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漆ノ月;  赤い月

「尚吾さん。ちょ、ちょっと待ってください」

 地下の通路を照らしながら歩き続けてもう何時間経ったであろう? 一向に尚吾さんの言う水脈は見えてこなく、私の足は終わりのわからない通路に疲弊し、震えていた。

 一方、尚吾さんは息の1つも乱していない。それどころか汗1つ掻いておらず、肌寒い地下とはいえ、外は真夏なのだ。それなのに汗の掻かない尚吾さんに私は密かな不信感が芽生え始めていた。


「ああ、悪かったな。確かに俺のペースに合わせてたら疲れるだろう、そうだな、少し休もう」

 しかし、私の不信感を吹き飛ばすかのように尚吾さんはニッコリと微笑み、また手ごろな石を持ってきて、私が座る場所を確保してくれる。


「……ありがとうございます」

 歩き続けて乱れた息を整えながら、私は尚吾さんに俺を言ってゆっくりと石にしゃがみ込む。


「尚吾さん、後どれぐらいなんでしょう? 言いづらいんですが……」

「ああ、すまなかったな。この通路は本来自転車やバイクで移動するから歩くと長く感じられるんだ」

「バイクで?」

 確かに通路と言っても、大型バイク二台がすれ違うには十分の幅と、地面は真っ暗な先の通路までコンクリートで舗装されている。


「だが、大丈夫だ。ここら辺まで来れば後数十分で地下の出口に行ける。出口の近くには小屋が2つ建てられているから、出たらそこでまた休憩しよう。それで、一晩休んだら、次の日の早朝に隣町に出ればもう安心だ」

 尚吾さんはニッコリと笑いながら、これからの計画をスラスラと話してくれる。

 今まで先の見えなかったこの移動も、そこまでしっかりと計画を立ててくれているなら安心だ。私はなんだが、先ほどまで自分の中にあった不信感に罪悪感を感じ、尚吾さんに申し訳ない気持ちになる。と、尚吾さんは私が、眉をゆがめた事に気が付いたのが、俯き気味だった、私の顔を覗き込んでくる。


「悪かったな」

「へっ?」

「移動の計画も教えられなかったら、不安になるのも当たり前だ。俺だってゴールのわからないマラソンをずっと走っていられる自身はない」

 どうやら、私の考えていた事は筒抜けだったらしく、私は顔を真っ赤にして俯く。


「……すみません」

「まあ、気にするな。それよりあと少しで助かるんだ。あんたはそれだけを考えとけ」

「あ、あの…………尚吾さん?」

「何だ?」



「さっき言っていた『月の満ち欠け』にはなにか前兆と言うか……感染しているってわかる方法はないんですか?」



 私は『月の満ち欠け』の話をされてからずっと、思っていた事を勇気を出して聞いてみる。


 これだけ入念に動いている尚吾さんならば、そのことも知っていて、多分、私を安心させる為に教えてくれると思う。


「……『月の満ち欠け』は別名『赤い月』って言われてるらしい」

「赤い……月?」

 私が質問をすると尚吾さんの顔がいきなり真剣になり、しかしはぐらかすことなく、しっかりと話し始める。


「ああ、まず発症の合図は鼻血だ。次に目、耳と血が出て、そこから段々自分の名前、歳と忘れて行って最後に自分の親しい人の名前を忘れて…………最後は何も考えられなくなり、人を襲い始める。その襲う人に血が滴っている様子から『赤い月』って呼ばれてるらしい。」



 私は自分の背筋が凍るのを感じ、身震いをする。



 聞かない方が良かったのかもしれないが、それは違う。今の状況を知らなければ、もし、尚吾さんとまた逸れてしまった場合に私はまた、錯乱し、自分で命を落とす事になるだろう。

 しかし、そうすると残された優一君はどうなる? この町に居ると信じていた優一君はいなかった。それだけで、私は優一君の安全を確信し、どこか心の中で安堵していたのかもしれない。



 もし、ここで私が死んでしまったら残された優一君はきっと悲しむだろう。多分、優一君の性格だったら自分を責め、私の後を追おうと考えるかもしれない。そんな事をさせてはいけなかった。

 私の夫を        私の最愛の人を     私の初恋の人を   ――

     死なせるわけには行かなかった。




 私はもう一度、自分に喝を入れて目を開ける。


「尚吾さん、生きてここから出ましょうね」

「ああ、そうだな、その『優一君』の為にもな」



 尚吾さんは真剣な顔をまた笑顔に戻し、私に微笑んでくる。

 2人はそのまま小休止を終え、歩き始める。








「嘘……だろ?」

 俺は足が竦んでいた。それこそ、今にも腰が抜けそうな勢いだった。





 赤い染みの無かった通路を歩いていた俺はある異変に気付いて足を止めた。



 それは少し前、嫌になるほど嗅いだ臭い。息を止めたくなるようなツンとした刺激臭が俺の鼻腔を突き、俺はその余りにも酷い臭いに顔を顰め、眉を寄せていた。

 急いでいた足を一旦止め、鼻を抓みながら懐中電灯で辺りを照らす。


「ん?」

 俺は照らした先に俺の方からは影になっている場所にもう1つ小さい通路を見つけた。



 これは急ぎ足で移動していたら、まず視界が制限されているこの状態では気付けない。俺はその大人がしゃがんでやっと入れるほどの小さな通路を照らして奥を見る。



 奥にはなにか光るものがあり、俺は手がかりになるのではと膝を付き、その通路を入っていく。


「っ……なんだ? この臭いは?」

 先ほどまで俺の鼻を刺激していた臭いはこの通路の置くから臭って来ているらしい。しかし、俺は手がかりになる物があるならと臭いを我慢しながら、そのまま狭い通路を抜け、奥の方へ出る。




「っ…………何なんだ? この臭いは……っ!?」

 俺は思わず懐中電灯を取りこぼしそうになり、慌てて掴みなおす。



 震えが止まらない……刺激臭はこの場所に入ってから一気に強くなり、俺は眩暈を覚える。



「うげぇっ…………ガハッゲホッ」

 俺は壁に向かって嘔吐し、激しく咳き込む。





「何なんだよ……これはよぉ…………」




 俺の目の前には  小さな子供と




        指輪をした

             女性が






  血溜まりの中で



     死んでいた…………


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