拾捌ノ月; おはよう・おかえり
展開が早すぎる気もしなくはない。
山を下りる件を書いたほうがいいかもしれない。
だけど、自分の中じゃこんなラストが好きだった。
真っ白な壁紙で統一された病室に温かい風か吹いてくる。
同じ色の真っ白なレースのカーテンが揺れ、ベッドの上で寝息を立てている朱里の長い髪も僅かに揺れる。
俺はあの洋館で朱里を眠らせた後、麓の町へと下り、無事に自分たちの住んでいた街へと帰ってきた。ただ、変わった事は朱里が目を覚まさなかった事だ。
医者の見立てでは脳波は正常で体の外も内も悪いところは一つも無い。
目覚めないのが不思議なぐらいだと言っていた。
あの事件からそろそろ一ヶ月以上が経つのだろうか? 秋が近づいてきた空は何処までも澄んでいた。
「……いつになったらママは起きるの?」
「ん〜それはね、優里がいい子にしてたらすぐに起きるよ」
俺が、ベッドの横で丸椅子に座りながら本を読んでいると、真っ白なワンピースを着た小柄な少女が、優一の膝の上に登ってくる。
そう、この少女はあの少年……カケルと一緒に居た少女。
自我を持たないニセモノと呼ばれていた少女。しかし、少女は実際にこうして俺と会話をして、笑って、怒って、泣いて、とちゃんと人らしいことをしていた。
本当は最初この子も一緒に麓に下りた後、すぐに警察に行って、この子の捜索願が出ていないか聞いたのだった。
しかし、予想は外れていた。捜索願どころか、身元も判断できる物すらもっていなかった少女は施設に連れて行くことになった。
そこで、俺はこの子を養子にすることにした。
短絡的過ぎるかもしれないが、それがこの子にとって一番いい気がしたし、この子を養子にするのは自分のためでもあった。
その時、既に予想していた朱里の謎の睡眠。その空っぽになった時間で、俺にとっては支えが必要だった。
そして、それがこの少女 優里だ。優一の『優』に朱里の『里』。
これも、ありきたりすぎるが、それでも俺たちの気持ちが込められたその名前を持つ少女、優里は俺にとって、小さな……いや、大きな支えになっていた。
コンコン
小さなノック音と共に、医師が入ってくる。
「倉嶋さん。ちょっといいですか?」
「ええ、優里。ママの事、しっかり見てるんだぞ?」
「うん、わかったよ。パパ」
本をパタンと閉じて、優里の頭を撫でてやると、優里は花の様に笑い。立ち上がった俺の代わりに丸椅子に座って、小さな寝息を立てて眠る朱里をジーッと見つめていた。
「自宅療養ですか?」
「ええ、容態は安定していますし、毎日病院通いと言うのも大変でしょう。あの眠りの原因がわからない以上手の施しようがありませんから、一度今まで住んでいた環境に戻るというのもありかと思いまして……」
医師の言う事ももっともであった。
「わかりました。じゃあ、今から戻って退院の仕度をします」
「あっ! いえ、別にすぐじゃなくても……」
「わかってますよ、だけど今したくすれば、夕方前には退院できますよ」
「そうですか」
医師は苦笑いを浮べながら、白衣の襟を直す。
別室で医師の話を聞いていた、俺は少しゆっくりめに廊下を歩きながら、朱里のいる病室へと向かう。
「何か変化があったら、言って下さい」
「すみません、いろいろと」
医師とそんな話をしていると、俺の顔に一筋の風が通る。
前髪が僅かに揺れ、俺は一瞬立ち止まる。
「? どうかしましたか?」
「えっ? ああ、いえ、ただ……もう先生達のお世話になる事は少ないんじゃないかと思ってね」
「はぁ?」
医師には優一の言っている言葉の意図が理解できないのか、小首を傾げながら一緒に歩く。
「理由をお教えしましょうか?」
「ああ、助かります」
医師は再び苦笑しながら優一の隣を歩く。
優一は笑みを浮べながら、病室のドアを開ける。
ブワッと髪の毛全体を揺らす風が吹いてきて医師は思わず目を細める。
「ふぅっ、それにしても凄い風ですな。私もカルテが飛ばないように注意……しな …………いと」
医師の言葉が止まる。
「そうですね、まぁ、俺にとってはこの強風が幸せも持ってきてくれたんじゃないかと思いますよ。あれ? ちょっとキザだったかな?」
「…………そんな事無いよ」
俺は病室に入って、はしゃぐ優里を膝の上に乗せながら丸椅子に座る。
いつも、横になって目を瞑っているはずの朱里はそこにはいない。
いるのは――
「久しぶり……で良いのかな?」
「ああ、一ヶ月ぶりだ」
上半身を起こして、微笑む朱里が、いた。
「すみません。先生。もう一度検査をしてもらっていいですか?」
「えっ!? ああ、はい」
医師も信じられないのか、素っ頓狂な声を上げて、頷き、人を呼びに行く。
「ママ、おはよう」
「うん、おはよう。ゆーりちゃん」
朱里は微笑み、少女を抱っこして頬擦りをする。
「名前……」
「えっ? ああ、優一君ならそう付けるかな? って思って」
「何だ、寝てる間に聞かれてたかと思った」
「ううん、優一君が本当に待っててくれるかどうか試す為に我慢してたんだよ? 私」
悪戯な笑みを浮べる、朱里。
その言葉が本当か嘘かはわからないが、とり合えず俺は朱里を抱きしめた。
「きゃっ!?」
朱里も急な事で戸惑う、優里も朱里の胸の辺りにしっかりと掴まり、離れるのを何とか防ぐ。
「大胆だね。優一君」
「そりゃー、一ヶ月を待ったんだからな、浮気しなかったのが奇跡だな」
意地悪な笑みを浮べる優一に朱里も再び微笑む。
「待ってってくれたんだね」
「約束したしな」
「嬉しいよ。もし、優一君がいてくれなかったら、私ずっと眠っていたままだったと思う」
「そうか、ならもう程々にしないとな」
力強く抱きしめた朱里の耳元で優一は呟く……
「おはよう、おかえり…………あけり」
終わった! 後悔はしていない! 作者です。
思いつきと偶然で始まった『夜に咲く、赤い月』。途中で止めなくて良かったわ(笑)
まあ、後書きを今まで書かなかったせいか、作品に魅力が無かったのかは知らないが、感想が一件もこなかったのが、ちょっとドキドキしてた。
まあ、他の作品を先に終わらせるつもりだったのにこっちが先に終わっちゃって、何だか自己嫌悪……
まあ、完結したからいっかなんて考えてたら来週テスト……
まあ、何とかなるしょ、それでは、ここまで読んで下さってくれてありがとうございました。
感想&評価を書いてくれれば、私は泣きます(笑)
ありがとうございました。。。