第8話「真っ白と紫」
今回は少し長めです。
二人とも起床した後に、捕まっている人たちの開放を行うことにした。それぞれ小部屋に隔離されているため、三人で手分けしてボスがいた大部屋に集合させることに決めた。
シロに索敵をお願いすると、この洞窟の中にはおおよそ40人ほどが収容されているらしい。中には、5歳にも満たないような子供から、老人までいるとのことだ。何のためにここに集められたのかは容易に想像がつくため、男の俺一人で開放するのはどうかとも悩んだが、時間が惜しいため、迅速に行動することにした。
早速行動に移すとしよう。
「俺は東のほうを中心に見てくる。レイアは西をお願い。シロは南を終えてから北のほうに行ってほしい。
俺も終わり次第すぐに北に向かうから」
「うん」
「りょーかいですご主人」
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意外と広い空間が幾つかあるな。空間を把握しながら一応警戒の紐を解かない。今の俺が全く戦えないことは十分承知している。だけれど、怠惰な行動で命を刈り取られては困る。今できることをするだけだ。
「っと、ここか…」
日本の刑務所をイメージしていたが、現実はあまりに質素なものだった。
考えてみれば、鉄格子を一々持ってくる盗賊なんているわけがない。そこには、無残にロープで巻かれた人間だったものが転がっていた。
静かすぎるとは思っていたんだ。俺は無意識のうちに一つの可能性について考えるのを放棄していた。
そう、全員死んでいる可能性だ。こんな狭い空間で放置されていたんだ。いつ自分の番が回ってくるのかも分からないのであれば、発狂したり自殺したりもするだろう。夜寝てしまったことを恨んでいても仕方がない。
俺は生存者がいないかあたりを見渡した。
適当な岩に括り付けていあるロープの先には、見たくもないものもある。一応、一人ひとりの脈がないか手首を抑えていく。
かすかに拍動が感じられる人も中にはいたため、一人ひとり背負っては、ボスのいた大部屋に運ぶ。それを数回繰り返しては、また次の部屋に向かう。
途中、レイアに出会ったが、似たようなものだった。昨日大声を出していた部屋を任せたのはレイアだ。その彼女がこのような状態の人ですら連れてきたことを考えると、希望は薄いのかもしれない。
ここに運ばれてくるまでに命を落としたものもいるかもしれない。それでも、放っておいても死んでしまったはずだ。目の前の虚ろな瞳を持つ少女を抱えながら、俺たちは何度も往復した。
最後の部屋だと思わしき場所まで来たとき、はじめて叫び声が聞こえた。多分男の人の声だ。声はガラガラで、何度も何度も同じ言葉を呼び続けていた。
「…ジ、フィ…リア…ジ…リア!」
搾り取ったかのようなその声は、うまく聞き取れないものの、人の名前を呼んでいるかのように感じた。右腕は切られたのだろうか血が滴っているし、足も変な方向を向いている。よほど抵抗でもしたのだろう、その男性に近づくことを恐れるかのように他の人々は壁に寄って縮こまっていた。
「…おにーちゃん、誰…?」
ふと気が付くと、目の前に幼女がいた。いや、きっと少女だろう。
未発達な体を隠すこともなく、ただ音にだけ反応しているように見える。時折躓いているため、視力についてはないと考えたほうが良いのかも知れない。
(この子、もしかして…目が見えないのか?いや、でもおにーちゃんと言っていた。
じゃあ、その眼はなんだ?)
