中級者が育たなくなったとお嘆きの貴兄に
私はゲーム内世界に閉じ込められたことはないんですが、けっこういろんなMMOやらMOやらソシャゲやらを渡り歩いています。そこで見聞きしたことと、ミリタリ業界で無限ループしている議論は似ているように思います。
無限ループを解きほぐすためのポイントは、次の3つの原則です。
原則1 人間はやりたくないことはやらない。趣味だと自覚していることについては、特にそうなる。
原則2 プロは食えない分野からいなくなる。この場合のプロとは、比較的短い締切内に、ある分野のアウトプットをある程度の水準を保って出せる人を言う。自腹のリソースを注いで好きなだけ時間をかけて単にすごいものを作るだけでは、プロとして生きていけないかもしれない。
原則3 人間は、承認されたい。特に、「十分にレベルの高い」相手に承認されたい。
「初心者の世話をしないとこの界隈は早晩滅びる」という話はミリタリに限らず、あらゆるゲーム内世界で聞きます。まあMMOだと、初心者がログインしても初心者レベルの野良PTがひとつも立ってない……などということが簡単に現実化するわけです。
ところが最近、「歴史雑誌は初心者ばかり相手をして、中級者を育てるコンテンツや中級者が育てる(初心者は怖がる)コンテンツを排除してしまったから、市場が広がらない」という話が聞こえてきました。
原則2に従えば、中級者向けコンテンツが提供されないのは、その消費者がいないからですし、初心者向けコンテンツがずっと売られ続けるのは、初心者なら常にいるからです。おそらくこれに加えて、昔なら東京の駅売店で本を買って大阪までに読み切っていたような、「気楽な読み物」に対する需要が初心者向けコンテンツと被っていることも大きいでしょう。
初心者を育てるのは中級者以上の義務であり、実行している俺は偉いというと言い過ぎだが、いいことをしている。そういう感覚の発言も昔からいろいろやゲームで、いろいろな趣味で、そこら中で聞こえてきますし、実際ボランティアもたくさんいます。すごく根気のいいプレイヤーが、行儀が悪くイン率もまちまちな初心者たちを育てることに自分のゲーム時間を費やし、まあイン率の高い人ほど行儀がよくないことが往々にしてあるのですがそこを頑張って、人の何倍も時間をかけてレベルを上げて行った事例が私の記憶にあります。
一般には、どこかで壁に当たります。原則3に従えば、「初心者にしか頼りにしてもらえない活動」から得られる満足には限界があるのです。ところが中級者を育てるとなると、育てる側は上級者でないと務まらないわけです。ここで原則1に戻ってしまうのですね。上級者は自分の興味に沿ってやりたいことがいっぱいあるわけです。人の興味を忖度し、時には励まして上を目指させることに自腹を切りたくないのです。ゲームで言うと、上級者同士で遊んでいる世界に混ざろうとすると装備もレベルも必要で、それは結局、「このゲームにつぎ込んでいるものの質的・量的な違い」なのです。中級者の壁を超えるのに必要なのは、壁を越えようとする人が自前で用意するリソースなのです。ここを「魔女は血で飛ぶ」とかいろいろな分野でいろいろに表現するわけですね。
だから「中級者が育たない」のは、「魔女の血を引く者が減った」のと同種の話であり、人様がどうして俺の性癖なりジャンルなりに来ないのという話であり、それはまあ他人様の人生への余計な口出しであろうと思うのです。
今の若い人は昔の若い人より平均的に現金収入が低いのは、争う余地のない事実のようです。ですが昔だって資料を貯めたり毎日10時間ゲームしてたりする人は、まあどこかに(親がかりも含め)収入源があったわけです。50年間生きてきて、不動産収入で食っている人に3人出会いました。それくらいめったに出会わないのですが、そういう旦那衆が支えている文化というものは昔からあったのだと思います。それは日本全体としては細っていくのでしょうが、およそ平均像を考えても仕方のない話ではあります。それぞれのジャンルなりに、「日本の長い午後」を生きていくことになるでしょう。
ですから道はふたつあります。ひとつは、「中級者を増やしましょう財団」としてふるまうことです。一定の活動を他人に約束できる事柄なら、受益者負担とクラウドファンディングの合計で納得できる収入が得られることもあるでしょう。何人かで誘い合えばそれぞれの負担を抑えられ、それ自体が楽しくなることもあるでしょう。もうひとつは、自分が趣味にできる範囲でだけ、限定的に中級者育成に取り組んで、他人が何を達成したとかしないとか軽々しく言わないことです。「ここには市場はないが、ここに市場があったらいいのになあ」というのは空しい嘆きだと思います。
[2019/4/8]誤植修正