第5話「交渉」
それにしても、ボスはシロの力量が分かったのだろうか。一合も打ち合うことなく、すぐに先生を呼ぶという事は、よほどの小心者か、力量を見れるスキルでも持っていると考えるのが一般的だろう。
「…ふ、ふざけるな!どれだけの大金を払ってやってると思ってるんだ!俺よりちょっと強いからって調子乗りやがって。お前もぶっ殺してもいいんだぞ!この人数差だ、流石に自分の命を狙われるとは思ってなかったんだろうがな。はっはっはっはぁ」
声高らかに笑っているが、ボスのほうが分かっていないのではないだろうか。自分よりも圧倒的に強いシロを目の前にして、さらに先生と呼ぶ人物を敵に回してもメリットなんてどこにもないだろうに。俺でもわかる、このボスは参謀がいないと使えないタイプか。泊はシロの強敵にはなりえない。
なんでこの世界は女が強く、男が弱いのだろう。
「だって、この子多分めっちゃ強いと思うわ。うん、私女の子を見る目だけは養っているつもりよ。大体、ここまで侵入されて報告もこないようなレベルで、詰んでるのよタイガル」
タイガルとは、どうやらボスの名前のようだ。苦虫をつぶしたような表情で、苦し紛れに俺達を交互に見ては、視線を飛ばしてくる。
「お前ら、あの男を最優先で殺せ!レイアのほうは俺が何とかする!」
シロを無視して、残りの盗賊が俺のほうに向かってきた。弱い敵からつぶし、数の不利をなくすことは常識なんだろう。そして、シロよりも俺が標的と決まった瞬間にしか動けないという事は、この男どももその程度のレベルしかもっていないという事だろう。
まぁ、俺も守ってもらう側だから、そう強くは言えないんだけどな。
きっとこの盗賊Aのような人間にも負ける自信がある。そうこう考えているうちに、敵のうちの一人がすでに振り下ろすポーズをとっていた。俺は、慌てて後ろに下がろうとしたが、既に後ろは壁であったことを忘れていた。
(まずい!やられる!!)
そう認識した後、目の前の男たちが吹き飛ばされた。明らかに何か見えない物体が飛んできたかのように、皆同じ方向に散っていった。ふと飛ばされていった方向とは逆を向くと、先生と呼ばれていた女性が立っていた。
「あら?余計だったかしら…?」
そういった女性は、今までの硬い雰囲気から、柔らかい雰囲気で語りかけてきた。助かった、そう思ったのも束の間、吹き飛ばされた男のうち一人が立ち上がり、俺のほうへ再び駆けてきた。
「集、守る」
そう言い終えたシロが、今度は女性の方向へと男を吹っ飛ばした。刀の柄の部分で男を吹き飛ばすとかどんな戦い方だよ…と思いながらも、素直に助かったことを伝えた。
「当たり前。集、私のすべて」
よく意味はわからないが、兎に角俺を無条件で守ってくれるという事だろうか。シロについてはまだまだ知らないことが多すぎるから、質問したいことが山ほどあるんだ。どこか落ち着いたら、話し合う時間を作ってもいいかもしれない。もっとこの世界のことも知りたいしな。
「あら、やっぱりお邪魔だったみたいね。その子の動き、全く見えなかったわ。本当、敵対しなくてよかった、ふふっ」
奥で独り言を言っている女性を放置しておこう。関わってはいけない気がする。なんというか、直感だ。
「待ってて。あと一人」
そう言い終えると、シロはボスのほうへと走っていった。いや、ほとんど瞬間移動といってもいいほどの速さで肉薄していた。俺はギリギリ目で終えたが、女性は見向きもしなかった。さっきも言っていたが、見えていないらしい。
「あなた、目がいいのね」
遠くから女性が俺に向かって話しかけてきた。なぜ俺に話しかけているのかわかるのだろうか、それはこの部屋に生きている人間は、俺とシロ、それにその女性だけだからだ。
