30.逆転
――まるで、この世界に来たときの感覚。
暗い中で、ふよふよと漂い、意識だけがはっきりしている状態。私、どうなったんでしたっけ……
……そうだ、またもや死んじゃったんでした。
アイリスは無事でしょうか。なんとか、なんとか戻れないのでしょうか。
わずかでいい。今回だけでいい。どうにか、私にチャンスを――!
暗い意識の中、うっすら浮かび上がる一粒の光。
これがなにを意味しているのかはわかりませんが、なにかの希望であるならと、手繰り寄せ、掴み取る。
はっきりとしていた意識が、さらに明瞭なものとなる。
これが、私に与えられたチャンス……?
それならば、私がすることは一つ。
――さあ、逆転の時間です。
◇
「よし、これでセリアはいなくなった。あとはキミだけだよ、アリシア。ボクが王女暗殺を成功させるとはね」
「セリアさん……、嘘ですよね? いつもみたいに、わたしを驚かせようとしてるんですよね……?」
「そんなことないさ、彼女は本当に死んだ。もうキミに希望は――」
「――さすがはアイリス、私のことをよくわかっていますね」
アイリスに向かって振り上げられた腕を掴むと、目を見開くインヴィディア。
イラのときもそうですが、こんな登場の仕方が多くなりつつある……。代名詞とかにされないですよね?
「は……? そんなはずは……、さっきは確実に心臓に当てたのに……!」
先ほどから、身体の中で蟠っている、線が繋がって、そこに電気が流れる感覚。
なにか覚えがあると思えば、《言霊》を使用したときの感覚と同じ。
「どうして、と問われれば、わからないとしか答えようがないのですが、おそらく《起死回生》が発動したのでしょう」
《起死回生》、死にかかった人を生き返らせること。
この能力は、死に瀕した際に意識がある場合、自動で発動する能力。即死であれば、使用は不可能。
他者への使用も可能なのですが、その際は、相手の意識がある間に意図的に使用せねばなりません。
「そんなことまでできるのか……! ああ、さらに妬ましい!」
「隣の芝は青く見えるというもの。あなたの芝も、実は青いのではないですか?」
「……どれだけ青くても、隣が金や虹色に見えちゃ、霞んで見えるでしょっ!」
怒りに任せて剣を振るインヴィディア。
それを、バックステップで回避する。
戦闘にも慣れたものですね。……慣れていいものかはともかく。
ここで、数日前に用意しておいたものを取り出す。
「門を開け――《出没自在》」
《出没自在》、自由に現れたり、隠れたりすること。
任意の別空間へと、門を開き繋げる能力。ドーナツだって持ってこられます。
ここで取り出したものは、《創意工夫》で作り出した、使いやすさ満点の長剣。
一定時間で消滅する《創意工夫》での生成物。これを保つ方法として見つけたのが、いつまでも変わらないことを表す、《永久不変》。
ものの形状を、永久に変わらない状態で保つようにできる能力。
これにより、最高硬度、超軽量、私好みのデザインの剣を作成することに成功。絶対に壊れない……はずです。
「くっ……もしかして、《馬耳東風》の特性を理解して戦ってる?」
「もちろんです。ですから、剣を使用しているのですよ」
《馬耳東風》、人の意見や批評を気にも留めずに聞き流すこと。
この能力は、なにごとも受け流し、無視してしまうというもの。しかし、概念的なものに限りますが。
先ほどの《可惜身命》と《空前絶後》を無視したのもこのためです。
現在戦闘をおこなえているのは、剣が概念的ではなく、ここに存在する物質だから。
「初めは、どうして《言霊》が効果を発揮しないのかと疑問でした。しかし、私の死の間際にネタバレしてくれたのは助かりましたよ」
「なるほどね、ボクがやらかしちゃったわけだ。人が羨ましいばかりに、優位に立つとボロを出すクセは直さないと」
「まあ、今回はそれに助けられたわけですが」
例のボロを出したのが、まだ意識のあるときでよかったですよ。
