47.夏だ、海だ、カナヅチだ!
「《ドクター》、ちょっといいかな?」
「おや、《童の伽噺》がなんの用かな?」
緑のローブを身に纏い、フードを目深に被った人物が声をかける。顔こそは窺えないものの、高い幼声から、少女であることはわかる。
その声に返すように回転イスをくるりと回し、用件を聞くのは、こちらは白衣を身に纏った黒髪の女性。
「あたし、面白いセリアを見つけたんだ。それと、こんなものも」
ローブの少女が取り出したのは、一冊の分厚い本。
暗いためよく見えないが、純白の表紙に金の縁取りが施されていることは窺える。
「ああ、それってさっきのアレだね?」
「あっ、見てた?」
成果を認められた子供のように、ぴょんこぴょんこと跳ねて見せる。
「そりゃあ、もちろん。まだ朝の六時だってのに、ひっきりなしにニュースをやってるからね」
「そっかそっか。それで、盗み出したんだけど、どうにも使えないからさぁ~。それでさ、これなんとかしてくれない?」
「まっ、ワタシはどの組織も平等に対応するからね。任せといてよ、すぐにできるから」
「さすがは本部直属の開発者だねぇ~。朝の九時くらいまでに間に合わせてよ」
ローブの少女からの依頼に、「あと三時間ね、それなら大丈夫だよ」とひと言だけ返した。
さらに《ドクター》は「それと」と付け加えると、
「そのおもちゃ、今度持ってきてよ。《七色の大罪》からの報告も来てるし、気になってるんだよね」
それに了承を示すように、ローブの少女はひらひらと手を振って部屋を出た。
◇
「来たぞ、海! 青い海、白い雲、広がる砂浜! 私が来たぞー!」
私、(海は)初めてだから……、(泳ぎ方を教えてくれるときは)優しくしてね……?
ほら、(海って)潮とかすごいじゃないですか。だからさすがに激しい(練習をする)のはちょっと私には早いかなって。
なんてガイドラインギリギリを攻めてみましたけどどうでしょう? え、ダメ? それならピー音入れておいてください。
散々はしゃいだはいいものの、まだ着替えてすらいない私たち。
「そろそろ着替えに行きましょうか」
「どこにですか?」
「どこって……更衣室にですが」
数メートル先にある木造の更衣室を指差し言うと、アイリスは不思議そうに首を捻る。
「わたし下に着てきてますよ」
そう言うなり、私に見せるためか制服の裾に手をかけ、捲り上げる。
水着は下に着ているらしく、捲り上げるのは構わないのですが……
「待ちなさい、さすがにここではやめてください」
下に水着を着ているとわかっていても、周りには男性の視線も少なからずというか、ほとんどがアイリスに視線を注ぎすぎて表面張力ちゃんが耐えられないレベル。
私は無理矢理に裾を掴むと、腰まで下ろし、更衣室に引きずる。アイリスのお腹を見られたのは僥倖でした。
この子ってば、恥じらいとかないのかしら……。王女なのにお上品じゃないわ……
下に水着といったら、避けられないイベントがありますが……
「アイリス、替えの下着はありますよね?」
「もちろんですよ! ほら、ここ、に……ははっ」
言葉の端が尻すぼみになり、乾いた笑いとともに、死んだ目をこちらに向けてくる。なんとなく嫌な予感はしてましたが……
「忘れたんですね?」
「……はい」
様々な物語で成り立つ《ラングエイジ》とはいえ、ここまで再現しなくてもいいじゃないですか。
気は進みませんが、仕方ないですね……
「クローゼット、勝手に失礼します。――《出没自在》」
出口をクローゼットに繋げ、アイリスの下着を引っ張り出す。
「あ、ありがとうございます……」
「自分で忘れておいて引いてるんじゃないですよ」
さっきのシュンと顔からは想像できないほどに口角を引きつらせる。ここは感謝こそされど、引かれる筋合いはないはずですが?
あっれれぇ? おかしいぞ~? 私がおかしいのかと思っちゃうじゃないですか。
まずは一つイベントを消化したわけですが、海には他にもイベントはありますし……
「うっわぁー……、いつの間に……」
更衣室から出ると、先ほどとは比べものにならないほど、砂浜が人で溢れ返っていた。真夏日の市民プールじゃないですか。
それと同時に男性陣から向けられる熱い視線。
その先をたどると、やはりアイリスの胸部。これだから男は……。なんですか、時代はロリ巨乳ですか!?
「アイリス、ちょっと来てください」
これ以上は衆目に晒してはいけないと、一旦更衣室へと戻る。
「セリアさん、どうしました? 早く行きましょうよ」
「いえ、少し忘れ物を……」
昨日買っておいてよかったですよ、海用のパーカー。
薄手のものなので、暑い夏に着ても大丈夫なようになっているんですよね。しかも、濡れてもすぐに乾く。
サイズ違いでアイリスの分も用意してあります。もちろん大きいほうに違いますよ。
私のほうが背が高いのに、なんでアイリスのパーカーのほうが大きいんですかねぇ……。うーん、世界は謎に満ち満ちていますね。
「それでは行きましょうか」
あれれ~、おかしいな~? 私たちが更衣室を出入りするたびに、砂浜に人が増えてるぞ? ミッション失敗してハンター増えちゃったかな?
「なんてこった……、こんな人混みの中で泳ぐとか無理ですよ?」
「ええ? そうですか? イケる気がしますけど……。あっ、かき氷」
「イケるって言っておいて食べ物の出店に興味を移さないでくださいよ」
この子ってば、自由すぎますね。
ですが、こんな状態では、水遊び程度のこともできないでしょうし、ひとまずはそちらを見てみましょうか。
アイリスが先ほど目をつけたかき氷の出店に立ち寄ってみると、これまた出会いたくない人物に出くわしてしまう。
「あなたがここでバイトをしていたとは……」
「おお! セリアさんにアイリスさんじゃないッスか!」
「光速スピーカー……!」
遜色なしに光の速度と見紛うほどのスピードで情報を手に入れ、学院に広める、いい意味でも悪い意味でもどんな情報も手に入る。
「もう、スピカって読んでくださいよセリアさん。そうだ、どうしてウチの校内新聞って読まれないんスかね?」
「あんないつ自分の情報を赤裸々に公開されるかわからないものを、誰が好き好んで見るんですか」
よくもまあ、毎日毎日人の嫌なところを報道できるものです。
彼女は自身の《言霊》である《博識洽聞》を使い、校内のいたるところから情報を抜き出している。
《博識洽聞》、見聞が広く、物事をよく知っていること。
様々な場所から、どこにいても情報を抜き出すことのできる、『情報傍受能力』。
ではあるのですが、この能力の欠点として、『その場所の構造や位置を知らないといけない』という制約がついています。
地図で見ただけではわからないような場所も少なからずあるらしく、実際にその場所に赴かなければいけないそう。
そんなスピカが、不思議そうに首をかしげて問うてくる。
「見たところお二人は泳いでないみたいッスけど、泳いでこなくていいんスか?」
「えっ、いや、人が多いのであとにしようかと……」
「なるほど、泳げないんスね」
「どうしてそれを!? まさか《言霊》で――」
「いえ、カマかけただけッス」
あ、そうッスか……。自分で口を滑らせてしまうとは、このうっかりさん☆
「まあ、かき氷でも食べたら行きますよ。人が多いというのは嘘ではないので」
「はいはい、わかってるッスよ」
本当にわかってるんですか?




