捌ノ月; 圏外
「何で? …………人が……」
俺は何度も嘔吐し、涙目になりながら、胃の中身を空にした。地上の赤い染みを見た時とは訳が違う。
俺の目の前で同じ人間が死んでいるのだ。俺は壁に張り付き、これ以上動けない事もわかってはいるが、懸命に後ろに下がろうとする。
2つの死体の肌はもう青くなっており、死後、数日は立っている。
女性は20代。朱里が2、3年したらあのくらいになるであろうと言う女性。
子供は明らかにまだ幼い。もしかしたらまだ5歳くらいなのかもしれない。亡くなっている女性は男の子の死体を抱きしめるようにして息絶えていた。
「あ、あの指輪……もしかして?」
俺はポケットに突っ込んでおいた歪んだ指輪を取り出し、女性がはめている指輪と見比べてみる。
「同じだ……同じ指輪だ…………もしかして、この人たちを殺した犯人は?」
ピピピピピピッ
「うわぁっ!?」
俺は不意打ちの様になった携帯に驚き、飛び上がる。
圏外になっていたはずの携帯は電波が2つ立っており、着信は『朱里』!?
「朱里か!?」
『うん、やっと繋がったよ優一君』
思っていたより、元気な声を出す朱里に俺は自分の予感が外れている事を願い、朱里に質問をぶつける。
「今……何処に居る!?」
『え? えっと……その……なんて言ったら良いのかな? 地下通路かな?』
俺はその瞬間。頭をハンマーで殴られた様なショックに襲われる。
俺の家の近くに地下通路の様なものはない。
俺は自分の家の寝室で寝ていて、起きた時にはこの不可解な町にいた。その時、家には隣に朱里も寝ており、今朱里は地下通路に居るといっている。
「朱里っ!? 今は1人か!?」
『へっ? ううん、違うよ』
「誰だっ! 俺の知っている奴か!?」
『ううん、違うよ。尚吾さんって言う人。それよりどうしたの? そんなに慌てて……』
朱里の今の様子だと、俺が同じように地下にいるとは夢にも思っていないのだろう。
「わかった。待ってろっ! 直ぐ行く」
『へっ? ちょっと待って! 来るって、今私は――』
ピッ
俺は一方的に携帯を切って、狭い通路をしゃがみながらもう一度先ほど通っていた通路に出ると、そのまま懐中電灯を握りしめたまま真っ暗な道を走っていった…………
「どうした?」
「あっ、いえ。何故かはわからないんですが、圏外だった携帯にいきなり電波が立って、優一君に電話したら、場所を聞かれたと思ったら急に電話を切られて……」
「…………そうか、『優一君』も忙しいんだろう。さて、休憩も済んだだろうしそろそろ行こうか」
「はい」
尚吾さんは立ち上がり、私の手を取って、座っていた私の身体を起こしてくれる。
「?」
「ん? どうしたんだ?」
「あっ、いえ、その……尚吾さんの手がなんだか冷たい気が…………」
「そうか? 俺は気付いていなかったが」
尚吾さんは不思議そうな顔で私の顔を見てくるので私は自分がおかしいのだと思い、お尻に付いた砂を軽く叩くとすっと立ち上がる。
「すみません、きのせいですよね。じゃあ、行きましょう」
「ああ」
尚吾さんは頷くと懐中電灯のスイッチを付け、歩き出し、私もその背中に続く。
私は歩きながら携帯を一度見ると、その左端には圏外の文字が刻まれており、もう優一と連絡を取る手段はない。
別に良いよね。優一君はこの町にはいないんだし……
尚吾さんは相変わらず、周りに注意しながらも先へとずんずんと歩いている。その背中は頼もしい物があり、この人と一緒にいれば、私はこの町から出られると、私は確信できた。
待ってて、優一君。直ぐに会いに行くからね。
「ハッ……ハァッ」
俺は短く息を吐きながら、この先に居るはずの朱里の後を追っていた。
これだけ大きな地下通路だ。もし、ここ以外にも地下があったとしたら…………
俺の脳裏に最悪の事態が過ぎり、動かす足を速める。
「……待ってろよ。朱里!」