27.苦戦
《暴飲暴食》、度を越して飲食すること。
この能力は、触れたものからエネルギーを吸い取り、自身の活動エネルギーとして変換することができるというもの。
ここで言う『度』とは、『量』のことではなく『質』。
たとえば、電撃や火などの人では触れることのできないものを除き、どんな物質からでもエネルギーを吸収できる能力。
「セリア・リーフ、一旦逃げなさい!」
「は、はい! 行きますよ、アイリス。――《疾風迅雷》!」
スピードを上げて、ひとまず教室から脱出。
背後を確認すると、追ってきている様子はありません。が、油断はできません。もう少し離れておきましょう。
◇
「あーあ、逃げられちゃった。でも、あーしは持席《暴食》。目をつけた食べ物をみすみす逃がさないし、匂いだけでも探してみせる」
口元に手をやり、ペロリと舌なめずりする。
そんな彼女に、戦闘になったときのための対策に、腰をかがめ、構えながら問いかける。
「あなた、イラからの指示で来たんですか?」
「そうだよ、あんたみたいな使えないやつのせいで、あーしまで動かされる事態になった。まあ、それであんな絶品料理を見つけられたのはラッキーってか、そんな感じ?」
言いながら、グーラは身体をモゾモゾさせる。
それはまるで、餌を前に待てをされているイヌのよう。
スペルビアの話が終わるのを今か今かと待っている。
「あなたには、ここであきらめて帰ってもらいますよ」
「確かにあんたは強い。けどさ、あーしがいつも勝ってたの忘れた?」
「私とて、サボっていたわけではありません。止めさせてもらいます」
「来なよ、あーしが逆に止めるからさ。あんたのプライドも勝ち気もペロリと食べてあげるよ」
それを合図に、スペルビアは短刀を構え、グーラはなにも持たない。武器を所持していないのか、それでも勝てることを表しているのか。
「その口、今すぐ閉じて縫い合わせてあげますよ」
「そんなことをされても、あーしは食べ続ける。生きてる限りね」
スペルビアは床を踏み込み、グーラへと距離を詰める。
斬りかかるために伸ばした右腕を取られ、床へと押し倒される。それと同時に、グーラが短刀からエネルギーを吸い取ると、砂でできていたかのように、脆く簡単に崩れ去る。
床に仰向けの状態のスペルビアに馬乗りになり、トドメを刺そうと手を動かした瞬間。
「まだ、負けてませんよ……!」
最後の悪あがきとばかりに、左手で別の短刀を抜き取り、グーラへと振りかぶる。
それすらも簡単に受け止め、ニイッと歪んだ笑みを見せる。
「そんなんで勝てると思ったの?」
「くっ……」
あまりの惨敗っぷりに、歯噛みする。
なんとか脱出しようと身をよじるも、グーラが足を絡めてきているために、ビクとも動かない。
「じゃ、あーしの勝ちってことで、いただきまーす♪」
スペルビアの首へと手を伸ばし、《言霊》を発動させる。
そのついでとばかりに、首を掴む手に力を入れる。
「うっ、ぐっ、ああぁ……! やめ……!」
「そうそう、その顔だよ、あーしが見たかったのはさぁ! あんたの澄ました顔が、苦痛に染まる様をねぇ!」
「うぅあぁぁ、うぐぅぁぁ……」
首を絞められる苦しさ、エネルギーを吸われることで、死が近づく恐怖。
いくつもの感情が押し寄せることによる、脳の混乱。
「ぐっ、がはっ、ごほっごほっ……」
まもなくこの世に別れを告げねばならないと悟ると同時、パッと手が離される。
「ま、あんたを始末するのがあーしの仕事じゃないし? それで勘弁してあげるよ。……セリア・リーフの匂いは――見つけた。じゃね、スペルビア」
◇
「はぁ、はぁ……、ここまで来れば……」
あれからどれだけ走ったでしょう。
アイリスを小脇に抱えていることもあり、普段よりも体力の消耗が激しい。
とはいえ、《疾風迅雷》を使用して、かなりの時間をかけてここまで来たわけで、そんなにすぐにはたどり着けないはず。
ひとまずは休憩といきましょうか。
「あっれぇ? 休憩なんて、余裕だねぇ?」
声をかけられて、そちらへ首を動かす。
声の主を見て、思わず目を見開く。
「グーラ!? そんなに早く来られるはずは……!」
「バカにしないでよ、あーしは《七色の大罪》の中でも、実力者なんだよ?」
「だとしても、場所まではわかるはずがありません!」
もしや、複数の《言霊》を所持している? だとしたら、なにがある?
