35.試験勉強は大切です
教壇に手をつき、ニタァというよりはニチャァといった笑みを浮かべるのは、金髪をサイドでくくった女性。
私たちのクラスの担任であり、戦闘実習授業を担当している、スペルビア先生。
この人が嫌な笑みを浮かべているときは、嫌な予感が頭をよぎる。
彼女が遂に口を開くことで、その笑みの正体を知ることとなる。
「皆さん、来月七月の頭ですが――テストをおこないます!」
その瞬間、ところどころから口々に発せられる不平に不満。
実を言えば、王女護衛関係の騒ぎで、私たちのクラスではまともに授業をおこなえていないのです。
ようするに、ほとんどの教科をほぼ初見で受けねばならない状態。
授業を聞いていれば点数を取れる私でも、授業を受けていなければどうしようもない。……オワタ!
「はっはっは! いくらでも喚きなさい! 私の辞書には『容赦』と『不可能』の二字の言葉はないのです!」
節子、「不可能」は二文字やない、三文字や。
その辞書、たぶん印刷ミスがありますね。取り替えてきましょうか。
高笑いする先生に、生徒たちからの不満はさらに募る。
「そんなんだから結婚できないんだぞ!」
このひと言が、先生に火を着けてしまった。
「えっと……、あなたは戦闘実習の成績がゼロ……っと。留年確定です、おめでとうございます。私があなたのいるクラスの授業を見る限り、あなたは永遠に進級できません」
「えっ、いや、ちょっ……すいませんでしたぁぁ!!」
これには言った本人も涙目からの九〇度に腰を折っての謝罪。
ここまでされたら、さすがの先生でも許すはず。
「ふっ、先ほど言ったでしょう。私の辞書には容赦の文字はないと!」
「くっそぉぉぉぉ!」
なんてこった。これでは下手なことを言えませんね。おお、怖い怖い。
「さて、あと一ヶ月ほどですが、皆さんは大丈夫ですか? 彼のように、留年確定の人はともかく」
確かに、勉強が苦手な人からすればただの地獄。
どうなのかと右隣に座るアイリスのほうを見やる。
「アイリ――」
ものすごい反応速度でそっぽ向きましたよ。
私が視線を戻したかを確認するために、ちらとこちらを見ては、視線が合うたびに顔を逸らす。
漫画やアニメの元気キャラは、少々頭が弱いと相場が決まっていますが、アイリスはまさにテンプレのそれ。
ふぅむ、どうしたものか……
友だちのいなかった私は、人に勉強を教えた経験がないので、上手いか下手かを訊かれてもわからないんですよね。
「アイリス、テスト勉強しましょうか」
「えっ、いやぁ……わたしはいいかなぁ、なんて……」
「アイリスまで留年ですか……、それは悲しいですね」
「留年」の単語が響いたようで、アイリスは肩をビクッと震わせる。
ギギギとぎこちない笑みを浮かべながら、「だ、大丈夫ですよ、あはは……」と力なく笑う。
大丈夫ならもっと自信持ってよぉ!
ないとは思いますけど、「大丈夫」の意味を勘違いしている、なんてことはないですよね? 信じますよ? ……大丈夫ですよね?
高校生が一年生で留年だなんてことあるんですかね?
