拾参ノ月; 矛盾
「どういうことだ?」
俺は空に浮かぶ大きな赤い月を見据え、呆然としていた。
確かに月が赤くなると言う現象はある。
例えば空気中に山火事や噴火などでちりが舞い、月の光が拡散され赤い光だけが人間の目に映ると言うことがある。
だが、辺りには何かが焼けたような臭いもしなければここ最近山火事や噴火の情報を耳にした事は無かった。そしてなによりも重要なのはそれが『今』起きて居ると言う事だ。
別名、赤い月と呼ばれる病気に発症した朱里を連れて外に出たら、外は大地を照らす赤い月が昇っていたなんてタイミングが良すぎる。
「朱里、大丈夫か!?」
俺は不安に駆られ、朱里に駆け寄る。朱里は空の赤い月を呆然と見つめている。
目の焦点は定まっておらず、俺の不安は増徴する。
「朱里!」
俺が大声を出すと朱里はゆっくりとこちらを向いた。目は確かにこっちを向いている。俺はとり合えず安心して立ち止まる。
『アナタ ダ レ ?』
「なっ!?」
突然、カタコトで喋りだした朱里、心臓の高鳴りを押さえる為、手を膝に付き一瞬目を放した隙に朱里の目は再び焦点を失っていた。
「俺だ! 優一だ、思い出せ! 朱里!」
俺は力いっぱい朱里を抱きしめ、耳元で朱里の名前を呼ぶ。
「 ちくん?」
「っ!?」
俺は朱里の声が聞こえたと思い少し力を抜く。
「痛いよ、優一君。如何したの? 急に抱きかかえて走り出したり、抱きしめたり……そりゃ、好きで居てくれるのは嬉しいけど、少し恥ずかしいよぉ…………」
「朱里、なんとも無いのか? 俺の名前がわかるか?」
「もちろんだよ。私は朱里で、あなたは優一君。私の夫だよ」
俺は安堵し朱里を抱きしめていた腕の力を緩め開放する。
「ふぅ、苦しかった」
「朱里、大丈夫なのか?」
俺は朱里の身体をペタペタと触って確認するが特に以上はない。焦点も定まっているし、充血はしているが、目や耳からの出血も無い。
「大丈夫だよ? どうしたの、そんなに慌てて、やっと外に出れて今から下りようって優一君が――」
「? 待て、朱里」
「えっ?」
「今なんて言った?」
「『優一君が今から下りよう』?」
おかしい。
もちろん笑い事ではない。俺は外に出てから異変を感じ朱里から知らされていた小屋を探していた。
決して山を下りようなどと入っては居ない。言ったのは朱里だ。
しかし、その朱里本人は俺が言ったと勘違いをしている。二度聞きなおして同じ答えが帰ってきた時点で朱里に間違いはない。
正確には自分の言っている事が矛盾している事に気が付いていないのだ。
こんな症状は朱里には聞いておらず、俺は焦る。
「どうしたの? 優一君。怖い顔して?」
朱里が俺の顔を心配そうに覗いてくる。別に変わった様子はない。
「いや、別に大したことじゃない。それじゃあ行こうか」
俺は朱里をひょいと抱きかかえ、そのまま山を下る。
「えっ? 優一君、恥ずかしいよ!」
それは所謂お姫様抱っこでさきほどのいきなりやられた時とは違う羞恥心が朱里の頬を染める。
「ああ、悪かったな。ついな」
俺は一度朱里を下ろし、再度。今度は朱里をおぶって山を下る。朱里は一瞬渋ったが、血の流しすぎで貧血気味なのは自分が一番良くわかっていたらしい。そのまま、渋々俺の首に掴まり、おぶられる。
「じゃあ、下りるけど。絶対上を見るな」
「……どうして?」
俺が念を押して言ったため朱里は少々不思議そうな顔で後ろから俺の横顔を見つめる。
「つ、月が出てるとは言え山中は暗いからな。俺が見落とした物をお前が見つけてくれるかもしれないだろ?」
「でも、懐中電灯があるし……」
「そ、それは……その…………ほら、俺はお前を背負っているから懐中電灯を持てないし、お前は俺が背負ってるから頭1つ分俺より高いだろ?」
「なるほど、わかったよ」
朱里は苦し紛れの俺の言葉で理解したのか、懐中電灯を構え、山中の暗闇を照らし始めた。
「ありがとう、じゃあ行くぞ」
「うん」
俺と朱里はそのまま山中をゆっくりと歩いていった……