48.泳げないんじゃない、泳がないんだ
「おお、いるねいるねぇ~。あたしのお・も・ちゃ♪」
海に接する崖の上、愉しげな笑みを浮かべるのは、ローブの少女。
その小脇には、《ワーディリア博物館》より盗み出した『あるもの』が。
日の光がその『あるもの』の表紙を照らすと浮かび上がってきた文字は《童話教典》。
かつての作家、グリム、アンデルセン、イソップが書き上げてきたものはもちろん、その他の作家が書き記してきた『童話』が収録されている《教典》。
少女は《童話教典》のページをパラパラと繰り、なにかを探し始める。
「う~ん、やっぱり海と言ったらこれかな!」
お目当てのものを見つけた様子の少女。
ローブの内ポケットから小型のレジスキャナーのような機械を取り出すと、開いているページへとかざす。
怪しい赤色の光が、ページを舐めるように読み取っていく。
スキャナーの背面につけられたパネルになにやら書き込めば、満足げにうんうんと頷く。
「これでよしっ、と。待っててね、今からあたしが楽しませてあげるから」
誰にも聞こえないほどの声で笑むと、傍観するように、再度崖下を見下ろした。
◇
スピカにバカにされたので、泳いでやりますよ、ええ。
でも、大丈夫かなぁ……、私って実は、悪魔の実を食べてるんですよ。だから水が大丈夫かなって(言い訳)。
でも今は人が……って、なんでこんなときに限ってガラガラなんですか!? 完全に嫌がらせじゃないですか。
仕方ありませんね……やると言ったからには、漢セリア・リーフ(乙女)やっちゃいますよ! 泣きそうになってきました。
「砂浜で見ていてください。そうだアイリス……」
「はい、なんですか?」
「アイル・ビー・バック! あっ、私が溺れたら助けてくださいね」
「あいる……? わ、わかりました!」
私、ここで泳げたらアイリスと結婚するんだ! こうやってフラグを立てておけば、あとあと言い訳に使えますね。
フラグを立てたから泳げなかったんですぅ! といった具合に。
よぉーし、行くぞ! と某猫型ロボットの映画のように意気込んだところで、海へといざゆかん。
「ひゃっ! 冷たい!」
太陽や、砂浜の熱のせいで忘れていましたが、海は冷たいんでした。なに今の声、めっちゃ可愛い。
ピッと針を刺されたような感覚に、思わずネズミが出てきたときのごとく跳び上がる。
なんですか、この冷たさは……。まるで世間ではないですか。あっ、今少し上手いこと言いませんでした? ねぇねぇ?
と、面倒くさい彼女ムーブをかましたところで、改めて入水。
アイリスがこちらを見ていることを確認したところで、基本的な泳ぎを試してみる。まずはクロールでしょうか。
右、左、ときどき息継ぎ。おや、案外泳げるじゃないで――
「なん、沈み始め……」
慢心こそ人間のもっとも大きな敵……! 『高名の木登り』……改めてよくわかりました。
「セリアさん! 今行きますから!」
水をくぐり、ぼやけて聞こえるアイリスの声。
だんだんと視界が暗転し始め、やがて闇に包まれる。
◇
「う、ん……」
目を開けると眼前に広がるのは木で組まれた天井。救護室でしょうか……
黄色に眩しく光る電光が、閉眼していたことによる闇から解放された目には、さらに眩しく視界に飛び込んでくる。
私の隣には、目尻に涙を溜めるアイリスの姿が。
「セリアさーん! 無事でよかったですー!」
私が目を覚ますと同時に、涙のダムを決壊させ、身体を引き寄せられる。
やだ……みんな見てるのに……
少々気恥ずかしくなり、アイリスの身体を半ば無理矢理に引き剥がす。
もうお嫁に行けないわ……、アイリス……責任、取ってよね……?
