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語彙力最強少女の英雄譚  作者: 春夏冬 秋
第一章 《王女護衛》編
30/98

29.嫉妬

「……は? なんて言った?」



 信じがたい言葉を受けたイラは、あんぐりと口を開けながら問い返す。



「だからぁ、あーしは王女暗殺を降りるって言ってんの」

「なんでよ!? あれだけやる気だったのに!」

「いやさ? アリシアの優しさに助けられたってか? てなわけで、よろでーす」



 スタスタと去っていくグーラの背中に、「待ちなさいよ!」と声をぶつけるも、そんなことは素知らぬと、姿が見えなくなってしまった。

 小さく舌打ちすると、控えとして用意していた人物を呼び出す。



「こうなったら……インヴィディア、頼んだわよ!」

「えー、……ボク? ゲームしてたいんだけど」

「王女の護衛に、《言霊》を複数持ってる、厄介なやつがついてるのよ」

「――は? なにそれ羨ましい。ボクより上なんて許さない。そういうことなら、確実に潰してくるから安心しなよ、リーダー」



 ふっと笑みを浮かべると、部屋をあとにした。

 


     ◇

 


 なんだかんだで、あっさりとグーラを追い返し、ひとまずの平穏が訪れた。

 しかし、《七色の大罪》がこんなところであきらめるはずがない。きっと、すぐに攻めてくるでしょう。

 学院に戻ると、教室で倒れている先生を見つけた。



「先生! 先生、どうしましたか!?」

「いえ、あなたたちが逃げてから、グーラと戦闘になり、恥ずかしながら惨敗を……」



 そう話す先生の様子は、息が途切れ途切れ、口を動かすのがやっとなほどに疲弊していた。

 このまま放置しておくのはマズいですね。



「ひとまず、保健室に行きましょう。アイリス、保健の先生に話を通しておいてください」

「わ、わかりました!」



 アイリスが駆け去っていくのを見届けると、先生を持ち抱える。



「セリア・リーフ……、迷惑をかけて、申し訳、ありません……」

「いいんですよ。それに、言葉が断続的です、少し眠ってはどうですか?」

「そう、ですか……。では、お言葉に甘えて……」



 言うと、そっと目を閉じる先生。

 それと同時というほどすぐに、すぅすぅと寝息が聞こえてくる。よほど疲れていたのですね。



「お疲れさまです、いつもありがとうございます。アイリスの件、本当に助かっていますよ」



 面と向かっては気恥ずかしくて言えないけれど、せめてあなたが眠っているときくらいは、言わせてください。

 いつもは幼い印象の中に見せる、キリッとした大人な部分があるのですが、私の腕の中で眠る姿は、まさに子供さながら。

 安心したのか、ときどき「うぅーん……」と身をよじらせながら、気持ちよさそうに唸る。……そうしたかと思うと、ふっと笑みを浮かべた。まさか!



「私の狸寝入りに気づかないとは……いいもの聞かせてもら――いだぁっ!」

「ご、ごめんなさい! ついうっかり!」



 聞かれていた恥ずかしさのあまり、ついうっかり(わざとじゃない)先生を床に落としてしまう。



「本当にうっかりですよね? わざとじゃないですよね?」

「はい、わざとじゃないです。アイリスに誓って」

「アイリス・フェシリアに誓って……、それなら本当でしょうね」

「話が早くて助かります」



 先生も、アイリスの魅力に取り憑かれ始めたようですね。

 私はと言えば、取り憑かれるどころか、もはや身体を乗っ取られているレベルです。



「それよりも、早く保健室に向かいますよ」

「あなたが私を落としたのでしょう……、まあ、お願いします」

 


     ◇

 