シロは、一瞬で肉薄したのち、懐に潜り込み、下段から上段へと太刀筋を切り替え、一気に切り裂いていたからだ。そして、この中で唯一動いている人間はシロのみ。当然、俺に話しかけているのだろう。
「そうですか?といってもギリギリですが…」
「見えるだけでも十分誇っていいわ。あの子、何者なの。あれだけの強さを持つ人なんて、私数えるほどしか知らないわ。」
(数えるほどにはいるのか、この世界でシロだけに戦闘を押し付けてしまっていたらいつか自分の命を散らす可能性もあるというわけだ)
「俺もよく分かりませんよ。ただ一つ言えることは、シロ、彼女は俺の味方です」
「そうでしょうね。多分だけれども、私が風魔法を発動していなくても、あの男たちは死んでいたわ。あの子の手によってね」
俺も予想はしていた。きっとシロはこの距離を一瞬で詰めて、刹那のうちに敵を殺しているのだろうと。俺が驚いたのは、シロが来なかったことよりも、この女性が俺を助けたことだ。
「あの、なぜ俺を助けたんですか?」
「堅苦しく話さなくていいわよ、多分私のほうが年下だと思うし。
そうね、あえて言うのであれば、生き残るため、かな。あの場面で私が守ることで、一定の信頼が欲しかったのよ。君を攻撃なんてしていたら、私の首が飛びかねないもの。それにほら、あの子を敵に回したくないもの」
筋は通っている。俺達を値踏みするような目で見ていたのであれば、この人はもしかしたら鑑定スキルを持っているのかもしれない。
「あと、君にも興味があったからよ」
もし文字で書いたら、言葉の後ろにハートマークでもついていそうな話し方で、俺のほうに近づいてきた。そして、俺に手を伸ばしてきたところで、彼女の手は止まった。
「ご、ごめんなさい。彼を殺すようなことはしないわ。だから、その殺気を鎮めてくれない?」
彼女の顔は、明らかに怯えていた。それはほかならぬシロに対してである。アニメでしか殺気というものは知らないが、きっとシロは何かしたのだろう。
「集、この人、殺す?」
純真無垢なシロの見た目から反して、ぶっ飛んだ発言を繰り出してきた。確かに、敵側の陣営にいたわけだから、怪しいことは認める。けれど、この人は状況判断が早かった。シロの実力を見る前に、すぐに中立ないし俺たちの陣営に立つような行動をしている。今後、俺たちが不利になったら裏切るかもしれないが、今は大丈夫だろう。
「大丈夫だよ。この人は敵じゃない。」
「ん」
そう言うと、俺のそばに寄ってきた。さりげなく俺と彼女の間に入り、右手で刀をすぐに抜けるようにしていることが分かる。それだけ彼女を警戒しているという事だろう。
「情報、とる」
シロはおもむろにそんなことを言い出した。なるほど、この世界のことを知っている人から聞くのが一番だろう。シロは限定的な内容しか知らないらしいから、彼女に聞くことで少しは知識を増やしておくべきかもしれない。
「私の情報が知りたいの?なんでも答えるから、代わりに約束してほしいことがあるの」
「約束、できる立場、違う」
シロの言うこともわかる。鞍替えした彼女は、一応元敵なわけだ。そう簡単に譲歩していい人間ではないのだろう。ただ、どうしても彼女の約束内容が気になる。ここは少しのった振りをすることがいいかもしれない。
「とりあえず、その約束の内容を教えてください、いや教えてくれ」
「えっとね、シロちゃんだっけ?まずはこれを聞いても私を一瞬で殺さないでね?本当にお願い」
シロが彼女のいう事を素直に聞くとは思えない。俺に危険ないしシロに危険が及んだときのみ抜刀することを許すことで話を前に進めることにした。シロは渋々といった表情だったが一応納得してくれたらしい。
「それじゃ、言うね。
君、私を奴隷にしてくれない?」