第6話「奴隷」
「君、私を奴隷にしてくれない?」
その瞬間、シロから突然俺に殺意が向けられた。いや、正確には違うだろう。殺気が無造作に解放されたといったほうが正しいだろうか、目の前の女性は呼吸が荒くなっていた。俺だけじゃないことに安心しつつも、なぜシロがそんなにも取り乱したのか気になった。
「シロ、苦しい」
はっと気づいたような素振りを見せた後、すぐに息苦しさは吹き飛んだ。代わりに、冷や汗がでたが、それもすぐに収まった。
「ごめん、なさい」
もしかしたらシロはびっくりして力の制御を失敗してしまっただけかもしれない。ここは、怒らず、落ち着かせることを維持する方向で行こうと思う。
そっとシロの頭に手をのせ、できるだけ優しく、頭を撫でた。するとシロは目に見えてとろけた表情になっていき、さっきまでの殺気が嘘のように、純真無垢なシロがそこにはいた。
落ち着いたことを確認したため、ゆっくりと手を放すと、シロは小さな声で何か言いかけたが、口を閉ざしたままだったため、聞かなかったことにした。今は、彼女の奴隷にしてほしいという異常な発言について追及したいところだ。
無論、異世界にいったら、奴隷が欲しい。そう妄想したことは何度だってあるが、それと同時に、俺の稼ぎがないことがブレーキになっていた。こんな俺が人を一人養うなんて無理に決まっている、そう思うと悲しくなってきて妄想はいつもそこで終えていた。
(この世界での奴隷の立場はどういったものなんだろう?)
まずは、奴隷について聞いていくことにした。
「話をすべて聞いてから、でいいかな。実はさっき洞窟の中で目覚めたとき、記憶が何も残ってなかったんだ。おかしいかもしれないが、記憶喪失と思ってくれれば嬉しい」
そう前置きをしてから、通常しっているような当たり前の情報を一から彼女は教えてくれた。今まで頭をそう使ってこなかった俺からしたら、少し厳しいものもあったが、シロも聞いてくれているからきっと大丈夫だろう。
彼女曰く、他の国では分からないが、自分の出身国は奴隷制度があった。そして、犯罪奴隷と普通の奴隷、そして違法奴隷に分類されるという。
犯罪奴隷とはそのままの意味で、犯罪を犯した者が奴隷に落とされることを指す。男性なら鉱山など重労働な場所へ、女性なら娼館などで買われやすいという。この犯罪奴隷だけが、唯一人間として認められないような非人道的行為が行われても犯罪にならない奴隷だという事らしい。
つまりは、道端で犯罪奴隷を殺そうが、誰もお咎めなしという事だ。日本という世界観をそのまま持ってきている俺からしたら、想像しただけでぞっとしてしまう。
次に普通の奴隷だ。おれは、いわゆるメイドや執事のイメージが近いだろう。家事をこなしたり、留守を任せたり、時には戦闘用に仕上げる人もいるらしい。最低限の生活は保障しなければならず、守られない場合、奴隷の保持を剥奪、その他罰則があるらしい。ファンタジーで想像する一般的な奴隷と言っていいだろう。
家庭によっては、貧しさゆえに死なないよう、わざと奴隷に格下げを申し出るという行為もあるらしい。
最後に違法奴隷だ。これは、罪のない人間をさらってきて、強制的に契約を結ぶというものらしい。その昔、商法としてはやったものの、領地ごとに関所ができてしまい、自由に行き来できないことから、市場価値が下がっているらしく、現在はあまりいないらしい。
そして、そのような違法奴隷を持っている人間には近づかないというのが原則という。なんでも、裏の世界に顔を聞かせている人間だからこそ買えるということであるため、不用意な接点は持ちたくないためだ。
「ざっとこんな感じだけど、何かまだ知りたい?」
一通り情報を整理したが、現在で困ることは無いだろう。強いて言えば、奴隷には皆首輪をつける義務などないらしく、大体見た目でわかるらしい。そのため、現在シロと俺の関係が主従関係であるかどうかも不安定という事が一つだけ不安だ。
「主従関係をみるにはどうしたらいい?」
「それは難しいかな。鑑定のスキル持ちでも、レベルは上位でないと見れないらしいし、奴隷商の人間も、形に残したりしていないと思うから、証拠は無いと思うよ」
なるほど、ファンタジーよろしく隷属魔法みたいなものは無いらしい。この世界で生きるためには、アニメの固定観念に囚われすぎないことも重要な気がしてきた。
「ありがとう。一つ聞いていいか。
君はどうして俺の奴隷になりたがる?」
彼女は俺の名前はおろか、会ったことすらない。そのような人物に人生を左右する内容を一瞬で決めることがどうしても信じられない。見た目から俺は金持ちではないし、なぜシロの奴隷にならないかも不思議だ。
「この子、シロちゃんて言うんだっけ?
こんなに強い女の子が付き従ってる君に興味が湧いたんだよ。
あとは、今さっき働き口がなくなったもんだから、お金に困っててね…。あったら使っちゃうから、手持ちがないのさ」
「俺もお金は持っていないぞ」
「うん、なんとなくわかってたよ。けれど、その強さがあれば、お金は安定しそうだしね。良ければ雇ってほしいのだけれど、そんなに世の中信用しちゃダメでしょ?なら奴隷のほうが手っ取り早いと思ったんだ」
理屈は分かるが、どうも彼女はなにかを隠しているように見える、気がする。けれど、意図的に隠しているという事は、詮索されたくないという事だろう。ゆっくりと悩んだ結果、奴隷にすることに決めた。
ただし、奴隷商のいる街にまで行かなければならないため、そこまで同行していくという事で方向は固まった。
「ありがとね!ところで君…いや、ご主人は名前なんて言うんだい?」
「俺の名は…」
こうして俺達は自己紹介を済ませ、洞窟を後にすることが出来た。ここから最寄りの村を一つ挟んで、中規模の街があるらしい。
村の名前をティンビ村。人口200人ほどの小さな村らしい。特にこれといったものは無く、最近村長の体調がすぐれないらしい。
なぜこの情報を知っているのか尋ねたところ、「あの村はもともと盗賊の統治下にあったからね」と返ってきた。つまりは、もともと統治していた村にいき、盗賊が討伐されたことを報告してあげたほうがよさそうだ。
今更だが、彼女の名前はレイア・レーベだった。
苗字があることはこの世界では当たり前なのだろうか…?