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玖ノ月;  涙

 狭い部屋に転がされていた無残な死体。

 その中の一体の死体の指には俺が少し前に拾った歪んだ指輪と同じ物がはめられていた。

 俺が指輪を拾った所にはその持ち主の死体はなく、その指輪を歪めた犯人も居なかった。俺の考えがもしあっているとすれば、朱里が危ない。

 朱里は今地下通路にいるといた。もし、俺同様にこの不可解な町に連れて来られていたとしたら……いや、もうそんな甘い願いは通じないのはわかっている。

 ここまで情報が揃っていれば朱里もこの不可解な町にいるんだ。


「っ――――!?」

 一瞬、俺の脳裏にさっきの2つの死体の映像が鮮明に映し出され、その内の指輪をした女性が朱里とリンクする。


「ダメだ。そんな事はさせちゃいけないっ」









「ふぅ……ふぅ」

 私は軽く息を吐きながらキビキビ歩く尚吾さんの背中を追う。

 私の歩く地下通路はいつの間にかさきほどの平坦な道のりとは変わり、緩やかに上がる坂になっていた。これは出口が近くなり登っている事を示している事であって、私も内心素直に喜んでいる。

 しかし、尚吾さんは何故か変わらず厳しい顔をして歩いている様子を見ると私はどうしてもその横顔に不安を覚えてしまう。

 もちろん、尚吾さんに不満があるわけではない。そんな事を言ったらまさに『恩を仇で返す』と言うものだ。それこそ感謝しても仕切れないほどの事を尚吾さんはこの数時間の間にしてくれていたし、私はそれに対し感謝していないわけでもない。

 だが、何故? 私はこんなにも心に不信と不安を抱えているの?


「おい、大丈夫か?」

「へっ? は、はい! 大丈夫です」

 いつの間にか止まっていた尚吾さんは、私の方に向き直り、不審な顔をしていた。


 私は自分の不満が顔に出ていたのかと思い、慌てて顔を覆い話を変えようとする。


「え、えと……そう言えば尚吾さんは指輪をしていませんよね?」

「ん? まあな」

「如何してですか?」

 不躾では会ったが話を変えるには丁度良いタイミングだった。



「ああ、大体結婚している男は指輪を外している事が多いし、俺は建具の職人をしていたからな。指輪をはめていると傷つくだろうし、それにもう指輪は…………」

「へっ? 何ですか?」

 最後の方の言葉を濁した為、尚吾さんの言葉は良く聞き取れなかった。尚吾さん本人も一瞬だけ暗い表情を浮べるが、直ぐにいつもの笑みに戻したようで、その暗さの意味を知る事は出来なかった。 


「あの――」

「――さて、足が止まってしまったな。行くぞ」

 態とか偶然か、尚吾さんは私の言葉を遮り踵を返し歩き出す。私はその暗さの意味を知る術はなくただただ尚吾さんの後ろを付いていくしかなったのだ。


 頼りない。

 私はこんな事で良いのかと考え始めていた。尚吾さんと言う頼れる人が出来てから、その人に任せっきりだった。

 こんな事で、これからの優一君と暮らせるのであろうか? それこそ、頼りない女だと罵られ、直ぐに捨てられるのではないかと言う不安が心の何処かを過ぎる。

 私は不安に刈られた。


 今の私の生きる意味にもなっている優一君に見捨てられでもしたら、私はそれこそ、生きる意味をなくしてしまう。

 怖い。


 私はもしかしたらこの町に来て初めて本当の『怖さ』にであったのかもしれない。


「尚吾さん! 私――」


 声をかけずには居られなかった。

 例え、数時間前に出会った人であったとしても、尚吾さんは十分に頼れる人であったから――――




「っ!」

「えっ、尚吾さん?」

 しかし、私の言葉を遮り尚吾さんは苦しそうに膝を折り、しゃがみ込んでしまう。


「だ、大丈夫ですか? 尚吾さん!」

「しょ……うご?」



 その時、私の脳裏に冷たい予感が

                走る――


「えっ?」

 私はその感覚に驚き思わず声を上げてしまう。




 頭を抑えながら目を硬く瞑っている尚吾さんはうっすらと目を開け、自分の名前を力ない声で呟く。


「如何したんですか!? 尚吾さん!」


「誰  だ? 」

「えっ?」



「『しょうご』って誰の  こ とだ? あんたは知って  るの か?」




 私は背筋が凍った。



『自分の名前、歳と忘れて行って最後に自分の親しい人の名前を忘れて…………』



 尚吾さんの言葉が私の恐怖を押しとめる枷になっていたのかもしれない。



 私の唇は小刻みに震える。



「俺は  誰だ? 」



 尚吾さんは再び強く目を瞑り、そして再び目を開ける





「しょ……うご……さ ん?」



 私は怖かった。

 数分前まで落ち着いて話していた人が今。明らかに侵蝕されている。





 尚吾さんの目から滴るのは  



       絶望の



    赤い


                涙であった。


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