26.暴食
「うぅ~……ぐすっ、うぇぇ~」
アヴァリティアにすっかり絞られ、床にぺたんと座り込んで泣きじゃくるイラ。
先ほどまで絞る側の立場だったピグリティアは、見かねて彼女の元へと歩み寄ると、肩へ手を回し頭を撫でる。
「よしよし、イラ様、泣き止んでください」
「ピグリティアぁ~……、ごめんなさいぃぃぃ~……」
泣きじゃくるイラをピグリティアが優しく抱き留める様子は、さながら姉妹――親子というのが適切だろうか。周りからはそう見えてしまうだろう。
「いやぁ、悪かったってー。小一時間、反省点を挙げさせたのは、さすがにマズかった。子供にはつらいよね」
「子供じゃないわよ! アタシだって、立派な一九歳なの!」
「そうなの? じゃあ一つ年下じゃん。敬語使いなよ、敬語」
「えっ、あっ、はい……わかりました――って違う! アタシはリーダーなの!」
ふんすと憤慨する様子は、子供そのもので、それを見て二人はホッコリとしている。
そんな一家団欒とも思える空間に立ち入るのは、組織一の美貌を持つであろうルクスリア。
「あら、みんな帰ってたの?」
「ルクスリア、あんたこそどこに行ってたの?」
「いやぁ、グーラが絡んできちゃってぇ」
「は? グーラ!? あいつ帰ってきたの?」
バッと顔を上げ、驚きの表情を見せるイラ。
その表情を拝むかのように、ルクスリアの背後から姿を現すのは、件の少女、持席《暴食》:グーラだ。
「あ、イラっちじゃん、オッスー☆」
「オッスー☆ じゃないわよ! 今までなにしてたの?」
「あーし? 映えるものを探して三千里って感じ?」
「生えるもの? そんなもの、近所の園芸店でいいじゃない」
「いやいや、あのお店は映えないっしょ」
「いやいや、あのお店のものなら生えるわよ」
どうにも話が噛み合っていない、イラとグーラ。
なのだが奇跡的に、特段おかしな方向に、話が逸れていない。
「まぁいいや。で? なんか仕事してんの?」
「ええ、王女の暗殺……だったんだけど、ちょっと厄介なのがいてね、真っ正面から潰しに行ってもいいわよ」
「マ? じゃ、あーしが殺っちゃおうかな~」
咥えていた棒キャンディーをピコピコと動かしながら、意気揚々と、スキップ気味に部屋から去っていった。
◇
「うーん……、まだ身体が痛いです……」
痛いとは言っても、身体は普通に動きますし、本当に気持ち程度の痛みではあるのですが。
「でも、動けるまでに回復したみたいでよかったです」
「アイリスの看病のおかげですね。ありがとうございます」
「いえいえ、そんなことないです!」
謙遜して、ブンブンと手を振りながら否定をする。
彼女は、控えめなところは評価できますが、誇るときは誇ってもいいと思うんですよ。
「そんなことありますよ。自分がやったのだと胸を張りなさい」
「そう、ですかね? でも、セリアさんのほうが、わたしのことで大変じゃないですか……」
やはり、この子は優しすぎるところがありますね。
どうにも、『わたしは人に護られている』との認識を拭えないようです。
彼女は、『なにかをしている人たち』のくくりの中で、さらに位付けをしてしまうきらいがあるらしく、その中でも最底辺に置いてしまっているのでしょう。
自分のやっていることは、大したことではないと。
看病というものは、相手に付きっきりのため、かなりの精神力を要します。それを嫌な顔一つせずに為すことは難しいでしょう。
「アイリスも頑張っているじゃないですか。自分が狙われていても、こんなに元気で。普通なら、恐怖から精神が崩れ始めるというのに」
「頑張ってる……、えへへ、セリアさんがいれば大丈夫なんだって思うと、元気が出るんですよ」
にぱっと笑顔をこちらへと向ける。
お義父さん、お義母さん、この子ったら……いい子に育ってもう……
などと感動していると、ガラガラと扉が開き、先生が入ってくる。
私の前まで来ると、こちらを一瞥し、ひと言。
「おや、セリア・リーフ、一日で完治とは化けもの並みですね」
「それは褒めてるんですか?」
「ええ、褒めてますよ。テストで一〇〇点を取った子供を褒めているときの、五倍はありますよ……マイナスですけど」
最後にボソッと言ったの、聞こえてますよ。
やっぱり貶してたんじゃないですか……
「ですが、治ってよかったと思っているのは本当ですよ」
「あっ、そうですか……、ありがとうございます……」
あの先生に心配されていたと思うと、なんだかうれしいような、気恥ずかしいような、不思議な気持ちになりますね。
先生にも、人を心配するような人の心があったとは……!
感慨に耽っていると、またもやガラガラと扉が開く。
それと同時にざわめく教室。
「おや、遅刻ですか? それなら――」
扉を見やった先生が、ハッと息を呑む。言葉を呑んだと言ったほうが適切だろうか。
目を見開き、驚きを隠せないどころか、全面に出している。事情を知らない私にも、なにかしらの因縁があるのだとわかる。
「へぇ~、ここの設備は頑丈だって聞いてたのに、案外脆いんだね~。あーしが美味しくいただいちゃったよ」
ペロリと舌なめずりをし、ニヤリと口を歪める少女。
少女は、紫のツインテールを揺らしながら、ツカツカと教室へ足を踏み入れる。
私たちの前に立つと、こちらを睥睨する。
「あんたがセリア? ふぅん……弱そうだね。学院最強だからって聞いてたのにさぁ」
で、とアイリスのほうへと目を向ける。
「そっちがアイリス――アリシアだね? 早速だけどさ……死んで?」
少女がアイリスへ手を伸ばす。
一瞬反応が遅れ、アイリスに手が届こうとしたとき、一つの手が、進行を止める。
「なにをやっているのです――グーラ」
グーラ……確か、《暴食》でしたか。
「あー、やっぱスペルビアだよね? いやぁ、変わったね~、あれだけ王女暗殺に意気込んでたのにさ、いつの間にか絆されて辞めちゃって」
絆されて、ですか。
そうとも取れなくはないですが、どちらかと言えば、説得に成功したと言ってもらいたいものです。
「今はそんなこと関係ありません。現在の私は、セリア・リーフがおこなっている、アイリス・フェシリアの護衛を手伝っている身。大人しく退きなさい」
「へえ、セリアに言いくるめられたんだ? じゃあ、あんたから殺るよ。あーしらの活動の邪魔なのよ」
今度はこちらに伸ばされる手。
おそらく、なにかしらの行動に移す合図なのでしょう。それだけは防がねば。
「――《可惜身命》!」
《可惜身命》、身体や命を大事にすること。命をおろそかにすべきではないということ。
この能力は、身体を大事にする、つまりは防御能力です。
透明な分厚い膜を形成し、あらゆる攻撃を防ぐことができます。簡単に言えば、バリアー! 今バリアーしてたから効きませーん! ってことですね。
矛盾の噺のごとく、なにものも通さない鉄壁の防御を誇る能力……だったのだが、グーラの手が触れると同時、それは無情にも崩れ去る。まるで、窓ガラスを破壊したように。
「《可惜身命》……ねぇ? あーしからすれば、ただのお遊びなんだけどね。エネルギー、ありがと♪」
「エネルギー……? 《言霊》からエネルギーを吸い取ったとでも言うのですか?」
そんなむちゃくちゃなことができる《言霊》……?
エネルギーを吸い取る……なるほど。
「あーしの《言霊》は、物質からエネルギーを吸い取る――《暴飲暴食》、だよ」




