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ダンジョン探索は基本が大事

 その廃ホテルの一階部分の窓ガラスや入り口にはベニヤ板が張り付けてあって、本来なら入れない状態になっていた。

 しかし、VRゲームが現実化した前年の夏の終わりに訪れた大型台風によって、なんと玄関部分のガラスが完全に破壊されてしまったのである。

 地権者などの責任者がさっぱりわからなくなっている廃ホテルだ。

 そのまま修理などされずに世界が変わってしまい、今に至っていた。


「きれいに壊れているな。これだとモンスターも入り放題なんじゃないか?」


 祭が不安そうに入り口のベニヤ板をどかしながら言った。


「入り口の大きさの制限があるからあんまり大きい奴はいないと思うんだけどね」


 アキラが軽く答える。


「おい! いること前提かよ!」


 祭がまなじりを吊り上げてアキラを睨んだ。


「いや、そんなん別に気にしないっしょ。なにせダンジョン化してるかどうかの調査なんだぜ? 下手するとヤバいモンスターとかゴロゴロいるかもしれないんだし」

「ちょ、待てよ。そんな場所にハンター予備生でしかない俺たちで行くってどうかしてるぜ」

「まーまー、危なかったらすぐ引くから。検証は大事だろ」


 ケロッと答えるアキラを祭は信じられないとばかりに見た。


「アキラくんは検証魔だから」


 ゆえりが仕方ないとばかりに言う。


「とりあえず近場の危険は知っておきたいという気持ちはわかるよ。ダンジョンと知らずにこの廃ホテルを取り壊そうとしたりして、モンスターパニックが起きる可能性もあるからね」


 祐希も控えめながら、検証に賛成であることを表明する。


「お前らちょっとおかしくね?」

「斉木くんて意外と真面目なんだね。うちはノリのいい人ばっかりだからちょっと新鮮だな」


 幸子が祭ににっこりと笑いかける。

 祭はたちまち真っ赤になって、女子に対する免疫の無さを披露していた。


「なかは真っ暗だな」

「そりゃあ窓を全部塞いでるしね。あ、でも吹き抜けの部分のステンドグラスから少し光が入ってるね」


 全員が廃ホテルのなかに侵入したところで、昼間なのにやたら暗いことに気づいてヘッドランプを点灯する。

 さすがに準備のいいメンバーだった。

 そういう準備は全くしていない祭がオロオロするが、アキラから予備のヘッドランプを渡されて素直に装着する。


「備品は造り付けのものだけみたいね」


 ゆえりが周囲を見回して言う。

 テーブルセットや観葉植物などがないホテルのロビーはがらんとしてひどく寒々しかった。

 誰か以前に入り込んだのか、焚き火の跡や壁の落書きなどが残されている。


「モンスターはいない、か?」

「あっ! ちょっと待って」

「どうした、桜山?」

「あっち、奥のほう、何か動いた」


 ゆえりが示したのは、ガラスの壁で仕切られた空間だった。

 おそらく本来はカフェかレストランになる予定の場所だったのだろう。


「人間かもしれないからいきなり攻撃するなよ」


 祐希がみんなの逸る心を落ち着かせるように忠告する。


「いや、かみやん。今の世界でこんなとこに入り込んでる人間がいたら怖いぞ」

「アキラ、自分たちを棚に上げるのはやめたほうがいいぞ」


 祐希の鋭いツッコミだった。


 カフェスペース(仮)に向かった一行の足元に何かが一瞬光る。


「ん? ストップ」


 メンバー中では一番斥候(スカウト)向きなアキラがすぐに気づいて停止を呼びかけたが、それは少しだけ遅かった。

 シュン! という軽い音と共に飛び出したものが、一番先頭にいたアキラを襲ったのだ。

 その瞬間、アキラは右腕に焼けるような痛みを感じてうめいた。


「罠だ!」


 途端に全員に緊張が走る。


「サーチ!」


 賢者である祐希が分析魔法を放つ。

 床すれすれにレーザーのように浮かび上がる赤い線と、床のパネルの一つに何かの文様が浮かび上がった。


「すまないアキラ、俺が油断していた。ダンジョンなら罠があって当然だ。最初からサーチを使うべきだった」


 祐希が負傷したらしいアキラに謝る。


「いや、それを言うなら俺だろ。スカウト役なら俺だからな、イテテ」

「毒は大丈夫か? サーチかけるぞ?」

「オッケー」


 アキラの腕には羽根のないダーツのようなものが刺さっている。

 祐希は慎重にその武器に触れると、「サーチ」と唱えた。

 そしてホッと胸をなでおろす。


「よかった毒はないみたいだ。どうする? 回復薬(ポーション)を使うか?」

「あ、私が最近作った魔法があるから丁度いいから試させて!」


 祐希がポーションを荷物から取り出そうとすると、それを止めてゆえりが名乗りを上げた。


「え? 俺で実験するの?」


 アキラは嫌そうだ。


「だって回復系の魔法って誰かがケガしないと使わないじゃない」

「あ、はい」


 ゆえりの主張を受け入れて、アキラは大人しくうなずいた。

 治してもらえるならなんでもいいやという気持ちだったのだ。


「じゃあ行くわよ。湖の乙女の涙(ヴィヴィアンドロップ)

「何か好きな人を監禁しそうな名前ですね」


 アキラの軽口はともかくとして、ゆえりの発した魔法は、ほのかに光る水滴のようなものが傷口に落ちるという、見た目はひどく美しいものだった。

 凝り性のゆえりが作った魔法らしい特徴だ。


「お、いた……く、なくない?」


 傷口はきれいになったが、腕に少しの痛みを感じてアキラは複雑な顔をする。


「あ、痛みは残っちゃう?」

「おう。効き目が弱い魔法?」

「違うの、継続魔法なんだ。だいたい十五分ぐらいはどんなケガでも治り続ける効果があるの」

「お~、いいんじゃないか?」

「でも痛みが残ると戦闘時にはあんまりよくないよね。あー改良の余地ありか」


 ふうとゆえりはため息をついた。


「さて、サーチで罠がわかったのはいいが、この罠は魔法によるものだから、ダンジョン本来の罠か、魔法職の人間がやったかということになるな」


 祐希が眉をひそめて言う。

 

「出来れば人間じゃないほうがいいな。というか人間だったら何がしたいかわかんねえし」

「うーん、土地の持ち主がいたずらされないようにやったとか」


 アキラの言葉に幸子が答える。


「どんなサイコな地主だよ。ってかここの持ち主今空白状態なんだろ」

「ということはダンジョンかなぁ」

「結論は後回しにしよう。ちゃんと本腰を入れて探索するぞ」


 アキラと幸子の不毛な会話を祐希が打ち切らせる。

 疑惑の廃ホテルの探索は続けられた。


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