元旦の朝に
掲示板やSNSの情報からすると、ゲーム内で使っていたアイテムは現実に持ち越しは出来ていないらしい。
アキラは自分の部屋を隅々まで調べたが、それらしきアイテムを発見出来ず、肩を落とすこととなった。
「アキくん! テレビ観て!」
階下から母の声が聞こえて、アキラは再びリビングへと戻る。
リビングでは父と母が真剣な顔で壁に展開するニュース映像を観ていた。
映像のなかのキャスターは、世界に起こった異変のことを動画を交えながら説明している。
どうやらことが起こった時間に放送局にいたスタッフだけで放送をしているらしかった。
映像はSNSからの流用である。
『この未曾有の事態を受けて、各国政府はそれぞれ独自に非常事態宣言を発令、日本は自衛隊を動員して危険生物の排除に取り掛かりましたが、テロリストの宣言通り銃やミサイルなどの攻撃は効果を出せませんでした。一方で、自衛隊隊員のなかに不可思議な力を使える者が続々と発見され、彼らの力で危険生物に対抗出来ることが確認されました』
今回の件は正式にテロ事件として認識されたようだ。
そして自衛隊がモンスターの排除を計ったが、通常攻撃は通じなかった。
しかし、自衛隊のなかにどうやら魔法を使える者もいたようで、全く成果がなかった訳ではないとのことだ。
『また、これは外交筋からの情報ですが、アメリカ政府は、今回の異変の原因として、VRゲームのサーバーの乗っ取りが行われたらしいとの見解を発表したようです。詳しい情報は続報をお待ちください』
テレビの情報はなかなか有益だった。
ネットだけでは拾えない、国の上層部の見解を確認することが出来たからだ。
つくづく電気や電波が生きていて助かったとアキラは思う。
彼の両親が言っていたように、インフラがいつまで持つか不安だが、とにかく今は情報が欲しい。
『国民の皆様は、外出を極力控え、冷静に行動するようにしてください。現在外にいる方は出来るだけ可及的速やかに近くの頑丈な建物に避難をしましょう。また、今回のテロに関する情報を持っている方は、こちらの専用ダイヤル、もしくはこちらのアドレスまでご連絡くださいますようお願いいたします』
「VRゲームのサーバの乗っ取りでこんなことが出来るのかな?」
アキラはテレビが報道したなかで疑問に思ったことを口にした。
「空に描かれた文字には科学の力を逆に利用したとあったから、可能性としてはあると思う。丁度ゲームから全員がはじき出されたし、やっていたゲームのステータスが適応されているようだしね」
アキラの父が己の見解を答えた。
アキラはその返事に首を傾げる。
「いくらなんでもそんな超科学、あるのかな?」
「科学じゃないとしたら?」
「へ?」
「この世界に本当に魔法があったとしたらどうだ?」
アキラはとうとう父のゲーム脳も行くところまで行ったかと思いながら父親の顔を見たが、その顔は意外と真剣だった。
「宣言のなかに魔なる力とかあったし、本来ゲームでは物理攻撃が通じる敵に魔法しか通じなくなっていることといい、相手の魔法へのこだわりが感じられるだろ。世界中の歴史のなかには本気で魔法の研究がされていた時代もあった。いや、今でも本気で研究している人もいるらしいぞ」
「う、そ、だろ?」
科学によって生活の基盤が出来上がっている今の時代に、怪しげなオカルトなど架空の物語でしかない。
アキラは父の言葉を笑い飛ばしたかったが、現実に起きている事件を説明する方法がほかにないことも気づいていた。
ガラガラと今まで信じていた世界が足元から崩れるような不安。
昨夜事件が起きてから麻痺していた現実感が一気に襲って来るようだった。
「大丈夫よ」
そんなアキラに母がほがらかに言った。
「へ?」
「人間は案外たくましいものよ。どんな現実だって飲み込んで、そこに適応する能力があるわ。どんなことになっても、解決する手段を見つけて、平穏な生活を取り戻すことが出来る。お母さんはそう信じてる」
にっこりと笑う母のたくましさに、アキラは呆れていいのか、感心していいのか迷う。
そして思った。不安に思うのは、対処出来ない現実と対面してからでいいんじゃないかな? と。
「そうだね。ところで母さん。朝ごはんは?」
母は笑顔を深くして、アキラの質問に答えた。
「もちろん、おせちよ」
そこだけはいつもの正月となんら変わらないようだった。