そうでなければ、この状況でも、彼女の《言霊》がなにかを知らずに戦うこととなっていた。
そのために一度死んでいるのでラッキー……というのは正しいかはわかりませんが、僥倖ではありました。
剣撃による鍔迫り合いは、さながら時代劇。
火花が散るのではと思うほど、ギリギリとこすれる音が耳に響く。
「あなた、かなりの実力がおありですね」
「あー、そうなのかな? イラにはよく言われるけどさ、正直なところ自分ではわかんないからさ」
確実に彼女は実力者。
この鍔迫り合いで、私は剣を両手で押さえているのに対し、インヴィディアは片手で対抗してきている。
「このままでは……、――《一騎当千》!」
「それは無駄だよ。さすがにこれは知らないかな? ――《馬耳東風》は、パワーアップすらも無効化するって」
なるほど、それで、《一騎当千》を使っても戦況が変わらなかったわけですか。
パワーアップも、言ってしまえば概念的なもの。納得です。
「であれば、手数を増やすのみ。――《粗製濫造》」
《粗製濫造》、質の悪い品をむやみにたくさん作り出すこと。
これはいわゆる『複製能力』。どんなものでも複製可能なのですが、その反面、元となるものより質は落ちる、『模倣能力』と言ったほうが正確かもしれませんね。
「はっ、やあっ――!」
「くっ、二刀流とはめんどうだ。すぐに終わらさせてもらうよ……!」
言うと、インヴィディアは剣を大きく振り上げ、勢いよく振り下ろす。
「――《暗箭傷人》!」
逃げ込んだこの場所は裏路地、であるならば。――影はいくらでも存在する。それこそ、人一人が容易に移動できるほどに。
「まだなにかあるの!? ……どこまでボクをコケにすれば気が済むんだ!」
別に、コケにしたつもりはありませんが……。本当に嫉妬心がすごいですね。
「――もらいました」
背後に出た私は、腕を取り、うつ伏せの状態で地面に押し倒す。
強く押し倒したせいか、悔しさからか。インヴィディアはうめき声を挙げる。
「このっ! 離してよ……!」
「ダメですよ。離したら、また暴れるじゃないですか。大人しくしてください。――《手枷足枷》」
地面から伸びる鎖が、インヴィディアの手足を拘束し、動きを止める。
《手枷足枷》、行動の自由を束縛するもの。
なにものでも破壊できない強度を誇る鎖によって、相手を拘束するもの。
拘束の仕方によっては、なんだかえっちに見える能力です。これをアイリスに……ふふっ、妄想が捗りますね!
「なんで邪魔ばかりするのさ……! ボクはただ、任務を遂行したいだけなのに!」
「私にも任務はあります。だからこそ邪魔しているのです。それと同時に、あなたたちを善い道へと戻したいのです」
「……できると思ってんの? 悪に染まりきったボクたちを?」
「できます。いえ、やってみせます、必ずや。これは、私と《七色の大罪》とのゲームです」
やや強い口調で言うと、インヴィディアはふっと笑みを零す。
「それは面白いや。ボクもゲームは大好きだからね。じゃあ、受けて立つよ、そのゲーム。リーダーを改心させられたら、ボク共々《七色の大罪》は解散。……そうだ、キミの騎士団にでも入れてよ」
「それなら、私が負ける条件がありませんが?」
「ああ、そうだった。なら、それより先に王女を始末したら、ボクたちの勝ちってことで」
なるほど、フェアと言っていいかはわかりませんが、インヴィディアを押さえるにはこれしかないでしょう。
大人しく引き下がってくれるのであれば、なにも言うことはありませんから。
「てことで、ボクはもう手を出さないから、あとはリーダーとドンパチやってよ」
「わかりました。イラにも、お待ちしていますとお伝えください」
「わかった。じゃ、これでゲーム三昧できるし、ボクは帰るよ」
背を向けながら、ひらひらと手を振って歩き去るインヴィディア。
なんだか、あっさり終わった気がします。一度死にかけましたけど。
おそらく、次はリーダーであるイラがやって来るはず。
――いつでも相手になりますよ。




