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不遇ジョブ

 アキラは何気なく庭を見て、ぎょっとした。


「母さん、イモが庭荒らしてる!」

「きゃー! ホーリースプラッシュ!」

「それ強すぎるんじゃ……」


 母の多段魔法攻撃は、アキラの懸念通り、イモを殲滅すると共に庭を穴だらけにしてしまった。


「いやー! 丹精込めて育てた野菜が……」

「キャベツは死んだ。主に母さんのせいで」


 ちなみにイモというのはゲーム内の愛称で、正式名称をなんちゃらキャタピラーと言う。巨大なイモムシのモンスターだ。見た目ほとんど同じで色違いのモンスターがいっぱいいるため、プレイヤー間では緑のイモ、赤イモなどとそれぞれ呼ばれている。

 基本的に中レベル帯のモンスターだった。

 そのなかでも庭に現れたイモは緑色、一番弱いタイプの緑のイモ、安全イモと呼ばれるタイプだ。


「庭にはモンスターが入れるのか」

「お野菜は今のうちに収穫しておいたほうがいいわね。ああ、ラディッシュと大根さんがまだ未熟なのに」


 ため息をつきつつ庭に出る母を追って、父が慌ててやって来る。


「まてまて、俺が周囲を警戒するから。ソロじゃ危ないぞ」

「ソロとか言うなし」


 アキラはゲーム脳の父にツッコミを入れた。

 それにしても、とアキラは考えた。

 自分もモンスターを倒したい。経験値を稼いで現実でレベルアップを体験してみたい。そんな欲望がムクムクと湧き上がって来ていた。

 しかし問題が一つ。


「俺のジョブ、ほぼ物理特化だからなぁ」


 アキラのジョブは軽業師という。

 軽業師というジョブは、ソロや野良パーティにおいては不遇と呼ばれるジョブなのだが、固定パーティでは頼もしい存在として人気がある。

 ヘイト管理と一撃ダメージが身上のテクニカルなジョブなので、プレイヤースキルがモロに影響するためだ。


 MMOにおいて、パーティプレイで大切なものにヘイト管理がある。

 ヘイトというのは、モンスターが攻撃してきたプレイヤーに対して抱く怒りゲージと言い換えてもいいだろう。

 モンスターのヘイトは、強い攻撃を自分に与えた相手と、敵、つまりプレイヤーをサポートする相手に向けられる。

 パーティの最大火力は一般的には魔法職の攻撃魔法であるが、魔法職は装甲、つまり防御が弱い。

 紙装甲とも呼ばれていて、パーティで戦うようなモンスターの攻撃をもらうとたちまちやられてしまう。

 同じように回復職も紙装甲が普通だ。

 パーティのダメージソースである魔法職や、回復担当が倒れれば当然パーティは崩壊する。

 そうならないようにヘイトを管理する必要があるのだ。


 MMOのパーティプレイでヘイト管理を担当するのは大きく分けて二つのタイプになる。

 一つは固い防御で敵の攻撃を一身に受け、回復手段も持ったジョブ。

 一般的に盾とか壁とかタンクとか言われるのがこのタイプで、主にナイトなどが当てはまる。

 もう一つが最初に不意打ちでヘイトを取ってターゲットとなり、そのヘイトを減らさないように敵の攻撃を避け続ける回避系のジョブ。

 軽業師はこれにあたる。

 完全物理系ジョブなのだ。


「あのメッセージが本当なら、今後現れるモンスターには物理攻撃は効かないってことだし、魔法攻撃となると、MP(マジックポイント)を使う技に限られるってことになるよなぁ」


 軽業師にMPを使う攻撃がない訳ではない。

 なかでもリフレクションという技は、MPを使った大技だ。

 ただし、反射技。相手の攻撃を受けてそれを反射する技なのだ。


「不意打ちは完全物理技だしなぁ、けっこう魔法縛りは辛いぞ」


 アキラの悩みは尽きない。


「お正月休みで買いだめしてあったから、三日、四日はなんとかなるけど、今後のご飯どうしましょう」

「俺は水道や電気も心配だな。水道管は地中だからまだいいけど、電線や電柱が破壊されたら修理とか危なくて出来ないだろ」

「地面を掘って移動するモンスターもいるんじゃない? 水道管も心配」


 モンスターと戦いたいというアキラの悩みとは別に、両親は珍しく現実的な問題に悩んでいた。

 こっちも深刻な悩みだ。


「ゲームの食材とか使えないかな?」

「え? ドロップアイテムのこと?」


 アキラの言葉に、母が食いついた。

 ドロップアイテムとは、モンスターを倒した際にその成果として収得出来るアイテムのことだ。

 EOMではモンスターのドロップ率は三割といったところか。


「そう言えばモンスターのドロップどうなっているんだろう。さっき母さんかなりモンスター倒してたよな。なんか出なかった?」


 父が思いついたように言う。


「ええっとドロップ品は所持品リストに……所持品リストないわ、どうしましょう!」

「ん~」


 アキラはしばし考えて、掲示板をチェックした。そしておもむろに冷蔵庫を開ける。

 そこには、見覚えのないものとして、包装されていない謎肉と何かの果物が入っていた。


「母さんこれ」

「あっ!」


 どうやらドロップ品はホームの貯蔵庫、つまり冷蔵庫などに収納されるようだ。

 新しい世界のルールを手探り状態で確かめつつ、掲示板の情報も参考にして、自分たちからも情報を提供する。

 そんなやりとりが続き、いつの間にか夜が明けていた。

 おそらく、この年の初日の出は、暦が発明されて以来、最も誰からも認識されなかったものに違いない。

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