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語彙力最強少女の英雄譚  作者: 春夏冬 秋
第二章 《夏期休暇》編
43/98

35.試験勉強は大切です

 教壇に手をつき、ニタァというよりはニチャァといった笑みを浮かべるのは、金髪をサイドでくくった女性。

 私たちのクラスの担任であり、戦闘実習授業を担当している、スペルビア先生。

 この人が嫌な笑みを浮かべているときは、嫌な予感が頭をよぎる。

 彼女が遂に口を開くことで、その笑みの正体を知ることとなる。



「皆さん、来月七月の頭ですが――テストをおこないます!」



 その瞬間、ところどころから口々に発せられる不平に不満。

 実を言えば、王女護衛関係の騒ぎで、私たちのクラスではまともに授業をおこなえていないのです。

 ようするに、ほとんどの教科をほぼ初見で受けねばならない状態。

 授業を聞いていれば点数を取れる私でも、授業を受けていなければどうしようもない。……オワタ!



「はっはっは! いくらでもわめきなさい! 私の辞書には『容赦』と『不可能』の二字の言葉はないのです!」



 節子、「不可能」は二文字やない、三文字や。

 その辞書、たぶん印刷ミスがありますね。取り替えてきましょうか。

 高笑いする先生に、生徒たちからの不満はさらに募る。



「そんなんだから結婚できないんだぞ!」



 このひと言が、先生に火を着けてしまった。



「えっと……、あなたは戦闘実習の成績がゼロ……っと。留年確定です、おめでとうございます。私があなたのいるクラスの授業を見る限り、あなたは永遠に進級できません」

「えっ、いや、ちょっ……すいませんでしたぁぁ!!」



 これには言った本人も涙目からの九〇度に腰を折っての謝罪。

 ここまでされたら、さすがの先生でも許すはず。



「ふっ、先ほど言ったでしょう。私の辞書には容赦の文字はないと!」

「くっそぉぉぉぉ!」



 なんてこった。これでは下手なことを言えませんね。おお、怖い怖い。



「さて、あと一ヶ月ほどですが、皆さんは大丈夫ですか? 彼のように、留年確定の人はともかく」



 確かに、勉強が苦手な人からすればただの地獄。

 どうなのかと右隣に座るアイリスのほうを見やる。



「アイリ――」



 ものすごい反応速度でそっぽ向きましたよ。

 私が視線を戻したかを確認するために、ちらとこちらを見ては、視線が合うたびに顔をらす。

 漫画やアニメの元気キャラは、少々頭が弱いと相場が決まっていますが、アイリスはまさにテンプレのそれ。

 ふぅむ、どうしたものか……

 友だちのいなかった私は、人に勉強を教えた経験がないので、上手いか下手かを訊かれてもわからないんですよね。



「アイリス、テスト勉強しましょうか」

「えっ、いやぁ……わたしはいいかなぁ、なんて……」

「アイリスまで留年ですか……、それは悲しいですね」



 「留年」の単語が響いたようで、アイリスは肩をビクッと震わせる。

 ギギギとぎこちない笑みを浮かべながら、「だ、大丈夫ですよ、あはは……」と力なく笑う。

 大丈夫ならもっと自信持ってよぉ!

 ないとは思いますけど、「大丈夫」の意味を勘違いしている、なんてことはないですよね? 信じますよ? ……大丈夫ですよね?

 高校生が一年生で留年だなんてことあるんですかね?

 実際のところ、入学初めは意気込んで勉強するので、一年くらいは簡単に進級すると聞きます。

 まあ、私は進級することなく、元の世界とはさよなライオ~ンしたわけですが。



「アイリス、今日から一緒に勉強しますからね?」

「セリアさん、わたしの第六感を信じてください」

「第六感なんてものがテストでまかり通るなら、世の学生は悶々(もんもん)としてませんよ」



 義務教育の手が離れた高校時代からは、いつの時代も学生は赤点という強大な敵におくし、おののいているのです。

 テスト返却時に一喜一憂する様子や、赤点を回避したときに漏らされる安堵あんどの息は、テストがある時期の風物詩。

 テストには、私も何度も振り回されました。

 このことから、テストはデートのときの女性と言えます。L.E.D照明取り付け完了です。いやそれは発光ダイオード。



「勉強。いいですね?」

「……はい。……ちぇっ、面倒くさいです」

「小声で愚痴っても聞こえてますからね」

「えっ、あはは……。頑張りまーす……」

 


