33.決戦
「――体育科の教師とセリアの騎士団を両立する!」
「ラングエイジ宅で給仕をさせてください」
おっと、まさかの回答ですよ? これは予想していなかったです。
「ピグリティアに関しては、アイリスに委ねざるを得ないのですが……いかがですか?」
「はい、狙われないのなら、わたしはいいと思いますけど……」
「……ですが、お母様の命を奪った相手です。思うところがあるならば、言ってしまっても……」
そう促してみると、アイリスはふっと笑みを浮かべ、晴れやかな顔で口を開く。
「――だって、過去の話じゃないですか。もちろん、言いたいことがないわけではないです」
「それなら――」
「でも、責めたところでお母さんは帰ってこないし、全員が嫌な気持ちになるでしょう? だからわたしは、赦しはしませんけど、楽しくいられたらなと思います」
なるほど……。さすがアイリスです。なかなかの寛容さで。
アイリスからの許可はいただけたので、ピグリティアの希望は大方叶ったわけですが。
しかし、二人にはまだ残した気持ちがあるようで、イラのほうへと向き直り、ひと言。
「イラはどうするの? この先のこと」
「わたくしたちと、なにかを始めませんか? もちろん、わたくしたちは、イラ様が《七色の大罪》を続けるのであれば、そちらにも注力いたしますが」
「そうだね、ウチらを拾ってくれた人に仇を返すなんてね」
イラは、うむむと小さく唸ると、少し目を見開き、こちらを睨みつける。
「アタシは、あんたには預けられない。だって、みんなアタシの家族も同然! 我が子を誰かにホイホイ任せられるもんですか! だから、アタシが二人の運命を決める」
なるほど、家族……ですか。
そういう捉え方もできますね。いうなれば、義理の娘のような存在なわけですから。
年齢の関係性はわかりませんが、彼女たちにとって、そんな数字は些細な問題でしょう。
誰が何歳だからではなく、どんな絆を紡いで来たか。それこそが一番の問題。
私とて、人の将来の大切さはよくわかっています。
私は、たったの一六年、たったの五八四〇日と少しで、将来が絶たれましたから。
やりたいことなんて山ほど……いえ、地球ほどありました。
ですから、やりたいことはさせてあげたい。それが、私からの気持ちです。
「その気持ち、よくわかりました。であれば、本気で来なさい。場所を移しましょう、グラウンドに出てください」
◇
アタシの選択は間違っていたのだろうか。
なにもなく空っぽだったアタシにできた居場所こそが《七色の大罪》だった。
そこには常に六人の仲間がいて、みんなに囲まれて楽しくすごしてきた。
たまには喧嘩もあったけど、すぐに仲直りして、たくさん笑い合って。
アタシが暗殺業なんてやろうと思ったのはなんでだったっけ……?
そうだ――親が暗殺者で、友だちが殺されたんだ。どうして狙われてたのかは知らないけれど。
アタシから友だちを奪った親を見返してやりたくて。強くなって仕返しをってね。
親からは忌み嫌われたこの《言霊》で……、あれ、どうしてアタシの《言霊》は親と違う? 両親はどちらも《天変地異》なんて持ってなかった。
でも、友だちはアタシの親と《言霊》が同じだった。それに顔もどことなく似てて……
ということは――アタシは取り違えの子? それなら、そんな不祥事をなかったことにするためにあの子を殺した? アタシを本当の子供に仕立て上げるために。
それなら、アタシのしてきたことってなに? 親と呼んでいた人たちは、ただの顔見知りのおじさんとおばさん。他人も同然な人たち。
アタシは、そんな他人を見返すために、人を殺め続けて……?
今まで殺した相手の顔はしっかりと覚えてる。だって、アタシの手で友だちと同じ未来をたどらせるのだから。
その顔が次々と浮かんでくる。
やめて! ごめんなさい!
