16 吸血鬼殺しの特異性
初めて入る西守さんの部屋は思っていたより質素なものだった。
綺麗に整理整頓されていて机の上には何冊かの本がたてられていた。
この部屋を見て西守さんの趣味を当てろと言われても辛うじて読書といえるくらい必要最低限のものしか置いていない。
そういえば西守さんのことあんまり知らないな、私。
私は一方的に知られてるわけだけど。
と西守さんのベットに横たわりながら考える。
部屋に入ったら西守さんがベットへ押し倒してくるものだから何かされるのかと身構えってしまった。
強制的にベットに寝転がされたわけだけどどうにも落ち着かない。
「気分はどうですか?」
「だいぶ良くなったよ」
「良かったです。……本当にすみません。いきなり気分を悪くさせてしまって……」
「大丈夫大丈夫」
心配そうな顔をする西守さんに笑顔を向ける。
実際は少し気持ち悪さが残っていた。
あれは一体なんだったのか。
西守さんのお母さんから感じた圧迫感と威圧感。
なぜかあの場から逃げ出したいと強く思った。
多分、西守さんがあの人に声をかけてくれなかったら逃げ出していたと思う。
「……ねえ、西守さん。もしかして吸血鬼殺しの人って特別な力とか持ってたりする?」
西守さんが息を飲むのがわかった。
やっぱりそうか。
普通の人間が吸血鬼を殺すだなんてできないと私はずっと思っていた。
今の吸血鬼は人間より穏やかな生き物だと西守さんは言っていたけど、それは昔はそうでなかったことが裏づけられる。
吸血鬼殺しがいる時点で相当酷いことをしていたんだろう。
「…………」
「どうして黙るの?もしかして知られたくなかった?」
「……そう、ですね。知られたくありませんでした。私はその力が大っ嫌いなので」
初めて見る、西守さんの嫌悪に満ちた表情。
私は思わず息をとめてしまっていた。
「知りたいですか?吸血鬼殺しの特異性。田中さんからしたらいい話じゃないと思います。ぶっちゃけ気持ち悪いです」
「どんな感じに?」
「私は聞かされた時吐きました」
マジですか。
美少女の口から流れ出る嘔吐物というなんとも言い難い想像をしてしまった。
聞くべきか聞かざるべきか。
数秒悩んだ後、口を開く。
「聞く。聞きたい」
「じゃあ、これだけは約束してください。話を聞いた後に私を避けないでください。避けたって意味が無いと思いますけど面倒事が増えてしまうので」
「?……わかった」
よく分からないけどとりあえず頷く。
私が頷くのを見て西守さんが話し出した。
「昔の吸血鬼殺しって吸血鬼を殺すことに特化した人達だったんです。今では弱体化していってますが昔は凄かったんですよ。
人間とは思えないほどの速さで走ったり腕力があったりしてですね、吸血鬼と互角に戦ってました。
互角ですよ。そんなのもう人間と呼べる生き物じゃない。
文字通り吸血鬼殺しは人間なんかじゃないんですよ。
人間のように振舞っていただけの人間もどきだったんです」
どういうことか理解出来なかった。
でも西守さんの今までにない迫力に聞き返すことを躊躇わせる。
西守さんは自分を落ち着かせるように一度浅く息を吐いた。
「……吸血鬼殺しというのは吸血鬼の肉を食べた人達を指す言葉なんです」
「え……」
「どうしてそんな経緯に至ったのかは分かりません。人体実験をされたのか、ただ狂っていただけなのか。
どっちにしても気分のいい話じゃないですし、調べるつもりもありません。
吸血鬼の肉を食べた人は大半死にました。でも僅かな人数だけ死なずに特殊な力を得ることが出来たんです。
それがさっき言った吸血鬼と互角に戦える力です。今はそこまで強い力を持った人はいませんけどね」
「に、西守さんも持ってたりするの?」
「私の場合少し鼻がいいくらいです。吸血鬼殺しとしては劣等生なんですよ」
「そうなんだ…」
「……田中さんがお母さんに見つめられてめまいがしたのはそれがお母さんの力だからです。相手に圧をかけて黙らせるっていう。私も小さい頃はよくされました」
「されたの!?」
「はい。小さい頃はヤンチャだったんですよ。毎日家に帰ると怒られてました。そのおかげで耐性が出来たようで今では数十分くらいなら耐えられるようになりました」
あれを数十分も耐えられるって……。
どれだけ怒られたらそんなに耐えられるようになるんだ。
西守さんの幼少期に興味がわいてきた。
しばらく西守さんの幼少期を想像して黙り込む。
怒られてしょげている幼い西守さんもとても可愛いんだろう。
美少女の小さい頃なんて絶対可愛いに決まっている。
西守さんみたいな妹がいたらちょっと生意気でも絶対可愛がっていたに違いない。
……何考えてるんだ私は。
話が逸れてしまった。
「……やっぱり気持ち悪いですよね。吸血鬼を食べた、なんて」
「そりゃ、まぁ……気持ち悪いけど」
「…………」
「あ、待って待って。今のなし。ちょっと考えさせて。いい言葉が思い浮かばなかっただけだから」
西守さんが顔を下に向けて明らかに落ち込んでいる風だったので一度ちゃんと想像してみる。
吸血鬼は人と姿形はそんなに変わらない。
それを食べている人間を想像してみる。
………うん、やっぱり気持ち悪い。
獣みたいに吸血鬼のお腹から肉を食いちぎっていく人間を想像して気持ち悪いと思わない人はいないだろう。
実際にそんな風に食べていたかは分からない。
もしかしたら綺麗にトッピングされて食べていたのかもしれないけど、それが吸血鬼の肉だとするとどうしても気持ち悪いとしか思えない。
「……ごめん、西守さん。やっぱり気持ち悪いとしか思えないや」
「…そうですか……」
「でもそれは昔の人に対してであって西守さんのことを気持ち悪いって思ったことは一度も……」
ない、と言おうとした時。
これまでの出来事が頭に次々と流れていった。
まるで走馬灯のように。
いつの間にか個人情報を知られ、目が覚めると家の中に西守さんがいて。
西守さんを気持ち悪いと思ったことは無い。でも怖いと思うことはしょっちゅうあった。
「……西守さんは気持ち悪いっていうか単純に怖いや」
「え、怖いですか?私なにかしましたっけ?」
「知らない間に個人情報を知られてるのって結構怖いんだよ?」
「あ、なんだその事ですか。その話は仕方ないことだと割り切るということで終わりませんでしたっけ?」
「終わってません。それは西守さんが勝手に自己解決しただけです」
「そうでしたっけ?」
とぼける西守さんをジト目で睨む。
西守さんは困ったように笑って私の頭を撫でてきた。
……。
「なんで?」
なぜ頭を撫でられているのだろうか。
西守さんの考えていることが分からない。
西守さんを理解することなんて誰にも出来ないのかもしれない。
だって西守さん変な人だから。
「なんとなくです」
「それだけ?」
「はい。撫でたくなったから撫でてるだけです」
「……同級生に頭撫られるとかちょっと恥ずかしいんだけど」
「我慢してください」
強引だ。
西守さんは謙虚な時と強引な時の差が凄すぎる。
黙って受け入れていると次第に眠気が襲ってくるようになった。
昨日は緊張してあまり眠れていなかったから。
「寝てていいですよ。蓮くんが来たら起こしますから」
「…ん……」
「おやすみなさい、田中さん」
薄れゆく意識の中、西守さんの優しい声が耳に届く。
今どんな顔をしているのか見てみたいな、と思ったけど眠気に負けて私は意識を手放した。




