西洋の爵位、階級、元帥号
グデーリアンという名字の起源はアルメニアあたりらしい……という研究書がドイツで出版されています。もちろん著者はグデーリアンさんなのですが、ハインツ・グデーリアン上級大将とはひいじいちゃんくらいまでさかのぼっても血統上の接点のない人です。ハインツ・グデーリアンの先祖は村役人の手伝い……まあマイソフの勝手なイメージでは同心の下の小物とか岡っ引きとかのレベルだった人もいて、とてもドイツ士官になれる階層ではありませんでした。ひいじいちゃんが法律家として異数の出世をして地元の名士になり、農場を買い、じいちゃんの代から若いうち軍務について予備士官として農場経営……というプロイセン上流社会の暮らしができるようになりました。お父さんは陸軍大将まで進んだ人で、その農場を買った地がポーランド(ドイツ語名はクルム、現在のヘウムノ)だったので、一家は農場を失ったというわけです。
そういう調子で、ある程度は近世以前の爵位のこと、家系のことも知らないとミリタリはやっていけないので、その過程で知りえたことを少し書いておきたいと思います。
ドイツ語圏のフライヘアは英仏のバロン(男爵)と同等の地位だとよく解説されています。実際、もともとはそうだったようですが、ドイツ語圏というか神聖ローマ帝国圏では、奉仕と保護の封建関係から切り離された「地元の名士」のようなものになりました。自分の武力をもって奉仕するものではないということです。だから何代目ということも意味をなさず、男系の子孫はみんなフライヘアを名乗り、女系は結婚するまでフライフラウを名乗りました。バロンには(もう独自の軍勢はないとしても)封地がありますから、当代のバロンは誰なのかがはっきりしているし、僭称することもないのです。
たぶんそれは、神聖ローマ帝国圏が絶えず戦場となり、フン族など強力な外敵もいて、小規模すぎる軍勢では防衛力にならない事情も関係しているのだと思います。フライヘアのひとつ上はグラーフであり、英語圏のカウント(伯爵)と同じ訳語が当てられます。これももともとは領主であり武力を持ち、大公など上位の統治者に仕えていました。ところがせめて大公クラスでないとまとまった武力を持てない実情があり、グラーフも土地の統治から切り離されて、当代の家長でなくても男系がみな名乗るものになってしまいました。グラーフ・シュトラハヴィッツ中将みたいにガチで土地持ちの家もありましたが。
だいたいファンタジー世界の物語を書く人はイギリスの制度を真似するわけですが、イギリスの制度だけを知って「これはおかしい」と爵位警察をやると、じつは大陸のほうにいっぱい変種があったりするわけです。
イギリス陸軍最高司令官は1895年までケンブリッジ公爵ジョージ(ジョージ3世の孫)でしたし、第1次大戦でもドイツ軍はプロイセンとバイエルンの太子をそれぞれ軍集団司令官にしていました。貴族制度がまだ力を持っている世界で、階級制度はゆっくりと発達していきました。例えばイギリス海軍大佐がキャプテンなのは、これがもともと「大型艦艦長資格者リストに載っている者」という意味だからです。日本はこうした試行錯誤を最後に吸収して「大佐、中佐、少佐」とまとめてしまったわけですが、フランス語やドイツ語の海軍中佐は「フリゲートのキャプテン」、少佐は「コルベットのキャプテン」というふうに、比較的小型の艦種が階級名の中に残っています。現代に比べると、職と階級が分離した当初は階級の刻みが少ない傾向があります。
元帥というのは古代中国でも「征夷大将軍」のたぐいの称号、ただし歴史的に何度も任じられている称号であり、神聖ローマ帝国元帥なども同様でした。Reichs-Erzmarschallというのはもともと、神聖ローマ帝国の儀式において王権(皇帝と名乗ったのはずっと後のことです)の象徴である剣を持つ役の王侯貴族で、帝国が形がい化してからも名誉称号として何度も任じられました。ナポレオン戦争のころ活躍したロシアのスヴォーロフは、故国での授与に先立って、イタリア戦線でサルディニア王国から元帥に相当する称号を贈られています。
近代的でない社会で、爵位や階級を矛盾なく設定するのはなかなか大変で、むしろそれはその世界に固有のルールとして作者が決めるべきものだと思っています。