第1話「名前」
久しぶりの小説となります。
今回の主人公の名前も集。前回が宗なので、無意識のうちにこの名前を気に入っているみたいです。
それでは、本編のほう、どうぞお楽しみください!
「あぁ、友達が欲しい…」
平然とそう嘆いてみるものの、答えてくれるものは誰一人としていない。暗い部屋の中で一人佇んでみるものの、虚しさが募るばかりだ。こうも暗く、暇を持て余していると、無駄なことばかり考えてしまう。
突然だが身の上話でもしよう。どこにでもいる、と思いたい在り来たりな人生だ。
俺には両親がいる。別に仲が悪いとか、すでに死んでしまったとかそんな小説じみた展開は無いごく普通の家庭だ。無事大学へと進学したまでは良かった。人生の歯車が狂いだしたのは大学生活が始まってすぐだった。
通っていた大学では、一人暮らしの金額に驚いてすぐに寮に入った。二人部屋で、もちろんルームメイトは男だった。遅れて入ってきた俺を温かく歓迎してくれたそいつとは、心底うまくやっていけると思っていた。
だが、寮に入って二日目。前日は歓迎会という名のささやかなパーティをした俺たちは、朝起きることも忘れ、ゆっくりとした時間を楽しんでいた。幸い、今日は講義もなく一日だらだらとしていられる、そんな日だと知っていた。
少しして、歯磨き粉がないことに気づいた俺は、コンビニに出かけてくるとルームメイトに声をかけ、徒歩5分にあるコンビニへと向かった。
「すぐに戻る」
そう言い残していた俺は、有言実行すべく、すぐに自分たちの部屋へと帰るべく足早に帰宅した。この時、どうしてコンビニに行ったのか、そう咎めてくる奴がいるのであれば言いたい。この現実を誰が予想できるものかと。
「嘘…だろ?」
両親も祖父母も健在で、人の死には対面したことがなかった俺には、その光景はあまりにもぶっ飛んでいた。頭に入ってくる情報量が多すぎて、兎に角考え続けていた。
目の前には無造作に転がったルームメイトの死体。
ロープで首をつって自殺というわけでもなく、明らかに切り刻まれた傷跡がある。どれだけの恨みを抱えていたら、このような行動ができるのだろうか。いや、そんなことは今は後回しだ。
「と、とりあえず……、そうだ!警察!けいs」
最後までなぜ俺が警察と言えなかったのか。その正体は俺の口の中から鋭利な刃物が飛び出していたからである。痛みのあまり、しゃがみこんでしまいそうになったが、ぐっとこらえているのがやっとだ。
間違いなくルームメイトを殺した犯人が後ろにいる。そう思うまでには充分な時間があった。
「… シ……ウ 」
奇妙な声が聞こえた気がした。犯人の声か、そう思ったが犯人の声は異なっていることを知ることになった。
「ど、どうなってやがる!この刀、ぬ、抜けねぇ!!!!」
先ほど聞こえた声とは明らかに声の高さが違う。では、さっき聞こえた声は誰なんだろうか。
(いや、どうせ死ぬんだ。どうでもいいか…)
走馬灯というものは、実際には無かったらしい。死ぬまでの時間がやけに長く感じた。やり残したことがなかったわけではない。
ただ、どうでもいいことかもしれないことが、最後に頭をよぎった。
(死ぬときに思い浮かべられるくらい、仲のいい友達が欲しかった)
そう思い描いた瞬間、俺の人生は終了した。
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俺をのぞき込んでいる人がいる。
そうか、俺は一命をとりとめたのか。あの出血量では助からないと思っていたが、どうやら俺は助かったらしい。人生の残り全ての運を使い切ったような気もする。
それよりも、気になるのがのぞき込んできた人だ。死んでいないのであれば、大体は両親の顔が一番に見えるか、よぼよぼの爺さん医者が目の前に現れるのが普通ではないだろうか。この人、というかこの子はどうみても看護師というような服装をしていない。
