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伍ノ月;  伝染病

「何なの? ここで、何が起きてるの?」

 私は竦む身体を自分の手で抱きしめながら目尻から溢れてくる涙を必死に堪えていた。

 途端に優一が恋しくなり、小さな声で優一の名ばかり呼び続ける。

 しかし、そんな事をしても優一は現れる気配などない。第一、ここに優一が居るという確かな確証すらないのだ。

 今まで、優一がここに居るという、思いで何とか平常心を保ってきたのだが、この手紙のせいで今の朱里の精神の支えの糸はぷっつりと音をたてて切れてしまった。



「優一君はいない……誰も…………助けに来てくれない」

 私の心の中に『絶望』の二文字が深く刻まれる。

 深い孤独感と共に、形となって現れた恐怖は簡単には拭う事は出来ない。


「優一君…………何処にいるの? 助けてよ……怖いよ…………」

 私は今にも消え入りそうな声で床を這いながら優一君に助けを求める。

 腰が抜けてしまっているらしく、床を這うような格好しか出来ない今の私はさぞ、弱っているであろう。





「…………誰か? ……いるのか?」

「ひぃっ!?」

 私の耳に届いたのは確かに人の声だった。

 だが、明らかに優一の声ではない。野太い男の声であった。


「だ、…………だれぇ?」

 私は震えた声を精一杯口から吐き出す。

 呂律すら回っておらず、相手に伝わっているかも怪しい。

 と、いきなり私の顔に懐中電灯の光が向けられる。


「…………ここの、人ですか?」

 私は恐る恐る聞き、その人の顔を見ようと目を細める。


「待てっ!」

「ひぃっ!?」

 いきなりその野太い声の男は叫び、私は身を竦めてしまう。


「良いか? よく聞け、まず目を閉じろ」

「…………は……いぃ……」

 何を言っているのか良くわからなかったが、私は懸命に目を瞑った。


「良し、それじゃあまず、名前と歳。それと親しい人間の名前を言え」

「私は、倉嶋朱里です。歳は21、親しい人は優一君です」

「…………良し、目を開けて良いぞ」



 私が質問に答えると野太く、緊張感のあったその人の声は少し柔らかくなったような気がした。

 ゆっくり目を開けると、そこには大柄な男性が立っており、私が腰を抜かしている事を察してくれたのか、近くに倒れていた椅子を立てて私を座らせてくれた。


「すまなかったな。あんたはこの町の人じゃないな」

「……はい」

「俺は松田まつだ 尚吾しょうごだ。この町で建具たてぐの職人をやってた者だ」


「やって……いた?」

 尚吾さんの『やっていた』と言う言葉に私は少し違和感を覚えて不思議そうな顔をすると、尚吾さんもそれを察したのか? 少し苦笑いのような笑顔を見せ、話してくれた。


「この町は、死んだんだ」

「『町』が、死んだ?」

「ああ、外から来たならわかると思うがもう、この町には『人』は数えるぐらいしかいない」

 『人』と言う言葉を強調した尚吾さんは話を続ける。


「月の満ち欠けが始まって、この町は死んだんだ…………」

 俯く尚吾さんの顔はよく見ることが出来なかったが、多分寂しそうな顔をしていたと思う。


「さあ、ここは危険だ。この町から出るには地下から水脈を通るしかないんだ。さあ、行こう」

 尚吾さんは私に手を差し出してくれたが、私は暫く落ち着いて話を聞くことが出来たので、腰はもう戻っていた。


「大丈夫です。行きましょう」

「わかった。こっちだ」

 私と尚吾さんは、そのまま旅館の奥へと足を進めて行った。









 尚吾さんは私をある部屋の一室に案内してくれた。この部屋に来る途中の老化は荒れ放題だったのに対し、そこは比較的荒れては居らず、床に散乱している物も少なかった。

 尚吾さんはなにやら、床を触って何かを確認しているようだったので私は懐中電灯でそれを照らし、じっと待つ。


「ここだ」

 尚吾さんがそう言うと。床が剥がれ、そこから真っ暗な階段が現れた。

 階段の奥から来る生暖かい風は私の頬を撫で、髪を揺らす。


「俺が、先に行くから、あんたは階段に入ったら床を元に戻してくれ、なあに、簡単にはまるから大丈夫だ」

 いきなり用事を任され、私の顔が不安で歪んでいた事に気付いてくれた尚吾はニカッと笑い、私の緊張をほぐしてくれた。


「じゃあ、行くぞ」

 尚吾さんは階段に入り、私も後から続く。

 尚吾さんの言われた通り私は床を動かし、私たちが入ってきた場所にその床をはめる。

 ガチンッと、鈍い音と共に床ははまり、外からの微かな光も遮断した。


「良し、合格だ。今から地下に行くから、ゆっくり付いて来い。焦る事はない」

 私は頷き、尚吾さんの背中を追う。

 この旅館に地下があるとは知らず、驚くばかりであるが、それより驚くのは尚吾さんの存在であった。もし、今尚吾さんとあっていなかったら、と思うとゾッとして言葉が出てこない。

 多分、声が枯れるまで泣き続け、終いには硝子を使って自殺を考えたであろう。

 しかし、今は違う。尚吾さんが先導してくれている為、私は安心して先に進む事が出来ていた。


「階段が終わるぞ、足元に気を付けて」

 尚吾さんがそういうと確かに階段は終わっており、地下の地面が懐中電灯に照らされていた。


「尚吾さん。そう言えば、さっきは何であんな質問をしたんですか?」

 私は心に余裕が出来てきたのか、尚吾にそんな質問をする。


「っ……それは…………」

 と、尚吾さんは明らかに顔を歪め、渋い顔をする。

 唇を噛んで言葉を選んでいる尚吾さんの顔を見ると私は流石に聞くべきではなかったのだと、少し罪悪感を覚える。


「あんたが『月の満ち欠け』になってないか、確認してたんだよ」

 再び低く、野太い声が私の耳に返って来る。私はドキッとして一瞬声を詰まらせたが、再び質問する。

「『月の満ち欠け』って何ですか?」




「……………………」

 長い間の間も尚吾さんは歩みを止めず、私を先導してくれている。もしかしたらその、『月の満ち欠け』が、あの手紙を書いた人に何らかの害を与えたのかもしれない。

 私はそう思うと背筋を凍らせ、額に嫌な汗を溜める。


「伝染病だよ」

「えっ? ……伝染病?」

 意外な言葉に私は驚く。



「『月の満ち欠け』はこの町特有の伝染病だ。その病気は何百年に1回の確立で起きる爆発的な感染力を持つ病気で、それに掛かった者は………………自我を失い。人を襲う」

「っ!?」

 私は息を呑んだ。

 だが、そう考えれば説明が付く。

 誰もいない町、荒れた旅館、町を出る為の地下水脈。

 どれも、辻褄つじつまが合う。何故尚吾さんがここまで怯えているかと言う事も、何故、町を出る方法が地下水脈しかないという事も。

 それは、伝染病を外に解き放たない為だ。

 何百年に一度の伝染病と言われていても、もしその一度が、閉鎖されたこの町以外で起きたら、それこそ莫大な被害。いや、日本人が全員その伝染病にかかったら、それこそ日本は滅亡する。


「一度、『月の満ち欠け』にかかった者は自我を失い。死ぬまで人を襲い続ける。完治はありえない。何百年に一度しかないこの病気は書物で受け継がれるしかなく、対処法なんて、何処にも残っていないんだ……」

 



 尚吾さんは顔を歪めながらも、その話を暫く続けていた…………


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