2 吸血鬼とは
私は吸血鬼だ。
正確には吸血鬼の先祖返りである。
ずーっと昔、吸血鬼の男の人と人間の女の人が結婚したという話を聞かされた。その二人の間にできた子供は普通の人より少し耳が長くて歯が尖っていたそうだ。そしてその子供も成長し、結婚した。もちろん人間とだ。この二人の間にできた子は目が少し赤くて色白だったという。
そうやって繰り返し人と交わってきたから最近ではなんの変哲もない普通の人のような姿で普通に暮らしてきたとお父さんから聞かされた。
幼かった私にはあまり理解できなかったけど、今ならわかる。
お父さんは私を恐れていた。
私の目が赤いことを。
普通の人より尖っている牙があることを。
傷の治りが早すぎることを。
その事を他人に知られることを。
私という存在を実の親である人が気味悪がっていたのだ。
でも私は人の血なんて飲んだことなかった。本に出てくる吸血鬼みたく血を飲まないと死んでしまうことも日光に当たって灰になってしまうこともなかった。
お母さんが作ったご飯を食べて、外で元気よく友達と遊ぶ。普通の人のように暮らしていた。
お父さんはそれでも不安げな顔を浮かべていたから、私は大丈夫なんだよってことを分かってもらうためにいっぱい食べていっぱい外で遊んだ。
でもある日、私はとんでもないことをしでかしてしまった。
友達が転んで膝を怪我したとき当然その怪我した部分からは血が出てくる。私はその血をあろうことか舐めてしまったのだ。
血を見て飲みたいと思ったわけではない。傷は舐めれば治ると聞いたことがあったからだ。友達が痛がって泣いていたから私なりに考えた末出した答えだったのだが、それがいけなかった。
私が傷を舐めるとその傷はすぐに治ってしまったのだ。この時の私は泣き止んでほしいという思いでいっぱいで何にも分かっていなかった。
自分という存在がどれだけ異端だと言うことに。
お父さんにこの事を伝えると顔面蒼白になって怒鳴られた。
「どうしてそんなことをしたんだ!」と言われた。一発ビンタをくらいお父さんは大慌てで身支度をし始めた。
この一件で私たちは引っ越すことになった。
お母さんは不思議がっていたけどお父さんが色々いって誤魔化していた。
明らかに落ち込んでいた私をお母さんは慰めようとしてくれた。
「大丈夫よ。きっと咲ならすぐにお友達できるから」
的はずれな慰めかたに私は少しイラついていた。
お母さんは何も知らない。私が吸血鬼の先祖返りだってことも引っ越す本当のわけも。
お父さんにお母さんには絶対に言うなと言われてきた。お母さんは弱い人だからきっと耐えられないって。
じゃあ、私は?
私は弱くないの?
きっとお父さんはお母さんが大切で私のことなんてどうでもいいんだろう。
引っ越した後はもう変なことをしないように今まで以上に気を張った。
中学を卒業したすぐ後、一人暮らしをしろとお父さんに言われた。なんとなく分かっていたことだから私はすぐに頷いた。お母さんはというと場の空気をよんでか一言もしゃべらなかった。私のことを心配げに見ているだけだった。
◇
「あ、おはようございます。よく眠れましたか?」
目を覚ますと聞き覚えのある声が耳に届いた。ギョッとして声がした方を見ると何故かエプロン姿の西守さんが立っていた。
「な、なんで西守さんが私の家に……っ?!」
「田中さんが急に走っていなくなるからですよ。調べはついてるって言ったじゃないですか」
つまりあれか。
私の個人情報は西守さんには筒抜けってことか。
これ……プライバシーの侵害ってやつじゃないですか?
「不法侵入、だよね……?」
「違いますよ。きちんと田中さんのお父様に許可は頂いていますから。ほら、これが証拠です」
手渡されたのは一枚の紙。そこには私が住んでいる住所といつでも出入りしていいと言う文章が書かれていた。お父さんの筆跡で。
え、何考えてるのお父さん?
あなた私が吸血鬼だってこと誰にも知られたくないんだよね?
なのになんで許可とか出しちゃってるの?
「それで私もここに住むことになったのでこれからよろしくお願いしますね」
「どうしてそうなったの!?」
「そっちの方が色々と都合がいいので」
「いやいやいや!私許可だしてないし!」
「あ、それもお父様から許可を頂きました。その裏にも書いてありますよ?見てみてください」
「え」
言われるままに裏を見てみる。そこには確かに私との同棲を許可するといった文がつづられていた。しかもお父さんのサイン入りだ。
「お父さん……」
「分かりましたか? 田中さんと私の同棲は決定事項なので変えることはできません。だから、潔く諦めてください」
「……」
「分かりましたか?」
「……わかった。わかったけど、なんで西守さんエプロン姿なの?」
「あ、これですか。晩御飯にカレーでも作ろうと思いまして」
「え、カレー?」
「はい。もう作り終わったので食べますか?」
くんくんと嗅いでみる。確かにカレーの匂いだ。
すると私のお腹が鳴った。
西守さんがキョトンと首をかしげる。私は顔を真っ赤にしてうつむいた。
「ふふ、カレー持ってきますね」
「い、いいよ!それくらい自分でやるから!」
「別にいいですけど、立てるんですか?」
「え?」
「田中さん、運動あまり得意じゃないですよね?なのにあんなに走って大丈夫だったんですか?」
「は、ははは、あれくらい大丈夫に決まって―――」
ソファーから立ちあがろうとすると激痛が走った。
体勢を崩してしまい、重力のまま床に引き付けられた。
あ、これダメだわ……。
目をつむって来るであろう衝撃を耐える準備をしたが、数秒たっても衝撃はやってこない。目を開けてみると西守さんに抱き止められているのがわかった。
心臓が跳ねる。
頬が染まっていく。
こんな近距離で美少女である西守さんの顔を見てしまったら誰だってドキマギしてしまうだろう。
「これ大丈夫じゃないですよね?」
「あ、あはは……はい……」
「私が持ってくるので田中さんはソファーに座っててくださいね」
「……はい、お願いします」
「いえいえ。田中さんが転んで怪我でもしたら大変なので」
私はソファーに座らされた。
「すぐに持ってきますから」
西守さんがキッチンにいった後、私は小さな声でこう呟いた。
「なんだこれ……」