アタシのしたことは、到底赦されないし赦していいはずがない。それに、こんな言葉では当然償いきれないけれど。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
いっそのこと、アタシを殺して。……ねぇ、セリア・リーフ。
もうアタシを楽にして。
瞳から涙が零れると同時、アタシの身体に抱きしめられる感覚が。
「セリア・リーフ……? どうして……?」
「グラウンドまで移動している間、どうにも落ち着かない様子だったので。それに、涙を流していますし。もしや、なにかあったのかと」
「……! 放しなさいよ!」
セリア・リーフの腕から逃れようと身をよじると、この細腕のどこにそんな力があるのか、さらに力が込められ、アタシのことを逃さまいとしている。
「放しませんよ、絶対に」
「どうして……!? ねえ、どうしてアタシに優しくするの? アタシたちは、あんたの大切な人を奪おうとしたのよ!?」
「まだ、奪われてないからですよ」
なにを言っているの? 確かに、まだ生きてはいるけども、狙ったことは事実。
アタシたちは恨まれ憎まれても仕方ないのに。
「私は、無益な殺生や虐げをしたくはありません。アイリスの命が奪われたのであれば、それと同じ報いを受けさせます」
「それなら……!!」
「アイリスならなんと言うでしょう。きっと、『もうわたしを狙わないでくださいね』と優しく微笑んでくれます。包み込んでくれます」
アタシは……アタシはどうしたらいいの?
両親からは虐げられ、蔑まれ。一度は「お前のいる価値はない」とまで言われた。何度も殺されかけた。
そのときに思った。
――ああ、アタシに居場所はないんだ。アタシを必要としてくれる人はいないんだって。
ねえ、あなたなら、アタシを受け入れてくれるの? アタシに居場所をくれるの?
わからない。なにを信じればいいの?
そんなアタシの考えを読んだかのように、セリア・リーフは、ふっと微笑みながら話し始める。
「あなたは、なにを信じていいかわからないのでしょう?」
「っ……! どうしてアタシの考えを……」
「わかりますよ、見てればね。なにを信じるか――自分の信じたいものでいいんじゃないでしょうか」
「……は?」
なんともありきたりで、無責任な答えだと呆れているアタシがいる中で、その無責任な答えに安心感を抱いているアタシもいる。
結局、アタシは誰かに導いてもらわないと、先に進めないんだ。
一直線の、迷うこともなく、進路を変えることのできない道だとしても、一歩が踏み出せない。
誰かに「こっちだよ」と手を引いてもらわないと進めない。
アタシって、そんなに弱い人間だったっけか。
もうわからない。自分という存在すら。本当は、存在してないんじゃないか、なんて思っちゃったりね。
アタシは、今回も無様に手を引いてもらうことにした。
「……ねえ、セリア・リーフ」
「どうしました? あっ、おやつですか? すみません、今は手持ちがなくて……」
「違うわよ! ……もし、アタシが迷ったら、手を引いてくれる?」
「もちろんです。あなたが求めるなら、どんな暗闇でも、どんな茨道でも、私は手を引きあなたを支えます」
「もし、アタシが壊れたら、アタシのことを受け入れてくれるの?」
「ええ、あなたが望むなら、泣いていれば優しく抱き留め、怒っていればそれを諭し、笑っていれば温かく見守ります。私もアイリスも、あなたを受け入れますよ」
自分の信じたいものを信じる、か……
アタシの脳は、「セリア・リーフなら信じてもいい」と言っている。「頼ってしまっていい」と言っている。
「――でも、」
不意に、セリア・リーフが口を開く。
「私よりも先にあなたを受け入れ、支えてくれて、手を引いてくれた人たちがいるでしょう?」
「それってまさか――」
「はい、《七色の大罪》の皆さんがいるではないですか」
そうだ、どうして忘れていたんだろうか。
アタシの近くに――いや、隣にいてくれた六人の仲間を、家族を。
忘れていたんじゃなくて、見ていなかったのかもしれない。
目先のことに捕らわれ、自分の目的のためにしか動かないアタシを支えてくれていた人たちを。
「セリア……そしてみんな。ありがとう……! こんなアタシを見てくれて、そばにいてくれて……!!」




