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肆ノ月;  惨劇

 俺は旅館の中の惨状に呆然するしかなかった。

 倒れている旅館の備品、薄い光に照らされた壁に飛散する赤い染み、割れて床に散らばった窓硝子。

 俺の目に映る全てが異様で、今まで俺が見たことの無い惨劇が俺の目に映っていた。

 手が震える。先ほどまで、普通に歩いていた足とは思えないほど、俺の足は竦み、棒の様に、その場から動こうとはしなかった。俺は恐る恐る、壁に飛散している赤い染みに手を触れてみる。

 少し乾いているが、まだ完全には乾いておらず、指にしっとりとした湿り気が伝う。


「これは、血?」

 指の先に付いた赤い染みは明らかに絵の具やペンキではない、俺は指の先に付いた染みをズボンで拭い直ぐに壁から離れる。


「さっきの影は何処に行ったんだ?」

 先ほど見つけた影は小さいものであり、子供や女性がこんな惨劇の現場を平然と通り抜けれるわけが無い。



見間違い? いや、そんな事はない。霧で薄くなっていたとしてもこの緊急時に神経が研ぎ澄まされている状態で目の端に映った影を見間違えることなんて考えられなかった。

 何より、物音も俺の耳には届いていたし、旅館の自動ドアも開いていた。



「奥に進むしかないのか……?」

 幸い薄暗くはあるが、外からの僅かな光で旅館の中は目で見れる範囲まで明るくなっている。携帯のライトを懐中電灯代わりに使うという手もあるが、いつ圏外が直り、朱里に繋がるかわからない状態では電池残量を無駄にはしたくなかった。

 夜になれば動く事もできなくなってしまうが、今なら大丈夫であろう。時刻は14;00。

 夏の今の時期、日が沈むまでにはまだ時間がある。それまでに朱里を見つけて、この不可解な町から脱出しなければならない。



 俺は意を決し、血の匂いが充満した旅館の奥へと足を進めていった…………








 どれくらい、歩いただろ?

 5分? 10分? いや、それ以上歩いている。

 俺は、薄暗い旅館の中を細心の注意を払いながら歩き続けていた。相変わらず、壁には赤い染みがこびり付いている。しかし、その染みを付けた人たちはまだ一人も見かけていない。

 手がかりは先ほど町で見た小さな影だけ、しかしその影も今やすっかり見失って俺はただ、違和感が強くなってくる旅館の奥のほうへ歩み続けるしかなかった。

 それにしても、俺は何でこんな所に居るのだろう? 一番新しい記憶を脳の中から引っ張り出して、考えてみる。



 俺はこの町で目が覚める前は確かに自分の部屋のベットで寝ていた。

 隣には朱里がいて、戸締りもしっかりとしたはずだった。しかし、そこからの記憶が欠落している。もし、誰かに運ばれたとしても、割りと睡眠が浅い俺は直ぐに目が覚めて異変に気付くであろう。

 もし、気付かずにここにつれてこられたとしても、それは何の為に? 運んできた奴らに何のメリットがあるんだ?

 こんな惨劇を赤の他人に目撃させ、楽しんでいるなんて事はまず考えられない。そんな事をして、もし俺たちがこの町を脱出してしまったら間違いなくこの惨劇は表の世界に公表される。

 流石に現場がこんな状態では犯人を特定する事は難しいであろう…………いや、まず不可能に近い。

 しかし、やはりそれが俺たちをここにつれてきたという絶対の自信に繋がるとは考え難い。


 俺は、この町に連れて来られた経緯を考えつつ、旅館の一部屋ずつ確認していくと、ある異変に気が付いた。





「床が……歪んでいる?」

 俺は床に跪き、少し埃を被った床をノックしてみる。


    コンッ   コンッ   コンッ   カンッ


「ここか?」

 俺は木造の床の目に爪をたて、力を入れると、


 床は音をたてて持ち上がった。



 下からは生暖かい風が吹き上がっており、階段になっていた。




「何で、旅館に地下があるんだ?」

 地下は暗く、1m先も見えない。流石にこの中を明かりなして通るには無理がある。

 俺は仕方なく、携帯のライトを付けようとポケットに入れていた携帯を取り出す。



           カンッ


「っ!?」


 不意になった後ろからの物音に俺は驚き、尻餅を付いてしまう。

 心臓がバクバクなっている。俺は心臓を落ち着かせて音のした方を目を凝らしてみると、そこには



「懐中電灯? 何でこんな所に…………」

 目の前には懐中電灯が落ちていた。入ってくる時も入った後も、しっかりと目を凝らし、辺りに何か使えるものや手がかりになるような物は探した。天井の方には懐中電灯を引っ掛けるような所はないので上に掛かっていたわけでもない。

 この部屋は荒れてはいるが、今、最も必要とされる懐中電灯を見落とすわけはない。


「じゃあ、これはどこから?」


 俺は不信感を感じながらも恐る恐る、懐中電灯を手に取り、スイッチを押すと、しっかりと明かりがつき、薄暗かった部屋は光でよく見えるようになる。

 俺は息を整え、振り向くと、地下からは相変わらず生暖かい風が吹き上げてきている。




「行く……か…………」




 俺は額から噴き出る嫌な汗を拭い、真っ暗な地下を照らしながら、進んでいった…………


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