     ◇

 


「お帰りなさいませ、セリア様、アリシア様」



 帰宅すると出迎えてくれたのは、先日より働き始めた亜麻色髪のメイド少女、ピグリティア。

 現在の《七色の大罪(モルトリア)》メンバーで住んでいる拠点ではイラたちの給仕を。それ以外では、アイリス宅で働くことにしたのだとか。



「怠惰な性格だったあなたが、ここまで働くとは」

「ええ、働き口をくださったのですから、当然のことです。それに、ブランクがあっただけで、元よりわたくしは働き者です」



 「では」とひと言声をかけ、私たちはアイリスの部屋へ。

 私用の部屋はまだらしく、その理由が「私好みの部屋を作る」からだそう。今はリサーチの段階みたいです。



「さて、早速始めますよ。教科書を持ってきてください」

「はーい」



 とことこと本棚へ向けて歩いていく。

 教科書を並べている段に手をかけたところで、ピタッと動きが止まる。

 少しの沈黙のあと、手は滑らかに左方へ。その先には――



「アイリス、なぜ漫画に手をかけているのです?」

「えへへ……ちょっと休憩を?」

「まだ始めてもいないでしょうに。こうなっては最終手段ですね……」



 私は立ち上がると、本棚の前でこてっと首を傾げるアイリスを小脇に抱え部屋を出て、ある場所へと向かった。



「お父様!」



 向かった場所とは、アイリスのお父様の部屋。



「おや、セリア君か。どうしたんだ? ……どうしてアリシアを小脇に?」

「アイリスが勉強をサボろうとします。なにもない部屋と学習道具一式をお願いします」

「……なるほど、わかった、すぐに用意させよう。少し待っていてくれるかな」



 なんとか話はつけられました。

 部屋を出る際、アイリスが「嫌だー! 放してー!」と叫んでいましたが、そんなものは無視。

 今の彼女には、アメでなくムチが必要です。アメは虫歯になるのであげません。ムチも痛いので本当はあげたくないのですが……

 ここまでしないとやらないんですよ、この子は。



「セリアさんの鬼ー! 悪魔ー! 鬼畜家庭教師ー!」

「あっはっは、なんとでも言えばいいですよ。私はアイリスのためにやるんですから」



 こういうのを「正義中毒」と言うそうですが、違うじゃん? これは必要な犠牲なんですよ。アイリス、いいやつだったよ……

 


     ◇

 


「セリアくん、待たせたね」



 あれから一時間ほどでしょうか。勉強部屋の準備ができたようです。



「さあ、行きますよアイリス」



 部屋の隅で縮こまるアイリスに声をかける。

 一向に反応がないため、どうしたものかと近づくと、「勉強怖い……」と何度も呟いていた。

 これはあれですか、「饅頭まんじゅう怖い」みたいなものですか? そんなにやりたくて仕方がないのですね。

 ですが、私はアメとムチを使い分けられますからね。

 勉強を詰めてさせることはありません。休憩大事! ですからね。きゅうけーいうぉっちっち。



「わかりました、アイリス、二時間だけ頑張りましょう。そうしたら、漫画を読むでも好きなことをすればいいです」



 人間、目標や時間設定をすると、それに向けて努力する傾向にあります。

 初めに時間を設定しなかったことが、彼女の勉強イヤイヤ期を到来させてしまったのでしょう。

 そして、最後にご褒美を与える。もののためなら頑張るぞい、ということですね。

 ご褒美がうれしかったのか、曇り空から日が射し込むように、ぱあっと明るくなる表情。

 この子、知らない人にお菓子をチラつかされたら、ついて行きそうで心配です。そのうち、蝶々を追いかけるまであります。

 ですが、なにごとも楽しくやらねば、ですからね。

 とはいえ、勉強中はスパルタ教育でいきますよ~! おー!

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