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老人の過去

 決着まであと一歩のところで急に戦闘を中止させる声に驚いて、思わず剣技の発動を止めてしまった。

 せっかくベヒモスを倒せそうなだったのに。

 俺は戦闘を止めた者を確かめるために、声のあった方を見てみる。

 するとそこにはイリスに守られていた老人の姿があった。


 「待ってくれんか……」


 俺の顔を見て再度同じ内容を呟く老人を見て、ベヒモスに止めをさすことをやめさせたのは紛れもなく老人であったと確証を得た。


 この後、ベヒモスが復活してきたらどうしてくれんだと思ったが、老人が制止した後もそのような気配がないため大丈夫だろうと一先ず安堵する。この世界で最強の力と言われる聖霊力の名は伊達ではないようであった。

 おそらく致命傷だろう。しばらくは起き上がっては来れないはずだ。


 とりあえず、魔が差したような行動をした老人に対して戦闘の継続を止めた理由を聞くことにする。


 「それで爺さん。『待ってくれ』……てのはどういう意味だ? まさか、ベヒモスが回復するまで待って、俺に死ねって言うんじゃないだろうな? すまんがこの最後の一撃を逃したら俺に勝ち目は無いぞ。だから手短に頼む」


 その問いかけに対し、老人は答えることはなく、不意にベヒモスの方へ歩き出す。

 その様子を俺とイリスは何が起きているのか頭が追い付かず呆然と傍観してしまう。

 そして、老人は地に伏しているベヒモスの頭部の正面に歩み寄ると、


 「やはり、そうじゃ。あの時の魔物だったんじゃな」


 と呟いた。

 そして、昔の事を少しずつ思い出すようにポツポツと語り出した。

 


 ワシの父は無類の釣り好きで、休日になればいつもまだ十にも満たないワシを一緒に連れて、この湖や町の近隣へよく釣りにやって来ていたものだ。

 

 初めの頃は、中々魚がひっかかることがない釣りに子供ながらに退屈さを感じていたが、長い時を待ち、やっと釣れた時や、小気味よく魚が釣れる時の喜びを味わってからはこの世界にどんどん夢中になっていった。


 歳を重ねていくにつれて釣りが大好きになっていったその当時は、町でよく見かける普通の子供と違って、友達と一緒に走り回って遊んでいるよりは父と釣りに出かける方が何倍もワシにとっては楽しかった。

 

 父からは釣りに関しての知識や技術を父の知り得る限り全て教わった。

 また、幼い自分に対してこの一つだけは絶対守るようにといつも口をすっぱくして言っていた。


 『成人するまで決して一人で釣りに行ってはいけないよ』


 それが父の言ういつもの口癖であり、幼いワシに対して課した約束でもあった。

 今思えば、それもそのはずでここの湖周辺やワシの住んでいた村付近の街道は定期的に国の兵士たちや冒険者が魔物を間引きに来ているが、周辺の魔物全てを狩ることができているわけではないし、必ず安全に移動できるとも限らない。

 

 大人であれば、仮にそのような状況に遭遇したとして魔物から逃げるすべを知っているし、大体は移動中に魔物に出会ってしまったとしても低級のものが多く、荷物を放り出して逃げれば命が助かることは多い。しかし、運悪く中級や上級の魔物に遭遇してしまっても、彼らはもう成熟した立派な大人であるので死ぬ覚悟はできていた。

 

 だが、その状況に遭遇してしまったのが年端もいかない幼い子供であったならば親や大人からすれば悲惨であるというしかない。

 

 だから、ワシの父がいつも耳にタコができるくらいその約束を言っていたことにはそのようなしっかりとした理由があったのだ。それが一般的な世間での常識であり、親心により我が子がそのような悲惨な目にあってほしくないと心配していたのだ。

 

 そして、幼いがゆえにいつも父親の言うことを真剣に受け止めることができていなかった過ちと、また、大好きだった父親を喜ばせたいという純真な心をもって、その約束を破るという大罪を犯してしまう日が来た。


 そう。

 あれは今でも覚えているよく晴れた夏の日の出来事だった。

 父と母はいつものように、朝早くから日々の生活のための労働へ家を出た。

 

 その頃、ワシは十と少しばかりの歳を重ね、近くに住んでいる友達よりは少し元気なやんちゃな少年という感じだった。

 朝早くに父と母を見送り、「さて、今日は何をしようか」と考えた。

 このぐらいの歳になると町の仕事を少しずつ手伝い始めるようになるのだが、その日は今思えば運悪く休みの日であった。

 

 そういえば今日は父の誕生日だ、と思い出したワシはいつも釣りに連れてってくれる大好きな父のために何かできないものかと思った。雑貨店で日用品を買おうか、それとも父の好きな釣り関連で釣り具を贈ろうかと色々思い悩んだ。

 

 大好きな父親は一番何を贈れば喜んでくれるだろうか、と考えたワシは愚かにも自分が一人で釣った魚を贈れば喜んでくれるのではないかと考えてしまった。その魚を見せればワシが一人前の大人になったんだと父も喜んでくれるのではないだろうか。ワシは幼心に父を喜ばせたいだけにそう考えてしまった。

