21.襲来
壁の上に立つ、二人の少女。
一人は、腕を組みこちらを睥睨する、赤髪の小柄な少女。
もう一人は、赤髪の少女より一歩うしろに控える、亜麻色髪のメイド少女。
アヴァリティアを知っているということは――
「あなたたちも、《七色の大罪》ですか」
「あら、よく知ってるじゃない。でも、今日は戦うつもりはないわよ、学院最強。そのバカを回収しに来ただけだから」
彼女の口ぶりからして、リーダー、《憤怒》:イラだと思われます。
アヴァリティアの回収……。ピンチであることに気がついていたのでしょうか。
「アヴァリティア、あなた、アタシの指示なしに勝手に行動しないでもらえる?」
「あははっ……それはごめんって。それより、助けてもらっていい?」
なるほど、独断専行だったわけですか。
それにしても、それで辞めさせられたり、始末されない辺り、ホワイトな組織なんですかね。どうしよう、雇ってもらおうかな。
まあ、冗談はともかく。
「彼女は置いていってもらいますよ」
「はあ? 回収しに来たって言ったでしょ? 返してもらうわよ」
「やめて! ウチのために争わないで!」
「あんたは少し静かにしてなさい!」
イラから怒られ、しゅんとして押し黙るアヴァリティア。なんだか、可哀想に見えてきました。
彼女たちを無視してアヴァリティアを捕らえようと、再び動くと、イラはやれやれと首を振る。
「アヴァリティアを押さえるために連れてきたけど、作戦変更ね。ピグリティア、彼女を押さえなさい。攻撃はしなくていい、足止めをお願い」
「了解しました。わたくしの休息のため、ご期待に添わせていただきます」
なにかと構えていると、太ももに着けられたホルダーから、ナイフを数本抜き取ると、こちらへ向けて投擲。
「うわっ! 危ないですね……」
右方へ飛び退くことで、なんとか回避。本当にスレスレで躱していたようです。
反撃に移ろうと踏み込んだ瞬間、身体に違和感を感じる。
「身体が……動かない……?」
「あんたはしばらくそうしてなさい!」
「一体、なにをしたんですか……?」
「ピグリティアの得意技――『影縫い』よ。相手の影を、壁や地面に縫いつけて、動きを制限させる力。なんで持ってるのかは知らないけど」
「わたくしも知りませんよ。生まれたときから持ってましたから」
まさかの、自分も知らないうちに持っていた力とは……
しかし、影縫いですか。彼女には、それはそれは厄介な能力があるんやで、ということですか。
まあいいです。このナイフを抜けばいいだけの話ですからね。
「それを抜けば、なんて思ってるかしら? 仕上げはピグリティアよ」
「では。――《意気沮喪》」
身体から、ありとあらゆる気力が引き抜かれる。
立つ、行動する、さらには思考する気力さえも、あまり残っていない。
《意気沮喪》……。やってくれましたね……!
「ふぅ、なんとか学院最強は押さえられたわね」
「アヴァリティアを回収しましたし、一度退散ということでよろしいですか?」
「そうね。戦闘になっても厄介だもの」
「承知しました」
私が意識を手放す直前に聞こえてきたのは、そんな会話でした。
◇
「んん……っ」
目を覚ますと、視界には真っ白の天井が。保健室……でしょうか。
視界の端には、ゆらゆらと揺らめく髪が。空をそのまま落としたような鮮やかな水色が、窓から射し込む日の光で、より一層輝いて見える。
そちらを見やると、心配そうにこちらを覗き込む顔が。
「セリアさん!? よかった……もう起きないかと思いましたよ」
「アイリス……。ご心配をおかけしました」
「まったくですよ。心配するこちらの身にもなってください」
冷めていつつも、どこか温かみのある声音に誘われるように、そちらへと首を動かす。
そこには、腕を組み、壁に寄りかかる先生の姿が。
「あなた、ピグリティアと出会いましたね?」
「……どうしてそれを」
先生には、アイリスを連れて避難してもらっていたはず。
「地面に刺さっていたナイフです。運び込む際、初め、身体を動かせなかった。『影縫い』によって」
先生も、『影縫い』について、ご存じでしたか。まあ、仲間内でくらいなら、言っていても不思議ではありませんからね。
それにしても、厄介なものです。影を地面や壁に縫いつける能力。
躱し、影を縫い止められれば、そののちに《意気沮喪》で活動停止。逆に躱さなければ、ナイフが刺さり、重症もしくは……死。
私は、ナイフでの刺し傷であれば無効化はできます。
ですが、実を言うと、《言霊》の使用には、誤差程度ではありますが、体力を消耗します。
これは、すべての《言霊》で同じ程度の消耗なのですが、《空前絶後》は少し例外でして。
なかったことにした出来事の大きさで決まります。
たとえば極端な話ですが、すり傷では少しでも、核爆弾による傷害をなかったことにした場合、すり傷とは比べものにならないほどの消耗をします。それこそ、全体力を使うほどかもしれません。
そのため、躱さずに、永遠に受け続けることができないわけです。
「これから、どうするつもりですか?」
「そうですね……」
《意気沮喪》に『影縫い』。言ってしまえば、《言霊》を二つ所持していると同義な状態。
私はその何倍も使用できるとはいえ、『影縫い』は使えない。同条件での戦闘は不可能。
アヴァリティアに言われた言葉。「今までは《言霊》で補ってきた」。確かに単純な戦闘では、元の世界でも、こちらの世界でも、戦闘経験のない私は誰にも勝てません。
《言霊》に頼りきっていたため、先ほど上手く避けることができなかった。これからは、修練などが必要ですね。
先生にでも、稽古をつけてもらえませんかね。
「セリアさん……大丈夫、なんですか? わたしのせいで、セリアさんになにかあったら……!」
顔を覆い、泣き出してしまうアイリス。
そんな彼女の身体を優しく抱き、頭を撫で安心を促す。
「アイリス、あなたの心配することは、なにもありませんよ。私がなんと呼ばれているかは知っているでしょう?」
「学院最強……ですよね?」
「そうです、最強なんです。最も強いんですよ? 私が負けるはずがありません」
そう、負けない……いや、負けられない。
ここで私が落ちれば、一人の王女の尊い命が失われることとなる。それは、それだけは避けなければならない。
「ですが、セリア・リーフ。あなた、勝つ見込みはあるのですか?」
勝つ見込みは……ないとしか言えません。
負けはしませんが、勝つこともできない状態。
「ある……とは言えませんね。私は、戦闘経験の少ない身。今日までの戦闘で、アイリスを護れていることが、奇跡なほどに」
「であれば、私が稽古をつけましょうか。特訓は一気に成長するチャンス。それに、元は戦闘で生計を立てていたのです。任せておきなさい」
やはり、それが一番でしょうか。
アヴァリティア戦のように、《言霊》を使えない場合もあるわけですから。
今までは、パワーアップ系の《言霊》に頼りきりでしたからね。
私は強くなければならない。――強くならなければならない。護るべきものを護るために。
「先生は、どのような戦闘スタイルで?」
「私は、ナイフ、剣、銃、弓と、なんでも扱ってきました。近接戦では、相手に合わせて。遠距離ならば、地形に合わせて。それらをすべて使いこなすことが、最強への一歩です」
すべて使いこなすこと……。最強への一歩……
私には、それが必要というわけですね。最強にも、伸びしろ、進むことのできる道はあるというわけですね。
であれば、私の答えは一つ。
「先生、特訓のほう、お願いします」