「わかるんだよ、匂いでね」
「匂い……? 人の匂いが、そんなに嗅覚に反応することはない……」
「ま、普通はそうだよねぇ、でも、あーしにはその匂いを嗅ぎ取れるってか? そんな感じ?」
そんなことはどうでもいいです。今は、この状況をどう打破するか。それだけが問題です。
「セリアさん……、怖いです……」
アイリスは涙目になりながら、私の制服の裾をキュッと摘まむ。
彼女に蟠る不安や恐怖を払拭するのは、私の役目。今すぐに露払いをしましょう。
「アイリス、いきますよ。――《曖昧模糊》」
認識を曖昧にするこの《言霊》。触れているものにも効果を発揮させられるため、アイリスも同時に効果を受けられる。
相手の嗅覚にまで作用するかはわかりませんが、やってみるべきでしょう。
「へぇ、あまり使いこなせていないみたいな? 居場所、バレバレなんだけど?」
その言葉に合わせるように、私の腕を掠めるなにか。
地面に突き刺さるそれを見てみると――
「これは……針? ――!?」
「ふふん、どう? あーし自作の麻痺針は?」
突然、身体を襲う痺れ。
なるほど、神経を麻痺させる薬でも塗ってあったわけですか。
神経麻痺では、動けなくなるだけで、身体に損傷がないために、《空前絶後》では無効化できないのが痛いところ。
おかげで、身体がピクリとも動きませんよ。
「さすがにここは退散させてもらいます。アイリス、私に掴まって」
「は、はい!」
アイリスが、私の腕を掴んだのを確認すると、《言霊》を使用する。
「それでは、さようなら。――《東奔西走》」
一瞬にして切り換えられた風景が、網膜に映し出される。
《東奔西走》、四方八方へと忙しく走り回ること。
この能力は、そのとおり、四方八方へと移動する、いわゆる空間移動能力。
先ほど使用しなかった理由は、移動の際の体力の消耗が激しいため。
移動距離が伸びれば伸びるほど、消耗する量が多くなる、多用のできないもの。
まずは、この麻痺をなんとかしないと……
「くっ……、――《一病息災》」
《一病息災》、持病があるために、健康に気を遣い、かえって健康を保つこと。
なにかしらの健康を阻害するものが身体にある場合のみ使用できる、かなり制限のかけられた能力。
どんな病気や体調不良でも、一瞬にして回復させられるもの。
とりあえず、麻痺を消すことはできました。あとは、グーラへの対策ですが……
うむむと唸っていると、アイリスが、心配そうに覗き込んでくる。
「セリアさん、大丈夫ですか? さっき、つらそうでしたけど……」
「ええ、大丈夫ですよ。もう治しましたから」
「そうですか、それならよかったです」
しかしどうしたものか。
今の状況は、ゲームで言うなら最終局面。ボス戦間近なこの状況。
厄介な相手ばかりが迫り来る。
今回だってそう。グーラという、めちゃくちゃな能力を持った相手だって出てきた。
攻撃系の《言霊》では、相手にエネルギーを渡すだけ。
かといって、他に手立てがあるわけでもない。
どうにも頭が回らない。ここがどこかはわかりませんが、かなりの長距離を逃げてきたため、体力をほとんど使いきった状態。
現在グーラが追ってきていないのは、おそらくアリと同じ原理でしょう。
アリは、先に歩いたアリの出す匂いを追って移動するのですが、今は、道を移動したのではなく、空間を丸々移動したために、追ってこられなくなったのでしょう。
これでしばらくの時間は稼げました。
見つかるまでか、作戦を思いついたとき、それが決着の合図です。
――私は負けられないのだから。