 

 しかしその時、父のある言葉が脳裏に過った。


 『成人するまで決して一人で釣りには行ってはいけないよ』


 それは父がいつも私に言い聞かせていた言葉だった。

 

 ワシがまだ十にも満たない頃は釣りに行くたびによく言われた言葉だが、その数も歳を重ねるごとに減っていった。だが、今もその言葉を口にすることは度々あった。

 そして、十と少しばかりの歳を重ねていたワシはどこか心の中で『自分は大人の仲間入りをしつつある』と思っていてもしまった。

 だから、一人で釣りに行くことなんて平気だろう、と。

 何よりも父親の喜ぶ顔しかしかもう頭の中には無かった。

 

 しかし、その数時間後、ワシはその根拠のない過信を後悔することになった。


 いつも父と一緒に釣りに行くときと同じ釣り具一式を持って、意気揚々と町を出た。

 町を出た時、一瞬だが、再び父の言葉が過り、念のため安全な近くの川で釣りをしようかと思ったりもした。

 しかし、川の方だと小さな獲物しかいないし、せっかく父親への誕生日の贈り物なのだから大きな獲物を狙いたい、そう思いなおしたワシは片道数時間かかる湖の方へ向かうことにした。

 湖への道中は特に何事もなく、いつも父と一緒に来る時のようにあっさりと目的地まで着いた。


 (やっぱり大丈夫だったじゃん)


 そう思ったワシはさっそく父親に大きな獲物を贈るために釣りを開始した。

 

 それから一時間くらい経過したぐらいだっただろうか。

 突然自分の後ろから魔物の威嚇するような声が聞こえた。

 それまで順調に釣りの成果をあげていたワシは、驚いて、急いで後ろを振り向くと、そこには自分の身の丈を優に超える、三メートルぐらいのヘルハウンドがいた。


 もちろん当時はその魔物がヘルハウンドであるだなんて知らなかったし、明らかに自分をエサとしてみている獰猛で巨大な犬ぐらいにしか思わなかった、今にも自分に襲い掛かりそうだということだけは理解できた。

 

 その初めて目にした巨大な魔物に対して足がすくみあがり、頭はパニックを通り越して真っ白になっていたワシはその場から逃げ出すこともできず、ただただ無力にヘルハウンドの次の行動を待つだけだった。


 そんなワシをもちろん逃がすつもりなどないヘルハウンドはこれから食べるエサに対し、その味を想像して興奮したのか『ウォォン』と一鳴きした後、ワシに向けてついに飛びかかってきた。


 飛びかかってきたヘルハウンドの行動に対し、本能から恐怖のためだったのだろうか、反射的にワシは一歩後ろに下がってしまった。

 しかし、その場所はいつも父と大物を狙うときに利用する岩場であり、波が岩を打つことによりもろくなっていた部分に不幸にも足をついてしまった。その瞬間、足もとの岩場の一部が崩れ去り、運が良かったのか悪かったのかワシは湖に真っ逆さまに落ちていった。


 湖に落ちたワシは、父に湖に落ちてしまったらどうしたらよいかということを教わっていたのだが、初めて湖に落ちるという体験と先ほどの魔物に襲われそうになった恐怖心、そして想像していたよりも激しく波打つ波というほぼ同時にやってきた出来事に対してパニックに陥り、為すすべもなく湖の中へ中へと溺れていってしまうのだった。薄れゆく意識の中で最後に目にしたのは巨大な影だけであった。


 次に意識が戻ったのは、転ぶときに感じるのを超えるような地面に叩きつけられる衝撃によってだった。

 先ほどまで湖に溺れていたという状況と地面に落ちた衝撃で意識はまだ混濁した状態でどのような状況なのか分からない。

 

 しかし、再び薄れゆく意識の中で大きな牙を二本生やした大きな口を開ける巨大な生物だけは、ぼんやりと記憶の中に残っていた。

 

 その次に目を覚ましたのは、誰かが自分のことを強く抱きしめている痛みによってだった。ゆっくりと目を開くと、そこには怒ったような、悲しいような、それでいて安心しているような父の顔があった。


 そのような表情をして、自分を抱きしめながら大きな声で何か叫んでいたのだが意識がぼんやりしていたワシは何を言っているのか覚えてはない。だが、おそらくワシが生きていたことが嬉しかったことと心配かけたせいで怒っていることを言っていたのだと思う。

 

