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拾ノ月;  家族

「あんた!   俺の

   顔は

  どう    な   って いる?」

「……あぁ……ああぁ」

 声が出ない。目の前で怒っている事を理解するには暫くの時間が掛かりそうであった。しかし、自分の状態を理解できず、半ば錯乱状態の尚吾は朱里に考える時間を与えてくれない。


「俺  は  誰  ?

  顔が   わか

らない   。

 熱い   暑い       厚い

     顔がぁ  あついぃぃぃ!?」

 尚吾は顔を掻き毟り爪が顔の皮膚に喰い込む。


「しょ、尚吾さん! 止めて下さい!」

「ああぁぁあ!? 離せ! 痛い        熱い   

   俺は誰だ!?   オマエは

        ダレダ!?」

「尚吾……さん」

 唇が震える。

 尚吾の目はもう、焦点が合っていない。それどころか人間の目をしているかどうかも怪しかった。

 顔は爪により傷つけられた数本の血の線が通り、全体の顔は判断できない。



「アツ  

イ   

   ダレダ  

  オマエは オレは

ダレダァァァ!?」


 これが、『月の満ち欠け』

 これが、『赤い月』

 私の身体は『逃げろ』と命令してくる。しかし、身体は動かない。腰が抜けたのではない。

 尚吾からあふれ出る負の力に足が根を張ったように動かないのだ。



「――ニゲ   ロ」

「えっ?」

「――ニゲロ、  出口は

  このさキだ。

 ハシレ

ニゲろ!」

「尚吾さん! まだ意識が――」

「――ウガァァッァァ」


 尚吾さんの必死の声は私の耳に届く。

 しかし、私が尚吾さんに近づこうとした瞬間。一瞬光が戻っていた様に見えた目は再び光の灯火が消され、狂気の咆哮が私の鼓膜を揺さぶる。





「――――――――」



 朱里がなにを言ったのかはわからない、尚吾の咆哮によってその言葉は遮られ彼の耳にも、行った本人にも聞こえてはいなかったであろう。

 だが、確実にそして。朱里は出口に向かって走り出した。









「これは? どう言う……ことだ?」

 俺は言葉を失っていた。

 俺は確かに鼓膜を破るような咆哮を聞きつけ、ここに走ってきた。俺の考えが正しければそこには朱里がいて あの2つの死体を作り出した犯人もいると思っていた。

 だが、現実は違う。

 オレの目の前にいたのは1人の男性であった。

 死体ではない。息はある。

 だが、顔が真っ赤に染まり表情は伺えない。俺が何故、その男性が生きているとわかったかと言うと、それは荒い息を抑える肩が揺れていた事と、僅かに動いている指の動きと言うことだった。

 男性は俺に気付いている様子はあったが、襲う様子も無ければ近づく様子も無い。ただ、自分の荒い息を宥める事だけに集中していた。



「生き  残  り か?」

 男性は途切れ途切れの言葉を喋りながら俺に質問をしてくる。


「ああ、倉嶋優一だ。あんたは?」

「……くらしま?    そうか  あん た

                が    『優一』くんか……」



 明らかに俺のことを知っているように話すその男に俺は疑問を持ち、そして1つの推測を立てる。

「あんた……まさか、『尚吾』さんか?」



 電話越しに聞いた朱里と共に行動しているはずの男の名前をその血まみれの男に俺は恐る恐る聞いてみる。

 手にはじっとりと脂汗が滲み、その男性を見る俺の目が、暗闇に包まれる通路の先へと視線が移る。


「そう  だ。  あの女性は  このさきに行   った

      走  れば  す  ぐお  いつける」

「…………」


「どう  した ?」


 俺は少し悩んだが、ポケットに忍ばせていた歪んだ指輪を血まみれ男性に差し出す。男はその指輪を見ると血でふさがれた目を見開き動きが鈍い腕で指輪を握ろうとする。


「それを

 どこで?」

 割とはっきりとした口調で男性は俺から指輪を受け取る。




「この地下通路に降りて来た時に見つけたものだ。壁には大量の血が飛散していて、この指輪も血がふき取られていたみたいだ」


「ほ

か  には?」

「…………地下通路を通っている時に横穴を見つけた。そこには血溜まりに浮かぶ女性と男の子の遺体があった、…………その女性の遺体にはこの指輪と同じ物をはめていた」

「……そう     か……」



 男性は壁にもたれ掛かっていた身体を起こし、俺に話しかけていたが俺の答えを聞くとその勢いも失せ、ぐったりとうな垂れる。


「……うっ! ゴハァァッ」

「っ!?」

 耳を塞ぎたくなるような音と共に男性は盛大に吐血した。

 その吐き出した血は地面に飛散し、その飛散した血は優一の靴にも飛び散る。


「だ、大丈夫――」

「――行け!」

「えっ?」



「俺が自我を保っている時間はもう長くはない。赤い月の事は全てあの女性に教えておいた。さっさと行ってくれ、ケジメは自分でつける」


 吐血した事で一時的にはっきりと意識を取り戻したのか? 男性は今まで以上にはっきりと俺にそう行ってくる。



「『赤い月』? 『ケジメ』? 何の事だかさっぱり――」



「良いから行けっ! 死ぬぞ」

「っ!? ……わかった。朱里をここまで連れて来てくれて…………ありがとう」

 男にもう余力がないことを悟った俺はひと言、心からその男性に礼を言って走り出す。



 よくは見えなかったが、その時の男性の顔は笑っていたような気がした。















「『ありがとう』か……どれ  くらい だろうか   ?

 人に礼  を言わ   れたのは……」


俺は懐にしまい込んでいた小さなナイフを取り出す。




「朱里さんか…………幸せにな、逃げ切るんだぞ」



 俺は『優一君』から受け取った指輪を見つめ、目から涙を零した。



「まだ、血以外  も流れるんだな……

 ゴメンな、痛かっただろう。


 今、行くから ま  た3 人で

 暮ら    そう

ひとみ尚慈しょうじ…………」






 俺は目を瞑り、尖ったナイフで     自分の心臓を












      貫いた……


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