「…おきた」
その子が話した。なぜだかよくわからないが、とても透き通るような声で、聞いていてとても心が落ち着く。俺は寝ていた状態から起き上がろうとしたが、上手く起き上がれない。というかその子に肩を抑えられて起き上がることを邪魔されてしまっていた。無理にこの子をどかすわけにもいかず、まずは現在の状況を把握することにした。
まず、ここは病院ではない。上を見上げることしかできず、かつその子を視野に入れないなんてことは不可能な体制だけれども、天井は確認することが出来た。薄暗く、洞窟の中にでもいるような、そんな雰囲気がにじみ出ていた。
次に考えたのは空気だ。今まで住んでいたところは決して大都会というわけではなかったが、田舎というほどでもなかった。少なくとも、ここまで空気が淀んでいるとでもいうべきだろうか、こんな空気は初めてである。人の体臭でもここまでひどい匂いにはならないだろう。息が詰まりそうだ。
最後に、ここには俺以外にも人がいる。壁に反射しているからなのか、よくわからない内容の喧騒が聞こえる。時折悲鳴じみた声が上がっていることを考えると、悪い予想が的中しそうだ。
「…」
もしアニメならじ~という音でも入っていそうな目で、俺をじっと見つめてくるこの子はいったい何者なのだろうか。そして、さっきから力を入れて起き上がろうとしているのに一ミリも動かないって力強すぎるだろう。
「…あの~、起き上がりたいんですが」
久々に女の子に声をかけてしまった。今まで男友達もいない中、女の子に話す機会なんて全くといっていいほどなかったこの俺が。
何か深く考えているのか、一度手を放し、唸って考えている姿になぜか可愛いと思ってしまった。こんな俺の傍にいてくれる女の子に可愛いと思うなんて申し訳ない。俺なんかが言っても誰一人として喜ばないだろうに、学べ俺よ。
「うん、どーぞ」
何をどう考えたらそのような結論に至ったのかは謎だが、手を大きく開いて、さあ抱きついてこいとでも言わんばかりのポーズをしている美少女…、シュールな光景である。
「こない?」
なぜだろう、ここで抱き着いたら負けな気がする。
むくりと起き上がった俺は、再び辺りを見渡してみた。そこには、おおよそ部屋とは呼べないほどの小さな空間。起き上がって、少しジャンプでもしようものなら頭に天井が当たってしまうくらいの高さしかなかった。
改めて見てみると不思議な場所である。入口だと思われる空間には、扉もなく、無造作に掘ったのだろう岩肌が顔をのぞかせていた。その入り口は、明らかに人の力で掘られたものだろうということはすぐに分かった。
「…返事がない。…私の声、聞こえてる?」
「ごめんなさい。聞こえています。」
そうだった、俺はこの子に一度も返事を返していなかった。
すぐに敬語と謝罪が口から出てきてしまった。咄嗟に出た言葉とは言え、情けないな。色々と知りたいことがあるが、こういう時は誰かから聞くのが一番手っ取り早いだろう。
「貴女に聞きたいことがあるのですが…」
そう切り出した瞬間に、口をふさがれた。いや、正確には指を口に添えられたというべきだろう。黙っていろという合図で使ったのだろうか。よくわからず、とりあえず黙っておくことにした。少しして納得したのか、彼女のほうから俺に声をかけてきた。
「名前…」
名前、つまりは俺の名前が知りたいという事だろう。確かに初対面の人とは、始めに名前を伝えなければ会話は始まらない。そう思い、俺は名前を伝えることにした。
「俺の名前は…。俺の、おれ…あれ?」
俺の名前はなんだ?両親の名前は思い出せる。もちろん死んだルームメイトの名前も思い出せる。ただ、俺自身のことがよく思い出せない。霧がかかっているような、記憶全体が朧気に感じた。
はい、というわけで、名前すらわからない状態の集。
サクッと死んでしまったルームメイトの名前は出てきませんでしたね…