28.決着
「へぇ……、なるほどね。グーラのやつ、なかなかやってるみたいね」
頬杖をつきながら、ニヒルな笑みを浮かべるイラ。
その傍らでは、小さく身体をかがめたピグリティアが、耳打ちで状況を報告していた。
「ええ、麻痺針で行動制限をさせるまでに至ったようです。その後、逃してしまったそうですが」
「まあいいわ。あいつ、やるときゃやるのよね。普段が食べ歩きとか言ってるだけで」
「そうですね。あのサボり魔が……っ」
「それ、あんたが言うの?」
普段寝てばかりのピグリティアが言えるのかと、イラは目を細めて視線を動かす。
睨みつけられたピグリティアは、フューフューと吹けない口笛で誤魔化す。
「はぁ……。うちのメンバーはやればできるのに、自由人ばかりで困るわ……」
「やればできる……。イラ様からお褒めの言葉をいただけて、感謝感激恐悦至極狂喜乱舞有頂天外です」
「えっ、なにその書き起こしたら漢字連続で読みづらそうな喜び方……」
若干身を引き、あからさまな難色を示す。
そんなイラの視線の先には、恍惚の表情を浮かべ、ハァハァと荒く息をするメイド少女が。
(この子、アタシのことが好きとか言いながら、仕事はしないわ、煽ってくるわでどうなってんのよ。近頃はどうしてかよく働いてるけど)
ある過去から、イラに付き従うようになったピグリティア。
イラに好意を持っているらしいが、普段の言動は、その言葉が嘘だと思われるようなものばかり。
なのだが、イラは彼女の気持ちが本物だとわかっているため、突っぱねることができないのが現状。
「またなにかわかったら、アタシに教えてちょうだい。アヴァリティアにも探させてはいるけれど……」
そこで言葉を切ると、アゴに手をやり、ふむと唸る。
「空間移動能力ねぇ……、厄介なものだわ」
手元に置かれた資料に載せられている、セリアの写真を見ながら、恨みがましく言葉を紡ぎ睨みつける。
◇
「ぶぇっくしっ! うぅ~……、誰かが噂でもしているのでしょうか……」
今、すごいくしゃみが出てしまいました。乙女なのに……あっ、くしゅん。これなら可愛い。あとでこっちに修正しておきます。
「大丈夫ですか? 風邪……じゃないですよね?」
「仮にそうでも、先ほど《一病息災》を使ったので、治っていると思いますが……」
もしや、《言霊》ですら対応できない病気があるとでも言うのでしょうか。そうなったら、もうわっかんねぇや!
「しかし、グーラに関してはどうしましょう。麻痺針なんて厄介なものも出してきましたし……」
私にはあんなもの作れませんし、そういった《言霊》があったとしても、エネルギーを取られて終わりでしょう。
なんとか麻痺を押しつけられれば……
ん? 押しつける……?
……ふふっ、見つけましたよ――勝利への道が。
「やっと見っけた。マジで疲れたんだけど、どう責任取んの?」
それを見計らったように現れたのは、紫ギャル、グーラ。
よく見ると、モサッとしたツインテールがナスに見えてきました。
実は私、ナスって苦手なんですよね。あっ、ナスが苦手なんす。
「知りませんよ、そんなの。あなたが勝手に追ってきただけです」
「そりゃそか。ま、なんでもいいや、今度こそ逃がさないし。大人しくあーしに喰われてればいいの」
「そうはいきませんね。私、どちらかと言えば、受けより攻めのほうなので」
おっと、こんなところで大胆発言をしてしまいました。
ちなみにアイリスが受けです。セリア×アイリスに限りますけど。
「なら、攻めは攻めらしく、どんどん攻めてくれば? できるなら、だけどさ」
「攻めるのは夜の戦と――んんっ、失礼しました」
マズいですよ。このままだと、変態キャラが印象づいてしまいます。それだけは避けなければ。
私、清楚系で通ってるので。清純派ですよ、清純派。
「とりあえず、あなたを倒す手立ては整っています。そちらこそ、攻めてきてはいかがでしょう?」
「ふーん……、まあ、あんたは麻痺針を無効化することができないってわかりゃ、あーしにとっては十分なの」
