仮想敵は何ですか
甲冑と矢(クロスボウを含む)は互いに相手を上回ろうと長いこと競争してきました。もちろんどちらも、「いくらまでなら出せるか」というユーザーの懐具合にも制約されました。ローマ軍団が強かったのは、ローマ人たち自身の武装と訓練に対して、例えばゲルマン人の防具が簡素だった(防御を固めるのを勇ましくないとする考え方も影響した)ことで、戦闘時間がたつほど損害比が大きくなったことが一因でした。
ギリシア人のファランクス戦法はローマ軍団によってさらに洗練され、盾を密集させて上も守れるテストゥドとなりましたが、カルラエの戦い(BC53年)ではパルティアのカタフラクト(馬と人に鎧を着せた重装騎兵)と弓騎兵の組み合わせに大敗しました。弓騎兵の矢を防いで固まっているとカタフラクトに突撃されて一方的に突かれ、反撃しようと陣形を緩めるとカタクラフトは引いて矢が降るという繰り返しだったのです。敗れて大立者クラッススを失ったローマ帝国はカタクラフトを自分の軍団に取り入れ、東ローマ帝国は長いことこの兵種を使いこなして領土を保ちました。
このように武器や戦術には「仮想敵」があります。「誰が相手でも正しい」戦術原則は、よほど基本的なものに限られるのです。ですから仮想世界の戦術が有効か無効かは、その世界のアタリマエがどうなっているかに依存します。同じ槍でも、短めのハルバードは熟練した個人が変幻自在に戦うのに適していましたが、長めのパイクを持った兵士たちが集団で戦う訓練を積むと、ハルバードの達人集団も有利に戦えませんでした。日本での長柄槍が、集権的な戦国大名の足軽隊によく使われたのも同じ理屈です。
そういうふうに考えると、ある時代の戦力バランスはどの勢力も似たようなものになるのが、むしろ当然です。ファンタジー戦争だろうと宇宙戦争だろうとそれは同じです。極端な例を挙げると、1936年に始まったスペイン内乱にはソヴィエトから47ミリ砲搭載のT-26戦車が援助され、機関銃しか持っていないドイツやイタリアの戦車を圧倒しました。窮地に立ったフランコ派は、T26の捕獲に高額の賞金をかけ、やがてフランコ派の戦車部隊はドイツやイタリアの戦車とソヴィエト戦車を両方装備するようになりました。
そのうえで「勝つ理由」「敗ける理由」をどこかに求めないと小説はできないわけです。自分で考えるより、歴史を調べて書いたほうが簡単かもしれませんよ。