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拾陸ノ月; 『ニセモノ』

「お前は何故俺の前に現れる?」

「優一君、誰と喋ってるの?」

 ふと、俺のが背負っている朱里が不思議そうに俺の顔を覗きながらそういってくる。俺たちの目の前に居るあの少女に朱里飲めは向いていない。

 見えていないのか?

「誰って……目の前にいるだろう?」

 しかし、朱里は難しい顔をしてあの少女がいる方を凝視するが一向にその難しい顔を緩める様子はない。

「見えない……けど?」

「見えないって、ちょっと下りてくれるか?」

「えっ? うん」

 俺は赤い月が再発しはじめたのかと焦る俺の心を押さえ、冷静を保ちながら朱里を背中から下ろす。


「充血はしているけど、特に出血はしてないよな?」


「うん、名前もわかるよ」

「――――じゃあ何でアイツが『見えない』?」

 先ほどから歯車がどこかかみ合っていないことは理解していた。ただ、ここまでそれが続くと『不可解』が段々『不安』へと変わっていく。

 俺は先ほどから一歩も動かない少女に目を向け、一歩軽く下がる。


『――――私と一緒に 来て。 ほしい』

 途切れ途切れの言葉であったが、俺は少女が言う事を理解してそして断る。

「一緒に行くつもりはないな」

『彼女。   感染してる。  このままだと死。  ぬよ?』

「――っ!?」

 一瞬にして赤い月に感染した尚吾の顔が脳裏にフラッシュバックする。


 判別がつかなくなった顔。

 途切れ途切れになった言葉。

 血の涙を流す、身体と心…………

 冷静を保っていたはずの俺は死と言う言葉を聞いた瞬間。誰にでもわかるような同様をみしてしまう。

『彼女。  生かしたいなら。   ついてくる。  こないなら  彼女。 死。  ぬ』

「くそっ! わかった」

「えっ? 優一君!?」

 彼女は俺が折れたのを確認すると薄く笑い暗闇に走り出す。

 選ぶ道は最初から1つしかなかったらしい。俺はせめてもの抵抗で悪態をつきながら再度朱里を抱上げ彼女の後を追う。

「ゆ、優一君待って!」

 朱里がなにか言っているが、今はそれどころではない。

 俺は見失わない様に、そして朱里を生かすために謎の少女の後を見通しの悪い山道を越えて懸命に追っていった…………





「ハァハァ……」

 少女を追って山道を走っていた俺は流石に息を切らしていた。俺は朱里を一度下ろし膝に手を置きながら短く息を吐く。

『此処』

 顔を上げるとそこには少女とそして………………



 大きな洋館がそびえ立っていた。


「何だ? 此処は」

 明らかに異彩。

 それが第一印象であった。こんな山の中腹に洋館があること事態異彩であるが何よりこの洋館にはあの旅館と同じような負のオーラが出ていた。

「優一君……此処って」

 どうやら朱里にもこの洋館は見えているらしい。俺は少女が入っていったドアに目をやると、ドアは小さく開いており奥からは少女の小さな手が俺を誘っていた。

「朱里。あのドアの先の少女。見えるか?」

「しょう……じょ?」

 朱里は不思議そうな顔をする。別に朱里の位置からでも小さく開いたドアの奥も見えている。それなのに何も反応を示さないと言う事は朱里には見えていないのであろう。

『私  見え  な い?』

「ああ、少なくとも朱里には見えていない」

 少女は不思議そうに小首を傾げて、そして、俺たちに近づく。

 思わず、一歩。後ずさりをしてしまうが、少女に悪意を感じられないとわかると、そのまま立ち止まる。

 ペチッ

 軽い音と共に、朱里の頬が、少女によって叩かれる。

 ――いや、叩くと言うより、触るに近いものである。


「あ  れっ? 女の子?」

 朱里は先ほどまで、その存在を感じる事が出来なかった少女に目を向け、驚いた顔で頬を押さえながら少女の顔を見る。

『これ で良い。つい   てき て』

 少女は、それだけ言うと、そのまま振り向かず洋館へと入っていく。



「とにかく、入るぞ」

「うん、わかったよ」

 俺は朱里の手を引いてドアの中に入る。

 中は大きな通路が続いており少女しかいない。少女は相変らず俺たちの方を見ながら奥の部屋に先導する。

 俺たちは奥に進むにつれ強くなっていく違和感と共に奥の部屋へと続くドアに手を掛ける。

 ギィィっと現代には聞かないような古めかしい音と共にゆっくりとドアが開き、無駄に広い奥の部屋に入っていく。



「いらっしゃ〜い」

「っ」

 明らかに場に不似合いなテンションの声が吹き抜けになっている部屋に響く。声は奥においてあるソファーから聞こえ、俺たちに背を向ける形でソファーの上に誰か座っていた。

「誰だ?」

 静かに言ったはずの声もドンドン声が拡張し、響き、薄れていく。


「初めまして、倉嶋優一くんに、朱里さん?」

 ソファーから立ち上がってこちらに向かってくるのはブカブカの燕尾服を着た少年。

 まだ、どう見たって十代半ばである。しかし、何で俺はこんな少年に恐怖にも似た違和感を感じるのだろう。そう、あの旅館に入る時に感じたような、どうしようもないような恐怖。

