星界の戦旗シリーズと宇宙戦闘
長らく執筆が止まった時期のあった「星界の戦旗」シリーズですが、順調に続巻が出始めてめでたい限りです。
異世界での戦闘と言っても、ゼロから何もかもつくることはできません。「大ウソついても小ウソはつくな」と言われるように、ワープなどの超技術を与えるものの、それ以外は知られている物理法則に忠実に書きたい……と考える書き手は多いし、そうしないと「すごい威力」「すごい不意打ち」といったものの基準点が定まらないからです。
特定の時代・地域の戦闘技術をもとにして小説が書かれることもありますし、よく考え抜かれた架空の戦闘が後続作品のモデルとなることもあります。「インペリウム」というSFボードゲームは日本語版も出て世界中で遊ばれましたが、その想定する戦闘技術はテーブルトークRPG「トラベラー」の宇宙戦闘ルールのもとになりました。
「インペリウム」の世界では利用できるワープルート、つまり移動できる星系の組み合わせが決まっています。ですからワープルートの限られた宙域では「ここを取れば後は一気に」という星系ができ、そこを守っていればイゼルローン要塞のように宇宙戦争全体を制することができるのです。
そして、ワープ能力を持つ艦艇は、持たない艦艇に比べてずっと高い建造費用・維持費用がかかります。ですから可住惑星に近いところしか移動しない艦艇や宇宙要塞がみっしりと守りに入れば、同じくらいの経済力を持つ勢力がワープしてきて打ち破ることは非常に困難です。
「星界」シリーズの宇宙戦闘は、基本的にはこのイメージを引き継いでいます。多くの「門」の結節点であるアーヴたちの帝都ラクファカールは、中立国の裏切りによって新たなルートが敵軍に提供されたことで、陥落してしまいます。それによって「アーヴによる人類帝国」の版図はふたつに割れ、互いに連絡できなくなってしまいました。しかし小さくばらばらにならず、連絡を保った相当に大きなカタマリが残り、そこから主人公たちの反撃が始まったところです。もうひとつのカタマリも苦戦しているものの、敵方は主要基地を圧倒して奪取するだけの戦力がなく、攻めきれないうちにアーヴの立ち直りを許してしまったというわけです。
もちろん、もっとディテールのある戦闘が描かれています。「襲撃艦」という新艦種が一時期には主人公たちの乗艦ともなり、それがアーヴとその敵の艦隊に差をつけていくように書かれています。この世界の平面宇宙(ワープ空間)での戦闘は「機雷」と呼ばれるミサイルが互いの重要兵器になりますが、襲撃艦は相当に大型の艦なのに機雷を持たず、機雷以外の兵器を充実させて自分自身がワープ空間で接近戦を挑む艦種です。
これに似た話は、水雷艇→駆逐艦→嚮導駆逐艦→軽巡洋艦といった「魚雷」の担い手の大型化を思い起こさせます。日露戦争のころ、日本海軍の水雷艇は100~150トンくらいでした。すでに「水雷艇駆逐艦」も登場していて、300~350トンくらいでした。これがより強力なフネを追求するうち、第2次大戦の特型駆逐艦になると2000トン足らずまで大型化したわけです。その過程で各国海軍は、「巡洋艦の魚雷搭載を諦めるか」を真剣に悩み、日本海軍は大淀型軽巡洋艦で魚雷を廃止するまで踏ん切りがつかなかったのですが、アメリカのブルックリン級軽巡洋艦(以降すべて)のようにとっとと魚雷を廃止した国もあったのです。
アーヴの敵である4ヶ国連合は、襲撃艦と同サイズで機雷を持っている(その分、他の武装で劣る)巡察艦の小型艦に対する割合を高める方向に変わりつつあると語られています。日本海軍は小型駆逐艦としての水雷艇を残し、本来のサイズでの水雷艇を作らなくなった半面、秋月型防空駆逐艦にすら魚雷を装備しましたから、4ヶ国連合の方針は日本海軍を想起させます。