43.夢は続くよいつまでも
校外学習で疲れたからかな? なんだかいつもより眠りが深い気がする。
ゆらゆら~、ゆらゆら~。
身体が小さく揺れる感覚。そしてどこか懐かしい感覚。
この感覚がなにかを思い出させる。
なんだったかな。……そうだ、お母さんに抱きしめてもらったときと似てる。
だんだん明るくなってきて――
「――ちゃん? シアちゃん? 聞いてる?」
「はぇ? えっ、あはは……、ボーッとしてたよ」
「もぅ……、シアちゃんってば天然さんなんだから、ヘンな人について行かないか心配だわ……」
わたしに語りかけてくるのは、わたしの髪色と同じ――いや、わたしのほうが同じなのか。空色の肩口までの髪をさらっと揺らす女性。
どうして? どうして目の前にお母さんがいるの?
お母さんに見えないように、太ももを少しつねってみると、全然痛くない。
……そっか、わたし、今夢の中なのか。納得納得。
「シアちゃんは方向音痴さんでもあるから、そっちも心配なのよ」
「お母さんだって、方向音痴さんでしょ!」
「どうして私の悪いところを引き継いじゃったかしら……」
あれぇ? わたし、こんなに心配されてるような子だったっけ? もう少ししっかり者だと思ってたんだけどな……
でも、確かにお母さんの悪いところばっかり引き継いだよね。
納得とうんうん頷いていると、お母さんがふふっと笑みを零す。
「やっぱり、シアちゃんは私の子だねー!」
「あひゃりまえへひょ!(当たり前でしょ!)」
ものすごい笑顔で、両手でわたしの頬をはさみ、うりうり~、とこね回される。
「いひゃい、いひゃい」
「ああ、ごめんね。シアちゃんが可愛くってつい」
「ううん、わたしうれしいよ。お母さんに可愛いって言ってもらえて。あっ、お母さんから、この可愛さを引き継いだのかなぁ?」
「このこの~、うれしいこと言ってくれるなー!」
今度は、人差し指で頬をつついてくる。
えへへ、お母さんだって子供っぽいじゃん。
「今日は、お父さんはお仕事でいないけど、寂しくない?」
「そりゃあ、お父さんもいたほうがいいけど、お母さんがいるから寂しくないよ!」
「そっかそっか、シアちゃんは強いな~!」
わたしだって、もう大人だからね!
……そうだ、そうだった。
お母さんのいる生活は、こんなにも楽しかった。確か、この日は――お母さんがいなくなる日。
わたしの命も狙って活動していた組織、《七色の大罪》。彼女たちのせいで、お母さんは死んだ。
でも、わたしはもう吹っ切れている。いつまでもくよくよしてても、お母さんが帰ってくるわけじゃない。
それなら、前に進まないと。いや、前に進むしかないから。
だから、せめて夢の中のお母さんにくらいは、このひとときだけでも笑顔でいて欲しい。
そのために、わたしは道化になる。これから先に起こることをなにも知らない無垢な少女、純真な娘を演じなきゃいけない。
涙はまだ流さない。それはお母さんを心配させてしまうから。
わたしが考えを巡らせていると、お母さんが思い出したように声を挙げる。
「そうだ、シアちゃんが《ワーディリア学院》に行ったら、《言霊》がなにかわかるわね、お父さんとお母さん、どっちと一緒なのかな~?」
「お母さんと同じだよ」、そう言いたいのを飲み込む。このときはまだ、わたしの《言霊》がなにかをわかっていないとき。
そして、日常生活でわかることのないもの。
物心はついていなかったけれど、《言霊》というものがどんなものかは、なんとなく知っていた。
「そうだね、わたしも楽しみだよ!」
こう言うしかなかった。
でも、お別れのときくらいは言ってもいいよね。お母さん、もう少しだけ待っててね。
時間というものは歩みを止めず、刻々と進み続ける。
わたしがどれだけお母さんと一緒にいたいと願おうと、時間にとっては関係のないこと。
一分、一秒と、お母さんとの別れは近づいてくる。
物心のつく前の出来事だけど、記憶の奥底ではかすかにその形を保っている。
