって言ってるんでしょうね?」
「もちろんです。ですから、裏方の仕事に回したのです。そうすれば危険も少ないでしょう」
イラは悩むように目を閉じ考え込む。
やはり、参加させるべきではないでしょうか。しかし、彼女の気持ちを尊重したいのもまた事実。
結論が出たのか、目を開けゆっくりと告げた。
「……それなら、ピグリティアを連れていきなさい」
「それはまたどうしてですか。そんなに難しいことをするでもないんですよ?」
「違うわよ。アリシアにじゃなくて、あんたになにかあったら、アリシア一人で対処できると思ってるの? 平常をアリシアの補助、緊急時にはあんたの手助け。これでどう?」
「それでしかイラが納得しないのであれば、それに従います。……あまり本意ではないのですが」
不本意な条件ではあるのですが、イラの言うこともまた的を射ている。私としては従わざるを得ない。
「ひとまずはこれでいいかしらね。今日もアリシアの家に行っているでしょう? 早めに話をつけておくことね」
「イラ、もう一つお話が」
「早く帰りたいんだけど……なんて理由は通じなさそうね。話って?」
私は、本当の緊急時に陥ったときのために、あることを考えていました。
これは、言葉どおり「最終手段」。使わないに越したことはないもの。
「世界を書き換える《教典》に対抗する最終手段として、こちらは────を用意しています」
「……それは本当の最終手段に取っておきなさい」
「ええ、使わないに越したことはないですし」