俺たちが警戒心を強めているのに気付いたのか、少年は僅かに渋い顔をすると、直ぐに笑みを浮べる。


「失礼。僕は……そうだな〜…………カケルとでも呼んでよ」

「あなたは何で私たちのことを知っているの?」

「んん〜? あっ! ちょっと待って。そこそこ邪魔だよ」

 少年は朱里に目を向けると同時にその視線の隅に入った。先ほどの少女に移る。


「……?」

「あー! もうじれったいなぁっ!」

 ガッ

 燕尾服に合わせた靴が、しゃがんで少年を見上げていた少女の頬を蹴り上げる。

 少年少女と言っても、体格差は歴然で少女は簡単に吹き飛ばされて部屋の壁にぶつかる。

「なにを――」

「何をしてるの!」

 俺が声を上げようとした時、横から朱里が凄い剣幕で壁際でぐったりとする少女に駆け寄る。

「何でそんなに怒ってるの朱里さん?」

「何ってこんな小さな子供に手を上げるなんて!」

「別に良いんだよ〜。だって『それ』は自我なんて持ってないただの失敗作なんだから、僕を楽しませるぐらいしか『使い道』無いんだもん」

「『それ』とか『使い道』とか、この子は物じゃ!」

「物だよ」

 朱里の声を遮るようにさっきまで笑っていたはずの少年の顔と声が一瞬にして変貌する。

「『それ』は人に慣れなかった出来損ない。人の形をしているけど、自分の意思を持たないで、ただ僕の命令を聞く機械人形なんだから。それより――」

 もはや、朱里と少女には興味が無いのか少年は俺の方へ向き直り笑顔を向ける。

「君は特別な存在なんだ。『咲触れ』の様子も無いし、僕とちゃんと向き合ってられるんだから」

 咲触れとなれない言葉が少年の口から飛び出すが、今はそれは後回しだ。

「優一君。私はこの子を連れて外に出てるよ?」

 違和感を朱里も感じていたのか額に汗を滲ませ、少女を抱え出口に向かう。





「さて、それじゃあ何から話そうか?」

 俺が何かを質問するのを見越してか、それともただせっかちなだけか? 少年は燕尾服を調えつつ、俺の言葉に耳を傾けようとする。

「数百年に一度の伝染病赤い月とお前は深い関係があるだろう?」

「流石だねぇ。例外に選ばれただけはあるよ」

「茶化すな」

 俺が真面目な顔を見せると、僅かに口の端をつり上げる少年。

「お察しの通り、赤い月は僕が撒いた伝染病だよ」

 俺はこの少年の態度が苛立たし思え、今にも飛び掛りそうな自分の身体を必死に押さえつけながら表情は冷静さを保っている。

 俺はあの町で惨劇を目にしてきた。それを引き起こした張本人が目の前にいて、そしてこの事態を楽しみのうのうと生きている事が俺にはどうしても許せなかった。 

 知らず知らずのうちに噛んでいた唇から一筋の血が流れる。


「あれれっ? どうしたの優一くーん? 口から血が出てるよ?」

「朱里を治す薬をよこせ。そして、病原菌を振り撒くのを辞めろっ!」

 部屋の中に俺の声が響く。


「無理だよ。薬はないし、病原菌は止まらない」

 少年はにこやかにそう言うと先ほど座っていたソファーの方へ駆け寄り、ソファーの陰から1つの鉢を持ってくる。

「これが、赤い月の正体だよ、優一くん?」

 それは真っ赤に咲く、赤い花。

 いや、真っ赤と呼べる物ではない。これは真紅。純粋に赤い色しか混じっていない。花どころか茎も葉も赤一色で統一されていた。

 少年は驚く俺の姿を見つめ、クスクスと含み笑いをする。


「これが、――――が作り上げた赤い花さ。これが振り撒く花粉は赤い月を発症させる効果があるって訳」

 少年が言う『――――が作り上げた』と言う部分が良く聞き取れなかったがとにかく俺はその花に魅入られたのか、呆然として足が動かなかった。

「ただ、一つ。不自然なんだよねぇ……」

 少年が含み笑いをしたまま、そう言う。

「僕はともかく、何で君が赤い月に発症しないかなんだよねぇ、僕とは違って君はモルモットだったはずなのに狂う事も無くこうして平常心を保って僕の前に立っている。それは朱里さんにだって言えることだし、もう十分自我を失っていてもおかしくない時間帯のはずなのに、発症はしてるものの……進行が今までに比べて明らかに遅い」

「…………」

 俺は口を開かない。少年の言いたい事はわかっていたし、少年は聞いて欲しそうだったが態々聞く義理もなかった。

 俺が再度警戒を強めていると、少年の笑みが一生深くなる。


「つまり、君が発症を何らかの力で抑圧してるって事」

 少年は楽しそうに言う。ただ、楽しそうに……

「…………お前、何でこんな事をしてる?」

「えっ?」

 予想していなかった質問に少年の笑みが消える。


「何でこんな事をしている?」

「何でって……決まってんじゃん! データだよ! 君たちを使って赤い月のデータをとってるんだよ!」


 少年は慌てる。まるで、本能的に何かを隠すように 


「何でそんな事を始めた? 誰がお前に病原菌の事を教えた?」

「だ、誰って!? そりゃ……そりゃ…………」

 少年の言葉が切れる。振り上げて叫んでいた拳を下げて、顔を俯ける。



「お前……」


 俺の仮説が残酷なまでに、少年の心を貫く……



「お前…………『ニセモノ』だろ?」




 少年は何も言わない。


 ただ、呆然と立っている。


 そう、


 まるで、





 人形の様に…………

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