十分、ですか。
私にとっても、麻痺針を無効化できないからこそ、勝利への道を見つけたわけで。
「それに、体力の消耗も激しいみたいじゃん? さっき《言霊》を使ったからか。あんま乱発できないのもわかった。一方的は趣味じゃないけどさぁ、仕留めないとヤバいし」
彼女の言うとおり、体力の量がギリギリなのは否めません。
《空前絶後》の多用は不可能、《東奔西走》で長距離を移動できる体力量でもない。即決着が望ましいです。
「さっさと決着つけさせてもらうから!」
「それはお互い同じようですね。――では、参ります!」
◇
「イラ様、グーラがセリア・リーフを発見したようです」
「そ、あの子の実力は本物。こっちには、インヴィディアも控えてる。勝利は目前よ」
「イラ様がおっしゃるのならば、必ずや成し遂げてみせましょう」
ピグリティアがペコリと九〇度でお辞儀をすると同時、暗闇から現れる、一人の姿が。
気だるげに話す様子は、ピグリティアを想起させる。
「あのさぁ……、ボクを頼りすぎないでくれる? そんなに期待されてもさ……」
「大丈夫よ、あんたはきっとやれる。今までの王女の護衛を始末したのはあんたよ?」
「あんなザコの処理だけで、そこまで買われちゃったか……」
実際、今までのアイリスもとい、アリシアの護衛を担った人物は、かなりの腕前だったのだが、インヴィディアにとってはザコ同然だったようだ。
大したことのないふうに話しているが、彼女からすればなんら普通のことで、これまた誇張ではない。
「でも、なにしても効かないって聞いたけど? ボクの攻撃が通らないんじゃあ、やりようがないよ」
「なに言ってるの。あんた、自分の《言霊》を忘れたの? それなら効くわよ――《馬耳東風》ならね」
◇
「ちょこまかちょこまかと……ダルっ。そろそろ殺られてくんない?」
「殺られてくんない? と言われて『はいわかりました』なんてなるわけがありませんよ」
しかしどうしたものでしょう。
麻痺針を利用した勝利方法。ほいほい針に突っ込めば、なにか策があると見破られる可能性もあります。
とはいえ、タイミングが掴めない状態での決行は難しい。
……我ながら、非常にシビアな作戦を考えたものです。
「セリアさん、大丈夫ですか?」
背後からかけられた声は、護衛対象であるアイリスのもの。
それを好機と見たグーラは、ターゲットをそちらへ変える。
「おっ、そうだアリシアいたんじゃん。そっちから殺ればいいや」
「アイリス!!」
もう他にタイミングはない。ここで決めるしか……!
アイリスを抱えた瞬間、私の腕へと刺さる針。
速効性ではないにしろ、すでに、刺さった箇所は痺れ始めている。
「くっ……、――《本末転倒》……!」
これこそが、私の考えうる最善の方法。
戦況などに関わらず、傷などの身体の状態を入れ換える能力。
これで、腕の痺れはもちろん、それからあとも押しつけることができました。口だけでも動いたのは幸いでした。
「はぁ――!?」
「ふっ……ふふっ、やりました、ついにやりました! アイリス、煮るも焼くもあなた次第。さて、どうします?」
「それなら――」
ここまでうまくいくとは思いませんでした。
これからの処遇をアイリスに委ねると、思わぬ答えが返ってきた。
「治してあげてください」
「アイリス……? なぜです? 彼女は、あなたの暗殺を企てていたのです。助ける義理も義務もありません」
「はい。その代わり、もうわたしを狙わないでください」
「アリシア……、……わかった、あーしはもうやめとくよ。恩を仇で返すのは趣味じゃないんで。映えるものはいいねで、恩は恩で返すのが主義なもんでね」
「……そうですか。アイリスの優しさに感謝してください」
麻痺を《一病息災》で治すと、帰っていくグーラの背中を見届けた。
アイリスの優しさ……果たして、よかったのでしょうか。
彼女がいいのなら、私からはなにもありませんが。




