15 西守家
弟くんに会ったその次の日。
「そんなに身構えなくて大丈夫ですよ」
「う、うん」
緊張をほぐそうとしてくれた西守さんが無言だった私に話しかけてきた。
でも身構えるなといわれても無理な話なんだが。
私は今、西守さんの家の玄関の前にいる。
西守さんの家は思っていたより普通で一般的な一軒家だった。
家に着いてきて欲しいと言われた時はめちゃくちゃ嫌だったけど西守さんの上目遣い&子犬みたいな目を見たせいでいつの間にか頭を縦にふっていた。
私は西守さんの顔の良さに負けてしまったのだ。
「に、西守さん。私の格好変じゃない?」
「変じゃないですよ。とっても似合ってます」
私はジーパンに白いTシャツの上から黒の半袖のジャケットを羽織っている。
昔からスカートとか苦手だったからジーパンやジャージしか着てこなくて、こんなものしかなかった。
似合ってるだなんて西守さんに言われても微妙だ。
嬉しいは嬉しいんだけど西森さん自身が超絶ハイスペック美少女だからなぁ。
西守さんの横にいる私なんて人の目には霞んで見えてるはずだ。
いや、今一番気にしなくちゃいけないのは服の事じゃない。
西守さんの弟くんのことだ。
「自分が口だけで説明しても納得してくれないと思うので実際に田中さんと会って話してもらいたいんです。田中さんの人柄を知れば納得してくれると思いますし」って言ってたけど西守さんが私のどこを見てそう思ったのかは謎だ。
西守さん私の事過大評価しすぎじゃない?
私そんな立派な人間じゃないよ?
というか人間なのかも怪しいよ?
「田中さん、そろそろ家に入りましょう。暑くなってきました」
「ま、まって……っ! まだ心の準備が……」
「なんですか心の準備って……。両親ともに田中さんに好意的なのでそんなに緊張する必要はありませんよ」
「え、なんで……?」
「田中さんのことは調べがついてますって言いましたよね。田中さんの人柄は両親共に好感を持っていましたから。私が色々知っているのに両親が知らないとでも?」
「ちょっとまって。前から思ってたけど西守さん私についてどこまで知ってるの?」
「田中さんのことなら大体知ってます」
その大体を教えて欲しいんですけど!
「吸血鬼の田中さんからしたら吸血鬼を殺してきた家系の家に入るのは勇気がいることだと思いますがどうか頑張ってください。話をしたらすぐに帰りましょう」
「吸血鬼殺し云々より自分のプライバシーをいつの間にか他人に知られてる恐怖の方が勝っちゃってるんだけど……」
「そこは、えっと……ごめんなさい?」
「謝るなら他人のプライバシーを探るのやめてよぉっ」
「それは私の家系上無理な話です。清く諦めてください」
「えぇ……」
「声がすると思ったらもう来てたのね」
西守さんのあまりに無慈悲な言葉に打ちひしがれていたら玄関のドアが開いて中から物凄い美人な女の人が出てきた。
無表情で西守さんではなく私を見つめてくる。
それはもう、恐怖を感じてしまうほどの眼光で。
どうしよう。
私何かした?
怖いんだけど……。
めちゃめちゃ怖いんですけど……っ。
「は、初めまして!田中咲と申します!西守さんにはいつも良くしてもらってます!」
無言で見つめられるのに耐えられなかった私は何を思ったのか自己紹介をした。
この人迫力がありすぎる。
何も言葉を発さなくてもその場にいるだけで存在感を主張する西守さんと同じ感じだけどそれに無言の圧力をかけられている気がする。
「あなたが田中咲さんね」
「ひゃ、ひゃい!」
ジーッと見つめられる。
観察されているみたいで落ち着かない。
汗が一滴額から頬を伝う。
この謎の緊張感はなんだ。
この人に見つめられると体が思うように動かない。
そこでようやくこれが緊張だけのせいではないと察した。
1歩後ろに後ずさる。
逃げ出したい。
この人のそばにいたくない。
そう思い始めたとき。
「田中さんっ。しっかりしてください!」
「っ!?」
「お母さんも田中さんにそれ使わないでください!」
「あら。ごめんなさい、時音。無意識だったわ」
「田中さんが怖がってるじゃないですか」
「ごめんなさいね、咲さん。怖がらせてしまって……」
眉を下にさげ、申し訳なさそうに謝罪をされた。
儚げな美女の完成だ。
……うん、ふざけたこと考えられるってことはまだ大丈夫だな、私
「だ、大丈夫ですよ」
「ほんとですか?気持ち悪くなったりしてません?」
「ちょっと目眩がするけど平気」
「それ重症じゃないですか」
「へーきへーき」
「……お母さん、蓮くんまだ帰ってきてないですよね?」
「えぇ」
「帰ってくるまで田中さんと私の部屋で待ってるので蓮くんが帰ってきたら教えてください」
「わかったわ」
「あと反省してください。私、結構怒ってます。次、田中さんに使ったら問答無用でぶん殴ります」
「それはいやね」
「わかりましたか?」
「わかったわ」
何だこの会話。
暴力的な西守さんの物言いに少し驚いた。
西守さんの新たな一面を発見してしまったようだ。
「田中さん、早く部屋に行きましょう」
手を引かれて西守さんの後を追う。
だんだん頭痛もしてきた私の足取りは覚束なくて不安定なものだった。