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語彙力最強少女の英雄譚  作者: 春夏冬 秋
第二章 《夏期休暇》編
50/98

42.事の顛末は夢の中で

 校外学習での疲れからか、とても深い眠りに入っていることが、意識がないにも関わらず実感できる。

 ゆらゆらと川を流れるような感覚に陥りながら、私はある場所へとたどり着いた。



 到着した先で、私はどこかを見下ろしていた。

 崖の下……でしょうか。そうなると私は、崖の上のセリアじゃないですか。セリア、アイリス、好きー!

 眼下で繰り広げられる光景は、まさに悲惨と言える。

 人々が争う様子。辺りに弾け飛ぶ血飛沫(しぶき)。倒れ込む人々は、死体と言うよりは肉塊。

 しかし夢なだけに、争いでの雄叫びや血の匂いなどは感じない。

 私の中には、ただ目の前で起こっていることを見ている感覚だけ。



「なんですか、これ……」



 あまりに非現実的で無惨な光景に、思わず嗚咽おえつが漏れる。

 一刻も早く、ここから移動しないと。

 そう振り返ろうとした瞬間、背を走り抜ける寒気。悪寒……というものでしょうか。

 背後から刺さるように感じる視線。なのだが、殺意や恨みなどは感じられない。



【やあ、はじめまして】



 そうかけられた声は、ハッキリとした女性のもの。なはずなのに、どこかノイズがかかり、電子音のようにも聞こえる。

 明瞭なのに、どこか曇りのある声。

 ……わからない、なにも。



「あなたは……誰ですか……?」



 私は、あえて振り返らずに問いかける。

 振り返れば後悔すると、私の本能が囁いてくるから。

 すると、なにがおかしいのかクスクスと笑いを零す。



【私は誰か、か……。そうだね、言うなれば君だ】

「なにを言っているのです? 私は私、あなたはあなた」

【ふふっ、君と私は同じだよ。私だって全知の力を持っている――いや、持っていた】



 全知の力……、《全知全能》のことでしょうか。

 それを持っていた? ――まさか!



