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プロローグ

 ファンタジー系のVRMMOの年越しイベントでは、人が多いところにみんなで集まって花火を打ち上げたり踊ったりするのが一般的だ。

 アキラが最近ハマっている「エピソード・オブ・マイン」、通称EOMでも基本は変わらない。

 運営が気を利かせてさまざまな食べ物屋とタイアップした屋台を設置したおかげで、食べる楽しみも加わってさらに盛り上がっていた。

 アキラは仲間たちと食べ歩き出来る屋台料理を口にしながら、この馬鹿騒ぎを楽しんだ。


「ハッピーニューイヤー!」

「あけおめ!」


 MMOゲームが単なる画面上の映像であった時代から、ゲーマーのやることなどそう変わりはしないと、昔MMOにドハマリして廃人とか呼ばれていたというアキラの父は言っていた。

 そのアキラの父は父で、母と一緒に年明けパーティで一狩りして来るとか言って、ダンジョンに突撃しに行っていた。二人は度を越したゲーム脳夫婦なのだ。


「普通の大人がパーティっていったらVRパーティとか思うじゃん」

「アキの両親ゲーマーでうらやましいよ。うちなんか、VRは勉強や仕事で使うもんだって頭が固くてさ」


 そんなパーティ仲間のボヤキを聞いているときだった。

 突然、ブツンという音がしたかと思うと、周囲が真っ暗闇になったのだ。

 

「なんだ?」


 周囲の喧騒もフレの声も聞こえない。

 アキラは異常を感じてVR機を頭部から外した。

 そこは見慣れた自分の部屋だ。アキラは首をかしげながらも、昔はよくあったと聞くサバ落ちってやつかと思い至った。

 ゲームを動かしているメインマシンをサーバと呼ぶ。

 今やそのようなことは滅多にないが、大勢が一気に同じサーバに接続することでそれが負荷となって電源が落ちてしまう現象をサバ落ちと呼ぶのだそうだ。


「仕方ないな。ゲーム掲示板かSNSで情報を見てみるか」


 スコープグラスを顔にセットし、電源を入れて視界にSNSを立ち上げた。


「お、書き込みスゲーな。そりゃあ年越しの一番大事なときにダウンしたんじゃお話にならないもんな。ん?」


 SNSを眺めていたアキラは違和感を覚えた。


「ありゃ? EOMだけじゃない?」


 そこにはほかのVRMMOゲームやVRMOゲームを遊んでいる最中にゲームにつながらなくなったという不平不満もたくさん書き込まれていたのだ。


「どういうことだ?」


 ふと、アキラは窓の外が変に明るいことに気づいた。

 花火かと思ったが、アキラの部屋の窓のある方向には花火を上げられるような場所はない。

 カーテンを開けて外を眺める。

 空が異様に明るい。


「アキくん! ちょっと大変!」


 一階から母親の呼ぶ声がして、アキラは窓から離れた。


「なに、母さん。そっちも狩りの途中で落とされたの?」

「そうなんだけど、それだけじゃないの!」


 何やら大騒ぎをする母の声に、アキラは部屋を出て階段を降りる。

 そう言えば父はどうしたのだろうと考えた。


「父さんは?」

「パソコンチェックしてる」

「え? あのアナログな箱のやつ?」

「アナログ言わない。かなり高性能なのよ、あのパソコン」


 どうやらリビングに母はいるようだ。

 アキラはリビングのスライドドアを開く。


「アキくん、ほら、テレビで」


 壁の一画に浮かび上がる映像はネット配信のニュース専門チャンネルだ。

 たとえニュース番組であろうとも、本来は年越しで盛り上がっているはずの今、その画面には夜空と思しきものが映っていた。


「え? なにコレ?」


 その夜空らしきものには光で文字が描かれている。


『地球の者たちよ。今宵世界は大きく変化する。抑圧されていた魔のエネルギーが、科学という抑圧者を逆に利用して現実世界に顕現したのだ。怖れよ闇を! お前たちの隣に魔物の息遣いが聞こえるだろう。単なる物理攻撃では倒せない闇の生き物たちが解き放たれたのだ!』


「なんかのイベント?」


 現実世界もなかなか楽しそうだなとアキラは思った。

 魔物かー、物理無効なら魔法攻撃が有効かな?