 そして、そのワシらの傍らにはヘルハウンドの死骸が無残に転がっていた。


 「それで、その時にワシを死地から救ってくれたのが、今お前さんが倒そうとしていたこいつなんじゃ」


 老人はそう言って、怪物ベヒモスの大きな牙に手を触れた。

 すると、老人の言葉に反応したように、


 『その通りだ。ニンゲン、先ほどは急に襲ってしまいワルカッタナ。だが、オマエラが急に変な術をこの湖に対して使うのがワルインダぞ』


 と、突如として頭の中に直接言葉が送られてくるような感覚がした。

 いや、実際直接頭の中に誰かが話しかけてきているのか。


 『湖が光ったシュンカン、沸々と怒りがわいてキテ、『ただ、タタカイタイ』という感情しかナクなってな。気が付いてたらオマエタチを襲っていた』


 「うぉ! しゃべった?!」


 やはり、話しかけてきていたのはベヒモスだったようである。

 というか、ベヒモスの言っている事を信じるならばやはり俺たちが襲われた原因はイリスの放った精霊術のせいだったようだ。

 

 それよりも、頭に突然言葉が流れ込んでくるのはこの感覚はびっくりするな。また来るだろうと分かっていてもビクッとしてしまった。


 「そうだったのか。元はと言えば俺たちが何も知らずに術をかけてしまったんだ、むしろ謝るのは俺たちの方だよ。すまなかった」

 『うむ、オノレもこのような精霊術でリセイを欠いてしまうナドまだまだ未熟であったとイウことだ。だから、そのシャザイを受け入れよう。オノレは寛大ダカラな!』

 「そうか。そのありがたい言葉に感謝するぜ。それで術はいつ解けたんだ? まさか俺に水刃を沢山お見舞いしているときじゃないだろうな?」


 老人がベヒモスの牙に手を置いた時にはもう術が解けていたと思われるので気になって聞いてみた。


 『ニンゲン、貴様にオノがキバを折られた時だ。頑丈なオノレでも流石にアレは痛かったゾ。キサマハ手加減というものを覚えた方がヨイナ。おかげでジュツガ解けたのダガナ。ハッハッハ!』


 実に愉快という感じでベヒモスは笑いながらそう答えた。

 俺は死ぬ気で戦っていたんだけどな。どうも、気が抜けてしまうやつである。


 「ちなみにそこにいる爺さんを昔、死に際から救ったことがあるっていうのは本当か?」


 急に巨大な怪物がしゃべりだし、そして俺と淡々と会話を開始したことに未だに頭が追い付いていないのかそれとも驚愕しているせいか目を見開き、口をポカンと開けてこの光景を眺めていた老人の話題へとベヒモスへ話を振った。

 

 すると、怪物なので表情が分からないがきっと懐かしそうな表情をしたベヒモスは、いや、この場合は雰囲気を醸し出しているの方が適当か。


 『ウム。覚えておる。彼これ何十年か前にヘルハウンドに襲われ、ミズウミで溺れかけていた少年の面影がアルナ。未だに壮健でアッタカ。ハッハッハ!』


 ベヒモスのその言葉にハッと我に返った老人は、


 「その節は助けて頂いて本当に有り難うございました。貴方様のおかげでこうしてワシは生きていることができております。貴方様はワシの命の恩人で、ずっとお礼を言いたかった。本当になんと感謝の言葉を申し上げたら良いか……」


 本当に感謝していますという態度でベヒモスに頭を下げ、子供の頃の自分に行ってくれ

たことに対する感謝の言葉を述べる。

 老人の感謝にベヒモスは、


 『ウム、気まぐれでタスケタことであるが、礼を言われてワルイ気はしないナ。キサマを助けたことはヨカッタことだったのかもシレナイ。その礼のコトバ、我と闘ったニンゲンのシャザイと同様に受け入れるヨウ』


 気にするな、という風に言っているがその実どこか照れくさそうな雰囲気でそう老人に

言い渡すベヒモス。

 その後再度老人が礼を言った後、


 『オノレは闘いのキズを癒すために湖の底にカエルことにする。気が向いたら再びアオウではナイカ、ニンゲン! ハッハッハ!』


 と、さっきまで俺と命を懸けた戦闘をしていたのが嘘のように晴れやかな声を響かせながら『ザプンッ!!!』と湖面に大きな水柱を上げて去ったのだった。

 ベヒモスが去ったのち、自分の長年の夢が叶ったことと命の恩人に感謝の言葉を送れたことは俺たちの協力があったからこそだと何度も頭を下げて俺たちに礼を言った後、慣れた手つきで釣り具をまとめると自分が来た町へと老人は去っていった。


 ちょんちょん、と肩を叩かれて横を振り向くと今まで一言もしゃべらずにここまでの詳細を見ていたイリスが、

 

 「あんた、私の事忘れていたでしょう?」


 と、顔に、可愛らしいがでもどこかちょっと怖さを感じさせる笑顔を貼りつかせて俺に

そう言った。

 

 実際、若干イリスの存在を忘れていた俺は何か言い訳のために口を開こうとして――


 『ボフッ』


 ――イリスの無くはない女性らしい柔らかさを感じる胸元に倒れ掛かるのだった。


 (アァ、シアワセ)


 薄れゆく意識の中でそのように思ったのはもちろんイリスには秘密である。


お読み下さりありがとうございます。

ちょっと王道くさい話ですね。

だけどこういう展開結構好きだったりします。

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