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拾壱ノ月;  最愛

「ハァ……ハァ……」


 私は走り続けた。

 後ろを振り向かずに私はただ、全力で視界の悪い暗闇を走り続けた。

 しっかりと握りしめた手の平にはじっとりと汗をかき、その感覚が気持ち悪い。




 ――尚吾さんは言っていた。あの症状は『伝染病』だって…… 

 だから尚吾さんも発症したし、あの誰も居ない町では無言の惨劇が起きたのだ。



 じゃあ――



「きゃっ!?」


 闇雲に走っていた私は地下通路の僅かな窪みに足を取られ、短い悲鳴と共に前のめりに転ぶ。



 ――じゃあ…………私はどうなの?


「っ……」


 どうやら手の平を擦り剥いた様だ。見なくてもその独特の痛みと熱がこもっている所からそれがわかる。 

 ポケットから絆創膏と取り出そうと私は、とり合えず立ち上がり。ポケットの中を探る。


 と、私は額に汗をびっしょりかいている事に気付く。

 今まで夢中になって暗闇を走っていた為に額まで汗で濡れていたなんて思っていなかった。私は汚れるのも厭わず服の袖で乱暴に顔に付いた汗の玉を拭く。



「っ!?」


 私は不意に眩暈を感じてしゃがみ込んでしまう。

 ただ、いろいろとあった為精神的に疲れているのだろうと自分にいい聞かせるのだが、そうではない。



 立てないのだ……



 しゃがんでいたはずの私は立つどころか腰が抜けてその場に尻餅を付くような形で座り込んでしまう。足は笑っており、まるで自分の物ではない様だった。


 ポタッ


 不意に静寂とした地下通路に何か落ちる音が私の耳に微かに届く。



 ――遠くない。近い?



 そう遠くない場所で聞こえた音。私は辺りを見回すがその正体を掴む事が出来ない。



 不意に、自分の顔にまた汗が垂れている事に気付く。

 無意識の内に袖でふき取り、その袖に無意識で目をやる。



「っ!?」



 ――近い……すぐそこ



「う……そ…だ」


 暫しの停止の後、私はやっと声を絞り出した。

 袖には確かに……真っ赤な血が擦れた後が残っていた。



 毛穴が全て開く感覚に囚われ、汗がブワッと全身から出始める。

 自分の頭の中で何とかこの事を整頓しようと無理に話をつなげようとする。



 しかし、思いつかない。



 転んだ時、私は前のめりに転んだが、それは顔を打たないように無意識にしたことで、だからこそ手の平を擦り剥いているのだ。


 じゃあ、この血は?

 震える手で私は恐る恐る鼻の下を擦る。


 ……手には真っ赤な鮮血が擦れている。




 ――私は一度も鼻を打った覚えはない。



 ――私?



「私……  だ  れ

  だ  っ け?」


「っ!?」


 自分で言っている事に恐怖を覚える。

 名前、名前名前!


 私は自分の名前を必死に頭の中で思い出そうとする。しかし、出てこない。



「何で? ……助け て  よ  ……嫌だ よ

  優一 君  助け

     てよ」


 私は自分の名前がわからなくなっていた。それは発症を示しており、居るはずのない『彼』に助けを求めながら、ゆっくりとうな垂れながら、ゆっくりと目を…………閉じた。







「ハァ……ハァ……」


 俺は足元を懐中電灯で照らしながら走り続けた。

 あの男性が言っていた『赤い月』『ケジメ』。いろいろわからないことも多かったが今は朱里がこの先に居るという事実だけで、十分であった。俺は足を急がせ飛ぶ様に走る。


「――   れ」


「っ!?」


 不意に誰かの声が耳に入る。

 俺は走るのを辞め、額に溜まった汗を袖で乱暴に拭う。


 懐中電灯で照らし、その先を見据える。と、そこには確かに朱里がいた。


「朱里!」


 見間違える事はない。朱里は体育座りをして顔を膝に埋めていたが、その様子を見ればそれが誰かは俺には簡単にわかった。

 俺は朱里に駆け寄る。しかし、朱里は顔を上げようとはしない。何故? 声が届いていない? いや、そんな事はない。これだけ静かな通路なのだ。声が聞こえないはずがない。無視しているのか? いや、違う。

 俺は考えを振り切りとにかく朱里の傍に駆け寄る。


「朱里、どうしたんだ?」

 俺は彼女の肩に手を置き、俯いている顔を覗き込んだ。


「ダ   メ 」

「えっ?」


「ミナ イ  デ……」

 明らかにおかしい声で朱里は俺を拒絶する。肩に置いた手を体で揺すって落とし、より一層顔を埋めて首を振る。



「どうしたんだ! 朱里。顔を見し――」

「ミナ  イデ!」

 朱里が俺の頬に平手を加える。


「朱里――っ!? その顔……」

「ミナイデ…………ミナイデ」



 ――気づいた時には既に遅かった。

 朱里の顔は血でいっぱいだった。もう、昔の朱里の顔を確認することはできない。

 目から、鼻から、耳から……血は顔中を侵蝕し俺の時間は一瞬止まる。


「タスケ テよ。 優一君。 私 を  助 けて よぉ」

 これが、あの男性が言っていた『赤い月』。

 俺は悟った。これがあの異様な街の元凶なんだと。






「朱里……落ち着いて、必ず助ける。だから、今までの事を全て、俺に話せ」




 俺はゆっくり朱里を抱き寄せる。

 久しぶりに逢ったような愛しい気持ちに俺はなる。目の前にいる抱きしめている彼女はどれだけ外見が変わってもそれは最愛の人なのだ。俺は彼女に悟られないように涙を流した…………


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