 ゲーマーらしくそんなふうに考えた。


「やっぱりそうだ」


 奥の部屋から父が姿を現した。


「どったの、親父」

「お、アキ。テレビ観たか?」

「ああ、なんか派手なパフォーマンスだよな」

「いや、それが、このメッセージ世界中の空に浮かんでいるらしい」


 父が深刻そうに言うのを聞いて、アキラは「へ?」と、間抜けな声を上げた。


「世界中に日本語で?」

「いやいや、その国の言葉で、というか、見る人によって言語が違っているって話だ」

「マジで?」

「マジだ」


 親子三人しばし顔を見合わせる。


「外、出てみようぜ」

「そうね!」

「おお。あ、ちょっと待て。万が一このメッセージが本当だったときのために武器が必要だろ」

「バカだな親父、物理無効って書いてるじゃん」

「まぁそれなら神官のママの出番ね!」

「いやいや」


 現実で魔法使えないだろとアキラが母親に言う前に、父がムキになって言い募った。


「父さんだって魔法剣士だぞ! もうすぐ聖騎士にクラスチェンジするし!」

「あ、それで年越しパーティとか言って狩りしてたのか」

「そうなんだよなぁ。あと一匹ぐらいでレベルアップしたのに」


 そんなことを言いながら、結局なにも準備せずに三人は玄関を出る。

 道路の手前まで出て空を見上げると、本当にあのメッセージが浮かんでいた。


「あ、ある」

「おお、すげえ」


 どうやらご近所さんも何人か外に出て空を見上げているようだった。

 そのとき、頭上からバサバサという音が聞こえて来た。


「ん?」


 アキラは何気なくその音の方向に顔を向けた。

 そこには、空の光文字を背景に、大きなコウモリのようなものが飛んでいる。


「んん?」


 いや、コウモリにしてはデカすぎないか? 確かにオオコウモリというやつは人間サイズのがいるとか聞いたことがあるが、これはちょっと何か違う。

 そうアキラは思い、じっと目を凝らす。


「人?」


 コウモリのような羽で飛んでいるデカイものの体は人間に似ていた。


「あ、これ知ってるぞ! 遺跡ダンジョンにいる、ええっと、インプ?」

「違うわ、それ、ガーゴイルよ!」


 母がアキラの知識を訂正した。


「あ、それそれ……って、エエエッ!」


 その瞬間、アキラは悟った。空の光文字のメッセージは本物なのだと。


「グギャアアアア!」


 迫り来るガーゴイルの黒い影。

 アキラは為す術もない。

 こんなことで死んでしまうのか、せっかく何か面白そうな世界になったのに!

 今にも死にそうだというのに、アキラはそんなことを考えていた。


「ホーリースプラッシュ!」


 母の声が耳元で聞こえたと思った次の瞬間、きらめく光がガーゴイルに散弾のようにぶつかった。

 その母の声に導かれるように、父が庭いじり用の剣先スコップを手に取り、肩のやや上の辺りで構える。


「我が一撃は光なり! 青銀のジャッジメント!」


 雷撃のような突き技が決まる。

 その瞬間、ガラスが砕けるような音が響き、ガーゴイルが消え去った。


「おいおい……」


 アキラは思わず呟いた。


「アキくん無事だった!」

「アキラ大丈夫か!……っ!」


 アキラに駆け寄った両親だったが、突然父親がびくっと天を仰いだ。


「父さん?」

「あ……レベルアップした」

「へ?」


 この日初めてアキラの両親のゲーム脳が現実世界で役に立ったのだった。

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