実際のところ、入学初めは意気込んで勉強するので、一年くらいは簡単に進級すると聞きます。
まあ、私は進級することなく、元の世界とはさよなライオ~ンしたわけですが。
「アイリス、今日から一緒に勉強しますからね?」
「セリアさん、わたしの第六感を信じてください」
「第六感なんてものがテストでまかり通るなら、世の学生は悶々としてませんよ」
義務教育の手が離れた高校時代からは、いつの時代も学生は赤点という強大な敵に臆し、おののいているのです。
テスト返却時に一喜一憂する様子や、赤点を回避したときに漏らされる安堵の息は、テストがある時期の風物詩。
テストには、私も何度も振り回されました。
このことから、テストはデートのときの女性と言えます。L.E.D照明取り付け完了です。いやそれは発光ダイオード。
「勉強。いいですね?」
「……はい。……ちぇっ、面倒くさいです」
「小声で愚痴っても聞こえてますからね」
「えっ、あはは……。頑張りまーす……」
◇
「お帰りなさいませ、セリア様、アリシア様」
帰宅すると出迎えてくれたのは、先日より働き始めた亜麻色髪のメイド少女、ピグリティア。
現在の《七色の大罪》メンバーで住んでいる拠点ではイラたちの給仕を。それ以外では、アイリス宅で働くことにしたのだとか。
「怠惰な性格だったあなたが、ここまで働くとは」
「ええ、働き口をくださったのですから、当然のことです。それに、ブランクがあっただけで、元よりわたくしは働き者です」
「では」とひと言声をかけ、私たちはアイリスの部屋へ。
私用の部屋はまだらしく、その理由が「私好みの部屋を作る」からだそう。今はリサーチの段階みたいです。
「さて、早速始めますよ。教科書を持ってきてください」
「はーい」
とことこと本棚へ向けて歩いていく。
教科書を並べている段に手をかけたところで、ピタッと動きが止まる。
少しの沈黙のあと、手は滑らかに左方へ。その先には――
「アイリス、なぜ漫画に手をかけているのです?」
「えへへ……ちょっと休憩を?」
「まだ始めてもいないでしょうに。こうなっては最終手段ですね……」
私は立ち上がると、本棚の前でこてっと首を傾げるアイリスを小脇に抱え部屋を出て、ある場所へと向かった。
「お父様!」
向かった場所とは、アイリスのお父様の部屋。
「おや、セリア君か。どうしたんだ? ……どうしてアリシアを小脇に?」
「アイリスが勉強をサボろうとします。なにもない部屋と学習道具一式をお願いします」
「……なるほど、わかった、すぐに用意させよう。少し待っていてくれるかな」
なんとか話はつけられました。
部屋を出る際、アイリスが「嫌だー! 放してー!」と叫んでいましたが、そんなものは無視。
今の彼女には、アメでなくムチが必要です。アメは虫歯になるのであげません。ムチも痛いので本当はあげたくないのですが……
ここまでしないとやらないんですよ、この子は。
「セリアさんの鬼ー! 悪魔ー! 鬼畜家庭教師ー!」
「あっはっは、なんとでも言えばいいですよ。私はアイリスのためにやるんですから」
こういうのを「正義中毒」と言うそうですが、違うじゃん? これは必要な犠牲なんですよ。アイリス、いいやつだったよ……
◇
「セリアくん、待たせたね」
あれから一時間ほどでしょうか。勉強部屋の準備ができたようです。
「さあ、行きますよアイリス」
部屋の隅で縮こまるアイリスに声をかける。
一向に反応がないため、どうしたものかと近づくと、「勉強怖い……」と何度も呟いていた。
これはあれですか、「饅頭怖い」みたいなものですか? そんなにやりたくて仕方がないのですね。
ですが、私はアメとムチを使い分けられますからね。
勉強を詰めてさせることはありません。休憩大事! ですからね。きゅうけーいうぉっちっち。
「わかりました、アイリス、二時間だけ頑張りましょう。そうしたら、漫画を読むでも好きなことをすればいいです」
人間、目標や時間設定をすると、それに向けて努力する傾向にあります。
初めに時間を設定しなかったことが、彼女の勉強イヤイヤ期を到来させてしまったのでしょう。
そして、最後にご褒美を与える。もののためなら頑張るぞい、ということですね。
ご褒美がうれしかったのか、曇り空から日が射し込むように、ぱあっと明るくなる表情。
この子、知らない人にお菓子をチラつかされたら、ついて行きそうで心配です。そのうち、蝶々を追いかけるまであります。
ですが、なにごとも楽しくやらねば、ですからね。
とはいえ、勉強中はスパルタ教育でいきますよ~! おー!