「あなた、《セルシア・リーフェル》……!?」

【ようやく気づいてくれた? ――セリア・リーフ。まったく、待ちくたびれたよ。みんなからは魔王なんて呼ばれていたけどね】



 かつて《ラングエイジ》を支配していた魔王、《セルシア・リーフェル》。

 おそらく、この争いを引き起こしたのも彼女。

 歴史書に書かれていた、彼女が引き起こそうとした戦争。それが今、目の前で繰り広げられている。

 一人、また一人と地に倒れ伏す人たち。

 やめて、もうやめて。あなたたちが傷つく必要はない。



「私は、この争いを止めねばなりません。では」

【ふふっ、そんなことしても無駄だよ】



 セルシアの言葉を無視し、崖からピョンと飛び降りようと宙に足を乗せる。

 しかし、一向に重力を感じない。何事かと目を開けてみると、そこには先ほどと変わらない風景が。

 宙に立っている状態だった。



【君も気づいているだろう? ここは君の夢の世界、見ている光景は深層心理。私たちはいわば傍観者。介入なんてものは不可能なんだよ】



 私は、なおも振り返らずに問いかける。



「あなたは……どうしてこんなことができるんですか?」

【そうだね……、ゲームと言ったほうがいいかな】

「ゲーム感覚でこんな争いを……!?」



 おかしい、彼女は狂っている。ゲームというのはいわばたとえ、感覚なわけで。本当のゲームなどではないため、当然ながら復活、リスポーンなどできるはずがない。



【そうだよ、だって――面白いでしょ?】

「まったく面白くありませんね」

【最初はそうだったよ。だって、《言霊》を与えても争おうとしないんだから】

「ならばなぜ――」



 なぜ、こんなにも激しく戦っているのか。憎み、恨み、殺意を滲ませながら。

 わからない、私にはまったくわからない。

 なんのための言葉なのか。

 コミュニケーションを取るためのはず。それならば、話し合いをすることだってできる。



【私がそそのかしたんだよ。知ってるかな? ――《弱肉強食》のこと】



 《弱肉強食》、弱者が強者の犠牲になるような力の違いを結果に落とした闘争世界を現す言葉。

 この能力はかなり非人道的で、他者の力量に優劣をつけ、闘争本能を解放させてしまう。

 つまりは、他者を無理矢理戦わせるといったもの。

 それ故に、彼らは今もこうして争っている。



「そんなことをしてなにに――」



 怒りに任せて振り向いてしまったのがいけなかった。

 そこに立っていたのは、表面がゴツゴツとしたデザインの漆黒の仮面を装着し、大きめのマントを羽織る人物。

 これぞまさに魔王に相応しいとも言える姿。

 特にデザインが怖いなどではなく、話し方も普通の人と相違ないのだが、どこか恐怖してしまう。

 足がすくみ、手が震え、汗がダラダラと流れ、終いには声すらも出なくなる。

 なにが原因かわからないことが一番の恐怖なのでしょうか。



「え、あ、うぁ…………あ、あ……」

【私の顔を見てそんな顔をされるなんて、ちょっとショックだなぁ。そんなに怖いかな?】



 顔なんかじゃない。概念的なものだが、オーラに近いものが、私に恐怖を植えつける。

 見えないはずのものが見える感覚。

 迫り来て私を苦しめるのは、まるで煙を大量に吸ってしまったよう。

 肺腑はいふを締めつけ、脳を侵し、精神をむしばみ、私という存在を破壊しようと躍起になっているように思える。

 身体がどんどん壊れていく。心がどんどん崩れていく。



【……いや、君が怖がっているのは、真意が見えないこと、でしょう?】

「……っ! そん、な、こと……」

【いいや、そうだよ。私の仮面の奥が見えない、なにを考えているか読み取れない。自分にとってどんな存在かわからないのが怖いんだろう?】



 なんで、なんでそんなに私のことがわかるの?

 彼女がどんな存在かわからないことは、確かに恐怖ではある。敵なのか、味方なのか。おそらくは前者ではあると思うけれど。



【アイリス・フェシリアに元《七色の大罪(モルトリア)》か……】

「どうしてそこまで……!」

【言っただろう? ここは君の深層心理、記憶の奥底に眠るものまでわかるさ。……それで、彼女たちは、本当に友だち、仲間と呼べるものなのかな?】

「黙りなさい……!」



 あなたになんの権利がある。アイリスを、《七色の大罪(モルトリア)》のみんなを語る権利がどこにあるんだ。

 彼女たちは、私に心からの笑顔を……――心からの笑顔、なのか? もしかしたら、私の前で取り繕っているだけかもしれない。

 ……いや、そんなはずはない。きっと本心だ。



「あなたにみんなを語る権利はありません。その口を閉じなさい」

【君、なかなかに面白いことを言うね】

「……? なにが言いたいのです?」

【だからさ、語る権利はあるって言ってるんだよ。だって――】



 そこでセルシアは、初めてその仮面に手をやり……外した。



【――私は、君なんだから】



 覗き込んでくる瞳は呑まれそうな漆黒。こちらに向けられたその顔は、私と瓜二つ。

 いや――私そのものだった。

 


     ◇

 


「うあぁぁ!! はぁ、はぁ…………」



 あまりの出来事に私は飛び起きた。

 時計を見てみれば、まだ四時頃。窓の外には、白み始め、朝を報せようとする空が見えた。

 隣を見やれば、すぅすぅと寝息を立てて気持ちよさげに眠るアイリスの寝顔が。

 彼女の寝顔を見たおかげで、しばしの癒しを得られたのは幸いでした。校外学習のこともあって、一緒に寝てもらっていてよかったですよ。

 なんだか愛らしくなり、さらさらと空色の髪を優しく撫でる。



「んんぅ~……」



 一瞬の笑みが見えると、もぞもぞと布団の中で身じろぎする。

 その子供のような姿に、思わず笑みが零れる。



「ふふっ、やっぱりアイリスは可愛いですね。……ありがとうございます、あなたは自分のことを『なんの役にも立たない』なんて言いますけど、私は助かっていますよ」



 こうして、心の平穏を保っていられるのも、普段が楽しいのも、全部全部アイリスのおかげです。

 いつもの感謝とは違ってなんだか恥ずかしいので、卑怯かもしれませんが、あなたが寝ている間に言わせてください。

 改めて────ありがとうございます。

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