 特に異常はないらしく、数日安静にしていれば、大丈夫だとのこと。

 その場を保健の先生に預け、私たちは帰宅することに。



「先生、大丈夫でしょうか……? わたしのせいで、また巻き込んでしまって……」

「あなたは、周りに気を回しすぎなんです。今は護られている身。巻き込んで、振り回して、迷惑をかけていいんです」



 実際のところ、今のアイリスにできることはありませんからね。

 なにもできない、というわけではなく、彼女の仕事は護られること。それ以外にやることはないのですから。


「……?」



 突然、頭に流れる信号。電気が流れるような感覚。これは――



「……っ! ――《可惜身命》!」



 背後から近づく気配。《悪事千里》で感知した殺意。



「そんなものは――無駄だよ!」



 背から引き抜かれた大剣の切っ先が、こちらへと振るわれる。

 私の前に展開された、透明の膜が剣撃を防ぐ――はずだったのだが。



「通り抜けて……!? くっ――《危機一髪》!」



 《危機一髪》、あとわずかで非常に危険な状態に陥ること。

 身体を無理矢理に動かし、字のごとく、髪が一本入るほどのギリギリのところで緊急回避する能力。

 かなり強力なものではあるのですが、発動条件がシビアで、命の危機やそれに相当する場面に直面した上で、その状況が自分に被害を及ぼすまさに直前で発動可能。



「この判断能力……なるほどね、これは厄介だ」

「それはこちらのセリフですよ。まさか、《可惜身命》を通り抜けて攻撃とは」



 現れたのは、蒼よりも少し濃い、瑠璃色の髪をボサボサと揺らす少女。



「私たちを狙うとは……あなた、《七色の大罪》メンバーですね?」

「よく気づいたね――いや、気づいて当然か。そうだよ、ボクは持席《嫉妬》:インヴィディア。ところで――」



 こちらを射抜くような瞳には、どこか恨みがましさと嫉妬混じりの念を感じる。



「キミはボクよりも能力があるみたいじゃないか。そんなの――羨ましすぎる。羨ましい妬ましい恨めしい。……キミはボクが確実に潰す」



 今回に関しては、本当に潰されそうです。防御能力を無視するとなると、真正面から戦わなければいけなくなる。

 それだけは避けたいところ……



「私、あなたと戦うのは避けたいので、これでドロンさせてもらいます。では! ――《疾風迅雷》!」



 アイリスを抱え、その場から逃走。

 こ、これは戦略的撤退なんだから! こ、怖くなんかないんだからね!



「――はぁ、はぁ……。なんとか撒けましたかね……」

「セリアさん、大丈夫なんですか……?」

「大丈夫です。私に任せておいてください」



 なんて大見得切ったのはいいものの、なんの策もないというのが事実。さて、どうしたものか……


 

     ◇

 


「さすがはインヴィディア、あの学院最強をあれほどに追い詰めるとは。逃走なんて、初めてじゃないかしら」

「はい、スペルビアとの戦闘でもおこないましたが、あれは戦略。やむ終えずというのは初かと」

「しっかし、アヴァリティアの情報は早いわね。中継を観てるくらいすぐに来るし」



 今現在、《七色の大罪》拠点に情報を届けているのは、《強欲》:アヴァリティア。

 次に次にと絶えず情報が送られるほどのスピード。

 これには、イラも重宝しているというものだ。



「あとは大丈夫かしらね」

「セリア・リーフを打倒すれば、仕事はすぐに終わります。それまではしばしご歓談をと言ったところでしょうか」

「そうね。楽しみにしてるわよ、インヴィディア」

 


     ◇

 


「みぃつけた♪」



 楽しげな声が頭上から聞こえる。

 いつかに聞いた声。いつか、というよりかは、今さっきになるわけですが。

 そちらを見てみれば、やはりインヴィディアが。



「あなた……! いつの間に!」



 《悪事千里》を通過した……? 悪意や殺意を消してきた?

 なんであれ、反応したときにはもう遅い。

 対応しようとした瞬間には、すでに私の目と鼻の先に。



「――は?」



 胸元に感じる、燃えるような熱。

 視線を下ろしてみれば、そこには、私の心臓を穿つ剣先が。鮮血が溢れ出て、制服を紅に染める。

 どうして《空前絶後》が発動していない……?

 心臓を刺されても即死でないとはいえ、一分も持たないと聞く。親父にも刺されたことないのに!

 こんな思案をしていられるのも、あと数十秒といったところでしょう。

 一分も持たない……? あれ、ということは。

 ――私、もしかして死ぬ……? 嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

 アイリスを護る義務がある。それよりも、アイリスともっと学生生活を楽しみたかった。

 ――それももう叶わない……? 助けて、助けて助けて助けて助けて助けて助けて。



「セリアさん! セリアさん!!」

「《馬耳東風》って、あのめんどうな《空前絶後》でも無視できるんだ。こりゃあ便利だ」



 そういう、ことでしたか……

 だんだんとかすみ始める視界。アイリスへと歩み寄るインヴィディア。意識とともに遠くなるアイリスの声。

 このままだと、アイリスも――

 私は、まだ死ねない……! まだ負けられない!

 そんな踏ん張りも虚しく、気づいたときには視界が暗転していた。

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