そのとき、ガシャンと音を立てて、窓ガラスが崩れ去る。
そこから現れたのは、例の少女たち。
わたしはすぐに物陰へと隠れる。
「アリア・ラングエイジ、あなたの命、いただくわよ」
赤髪を揺らし、仁王立ちで立つのは、《七色の大罪》リーダー・イラさん。
その少しうしろに、先生とアヴァリティアさんがいる。確実にお母さんの命を奪おうとしてか、実力のあるメンバーで揃えられている。
「誰ですか、あなたたちは。お客様……ではないようですが」
「そうね。客と言うよりは、刺客ってところかしらね」
冗談混じりに笑みを零しながら、イラさんは返す。
セリアさんと戦っていたときもそうだったけど、相手が誰でも退こうとしない、心の強さのある人。そこは素直に尊敬できる。
「どうして私の命を?」
「あんたが邪魔なのよ。アタシたちは、ここ《ラングエイジ》を統治する存在、引いてはその親族を潰せって命を受けてるわけ。だからごめんね?」
「なるほど……、ですが、私は学院での戦闘指南をさせてもらっています。並みの能力では、私は負けませんよ」
その言葉に、アヴァリティアさんたちは、苛立ち混じりで返す。
「あのさぁ、ウチらだって並みの訓練受けてないわけよ。そんな余裕こいてて大丈夫なの?」
「そうですね、私たちは、単身で組織を一つ壊滅させております。甘く見られては困りますね」
そうだ、思い出してきた。
このあとの展開も、わたしにかけられた言葉も。あのときのあのままの出来事が流れているなら、間違いないはず。
「そう、ですか。私とて一国をまとめる者。そう易々とここを渡しはできませんね」
「大丈夫よ、もらうつもりなんてさらさらないから。アタシたちは、欲しいものは奪い、それを邪魔するものは排除してきた。障害物のあんたは真っ先に潰す」
ここから先の、ありありと思い出される光景。見たくない、ここにいたくない。でも、お母さんの勇姿を見届けなければいけない義務が、わたしにはある。
それが、この夢を見ている理由だと思うから。
「先手必勝、――《百発百中》」
一手先に動いたのはお母さん。《言霊》は、わたしと同じ《百発百中》。もうすぐ夕食時だったから用意されていたフォークを投げる。
でも、さすがの運動能力のアヴァリティアさんには通じていない。
挑発なのか、ニッと口元を歪めて、声を投げる。
「ふぅん、そんなんでよく戦闘指南が務まるものだ。ウチなら、その数倍、いや、数十倍の成果を挙げられる」
「生徒たちには十分ですよ、あなたなんかはスパルタで嫌われそうですし」
「へぇ、まだそんな口を叩ける余裕があったんだ。行くよ、スペルビア」
「了解です」
お母さんが次に《言霊》を使う頃にはもう遅い。
二人の持つ短刀が、お母さんの心臓を貫いていた。
最後の力を振り絞ってか、わたしのほうへ振り返り、笑顔で言う。
「シアちゃん、────────」
わたしを呼んだあとはなんて言っていたかわからないけど、きっとこう言っていたと思う。
『絶対に、楽しく生きて』って。
お母さん、安心して。わたしは楽しい学院生活を送れてるよ。最高の友だちができたよ。
――お母さんの願いは叶ったよ。
「お母さん、わたしも《百発百中》だったよ……!」
わたしの頬を、一滴の滴が伝う。
わたしはその涙をしっかりと感じるように、ゆっくりと目を閉じた。
◇
あれだけの出来事を目の当たりにしたにも関わらず、案外静かな目覚めになった。
隣には、寝ているときでさえクールな、セリアさんの寝顔が。昨晩はなんでかわたしと一緒に寝たがっていたけど。
その寝顔を見て安心する。自分でできると思っていても、どこかセリアさんに頼ってしまうわたしがいる。
セリアさんだって、自分のことでいっぱいなのに、わたしのことも常に気にかけてくれる。
そんなあなたが頼もしくて、カッコよくて。
「セリアさん、わたしもあなたが大好きです」
やっぱり、好きと言うのは恥ずかしい。
だから、聞かれていないようにと祈りながら、早い目覚めから再び眠ることにした。