彼女の眼は、真っ白だった。ただ一つのよどみもなく、どこを見ているのかすら分からない。その眼のせいか、すべてを見透かされているような、そんな感覚に陥っていた。
「助けに来ました。もし歩ける人がいるのなら、ついてきてください。
歩けない人は俺が背負っていきますので安心してください。」
そういい終えると、数人が動き始めたのを見てか、ぞろぞろと動き始めた。どうやら、この中の人たちは全員歩けるようだ。そして、この空間には眼の白い少女と、叫んでいた男性だけになった。
少女が言っていた、質問にどう答えればいいのか考えていると、男性と目が合った。そこには、まるで親の仇を見つけたかのような視線で、怒り狂ったように走ってきた。
「大丈夫だよ」
そう少女が言っていた意味がすぐに理解できた。
確かに男性の形相は血気迫るものがあったが、例外なく男性もロープで縛られている。そのためか、全力で前に出てこようとするものの、すぐに後ろに戻っていく。
ひとまず、ここまで届く距離にはいないことを確認すると、少女が再び俺に質問してきた。
「おにーちゃん、私をみて怖くないの?」
「ん?怖くないよ。ただ、“綺麗”な眼をしているなと思っただけだよ」
「き、きれい…初めてそんなこと言われた。嘘じゃないんだ、私とっても嬉しい」
思ったことをそのまま言っているのだけれど何か変な所があったのだろうか。しかし、少女の言葉が気になる。
“嘘じゃないんだ”
つまり、彼女は人の嘘が見分けられるスキルでも持っているのかもしれない。やましい心は持っていないはずだし、このまま少女には先に行ってもらって、この男性を何とかするとしよう。
「君もみんなと一緒の場所に行っててくれないかな?
俺はこの男性を何とかしてからすぐに行くよ。
あ、俺のほかに女性が二人いるから一緒にいてくれると助かるな」
そういうと、彼女は首を横に振った。こんなところで男性の叫びを聞いていても仕方がないだろう。それとも、俺のことが信用できないのかもしれない。
「お話、したいな」
かすれるような声で出てきた少女の言葉は、年代相応の内容ではあるものの、こんな場面でいうものなのかと疑問が浮かんだ。
(俺もこの子は気になる。少し情報が欲しいところだったから、村などの把握がてら話すとしよう)
そう決めると、俺と少女は会話を始めた。こんな状況になった過程には触れず、好きな食べ物、苦手な動物、どうでもいいような情報から、必要な情報まですんなりと手に入れることができた。
そう、まるで俺が何を知りたいのか分かっているかのような会話になっていた。
(この子のスキルによるものだろうけれど、検討がつかない。推測は出来ても、この世界での固有名詞で言われても困る。そのうち聞くとしよう)
「…おにーちゃん。ピカピカのおねーちゃんがこっち見てる。誰?」
軽く情報を整理していると、少女からふとそんな発言が聞き取れた。音1つださずに背後を取れる人間なんて俺は一人しか知らない。
「やっぱりか…」
そこには無表情のシロが立っていた。この状況がよくわからないからか、少女と俺、そして既に限界を迎えているであろう男性を見て、考えている。
「シロ、後で話すからまずはみんなのところに合流しよう」
「うん」
短いやり取りではあったが、シロにも思うところがありそうだ。
もっと時間が欲しい。村に着いたら一度じっくり話す機会を設けてもいいかもしれない。そう考えながら、男性のロープを切ると、項垂れながら、ゆっくりと歩き始めていた。襲う力もないのだろう、時折転倒しながらも、何とかみんなのいる大広場に向かっていった。
後姿を確認しつつ、軽くシロにその男性についていってほしいというジェスチャーをすると、親指を立てたジェスチャーが返ってきた。本当に優秀すぎてもったいないくらいだ。
「おにーちゃん、一緒にいこ?」
少女はそういうと、俺の右手をつかみ取り元気よく歩き始めた。その姿からは、年齢に見合った行動だと誰もが思うだろうごく自然なやり取りに見えた。
少女が手を上に挙げると、かすかに残っていた衣服がめくれ上がりその手をあらわにした。
そこにあった手は、毒々しい紫色をしていた。
今まで少女の体をじっくりと観察することは男としてどうなのかと思い目を逸らしていたが、そんな状況に立たされてしまった今、すぐに少女の全身を見渡した。
一糸纏わぬ姿となった少女は、薄い緑色の髪をしていて、目は真っ白。上腕までは通常の肌色になっているが、前腕から指先までは紫色に染まっている。下半身は紫色の部分はなさそうだ。
この世界の常識を知らない今、肌の色で差別するのはまずい。ただし、もし色の通りに毒系統であれば、俺たちは解毒ができない可能性もある。
俺の体は完全に動きを止めていた。
シロに続き紫の登場…ですね