やっぱり泳げませんでしたか。なんかそんな気はしてました! ハハッ! 帰ったら練習します……
「セリアさんってば、わたしに、『砂浜で見ていてください』、なんて自信満々に言うもんですから、泳げるのかと思いましたよ」
「ははは……面目ないです……」
「今度は練習してから来ますからね!」
「はい……」
いつもとは立場が逆転しているこの瞬間……、なにかに目覚めそうです。そういう趣味ないんですけどね。
しかし、溺れてからの、自由に身動きが取れず、だんだんと息苦しくなる感覚にはかなり恐怖を感じた。
なんであれ、アイリスのおかげで助かったのは事実。お礼、大事。
「アイリス、好きです」
「すっ……!」
ボッと赤くなるアイリスの顔。今、好きですって言いましたっけ。あっ、違う。
「間違えました。ありがとうございます」
「どんな間違え方ですか! でも……えへへ、どういたしまして」
これからどうしましょうか……。このまま帰るというのも、いささかもったいないですし。もったいないお化けが出るレベル。
そういえば、バナナボートがありましたね、あれでも借りましょうか。
身体は回復しており、普通に歩いても問題はないみたいですね。
救護室から出ると同時に砂浜に響き渡る悲鳴。
声の出所に目をやれば、まさに今私たちが借りようとしていたボートが転覆していた。
バナナボートの転覆くらいであれば、初心者ならば誰もが通る道だと思いますし、慣れていても波の状態によってはミスすることもあるでしょう。
――そう、ミスならよかったんです。
おかしかったのはその周り。
ボートの周囲には、瓜二つ……いや、瓜三つな三人の少女が、ボートを助けようともせずケタケタと笑っていたこと。
その少女たちが海中へ潜ったかと思うと、その際に見えた少女たちの脚は人間のそれではなく、明らかに魚のものだった。
「まさか、人魚……!?」
しかし、なぜこんな場所に? ファンタジーの生き物はドラゴン以外にいなかったはず……
人魚が海上に現れるなんて、まさに『アンデルセン童話』の『人魚姫』さながらの出来事。
あの話では、人魚は六人だったはず。あとの三人はどこへ?
いや、それよりも。
「アイリス、溺れた人たちを助けなければ!」
「は、はい! でもどうすれば?」
「《出没自在》で、海中に門を繋げて引っ張り出します」
この能力は、繋げたい場所の座標がわからなければ使えませんが、先ほどの人たちが溺れた場所は把握しています。
沈むだけなら左右に移動することはあまりないので大丈夫でしょう。
「いきますよ。――《出没自在》」
開かれた門に手を差し入れると、ヒヤリと海水の冷たさを感じる。
どこに手を伸ばそうともなにもない、誰もいない。
今はどこまで沈んでしまったのでしょうか……。情報を集めなければ……。しかし一体どうすれば。
あっ、セリリリーン、ひらめいた! 違う、ヒラメがいたわけじゃないです。
「これなら情報を集められるじゃないですか。――《博識洽聞》」
場所の構造がわからないと使えなくとも、『海水』のみを切り取ってしまえば皆同じ構造。
音や動きをリアルタイムで見ることが可能。
さて、これで場所はわかったので一〇〇人乗ってもだいじょーぶ!
結論から言えば、人魚たちが運んでいたために、探し当てることができなかったみたいです。
そうとわかれば剣で追い払うのみ。さーてどいたどいたー!
「アイリス、私を引っ張ってください!」
「わかりました!」
「「せーの!」」
溺れた人がまだ高校生くらいであり、二人だったのは僥倖と言えるでしょう。三人であれば、一人は助けられませんでした。
私とて人間なので、腕は二本しかありませんし。
息はあるようですが、脈を見る感じ、あまり持たないでしょう。
「あなたたちを死なせませんよ。――《起死回生》」
ひとまず息のある状態で使用しておけば、仮に息を引き取ったとしても、少しすれば息を吹き返すことでしょう。
これは自然発生ではなく、明らかに意図的におこなわれたもの。
考えられるものとしては、《教典》の存在ですが……
今はまだなんとも言えないので、騎士団がに調査してもらいましょう。
先ほどあったことを海の管理人に伝え、海に入らないようにとのアナウンスと、解決まで海の封鎖を依頼した。
もちろん、一学生の話なんて取り合ってもらえるはずもなかったので、騎士団バッジを見せて、正式な依頼として受理してもらいましたよ。




