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イリスとのおでかけ

 「うぅー、想像してたお出かけと何か違うと思うのよ」

 「何を言ってるんだ。約束した通り、ちゃんと二人で遊びにきているじゃないか。何が違うんだ? イリスが『あんたがエスコートしなさいよ』って言うから、それじゃあという事でここに来てるんだろ」

 「私が想像してたのは、町でショッピングしたり、ランチしたり……せっかくいつもよりおめかししてきたのにゴニョゴニョ――」


 イリスは俺に何か言いたげな顔をしながら小さな声でぶつぶつと呟いている。

 どうせ、また俺に対して文句やら不満やらなにやら言っているとは思うのだがそんなことはいつものことなので、大して気にせずにまだぶつぶつと呟いているイリスに向かって、


 「何だって? すまん、声が小さくてよく聞こえなかったからもうちょっと大きな声言ってくれないか」

 「うっ――……もうっ! 何でもないわよ! あんたに期待してた私がバカだったわ。シン、あんたはそういう人だものね」


 確認してみたのだが、いつも通り怒られてしまった。

 気にしてないとはいえ、一応は気になるのだ。


 「突然怒ったり、落ち込んだり、哀れんだり忙しいやつだな。というかなぜ俺を哀れむ、俺何か変なことでもしたか?」


 そうなのだ。

 いつもなら怒られて終わりであるはずなのに今回に限っては、俺を哀れむような眼で見て何かを諦めたような顔をしている。

 そのような表情をされるのは俺自身一つの文句を言いたくなるぐらい不服なのだがここでまた何か言えば、再度怒らせてしまうのは目に見えているのでこのまま黙っていることにした。


 「いいわよ、もう。この話はこれでおしまい! ええいっ、こうなったらとことん楽しんでやるわ! ええ、そうよ。骨の髄までしゃぶりつくしてやるぐらいの勢いで楽しんでやるわよ! 覚悟しなさい魚ども(・・・)!」


 どこか吹っ切れた様子のイリスは、さっきまで何かに対して鬱々としていた態度など無かったかのようにそのように宣言したのだった。


 先ほどイリスが『魚どもぉ』と言っていたように俺たちは、自宅近くの湖に釣りにやってきている。


 昨日イリスと二人で出かけるという約束をしてしまった以上、その約束を反故にするわけもなく、こうして指切りの清算をつけに来たのだ。一緒にどこかへ出かけるという提案は元々イリスのものだったが、出かける場所は俺が決めろと言うので、それならば前々から来たいと思ってた釣りに来たわけだ。

 

 実は、この前、王都で新しく発売された耐久性が売りの釣り竿が近隣町の行きつけの店に入荷していた。冒険者時代から釣りに関しては、食糧調達もできるということで嗜んでいた。  

 また、そのせいもあって釣りが割と嫌いではなかった俺はその新型の釣り竿を見た時、ついつい財布のひもを緩ませてしまったというわけである。

 その時に、あいつらも一緒にやるかなっと思って複数本買っておいた。

 それが今役立っているのである。


 「それで、ここってどんな魚が釣れるのよ?」


 釣り竿を持ったイリスが俺の方を振り向きながら、可愛らしく小首を傾げならそのように尋ねてくる。


 「いや、俺もぶっちゃけここに釣りに来たのは今日が初めてなんだよ。だけど、町で聞いた話によると、大きいのから小さいのまで色々な種類の魚が釣れるらしいぞ? 比較的水生の魔物が少ないから普通の魚が繁殖してるんだってさ。あと、それと、噂だがこの湖にはめちゃくちゃ大きい『ヌシ』がいるらしいぞ。それも人を一飲みできそうなぐらい大きいらしい。」


 釣り具を店で買った時に店員に聞いたことだから定かではないが、それぐらい大きいヌシがいるそうで、その噂を目当てに時たまここまで釣りに来る人がいるらしい。

 それでも、近くの街でもここにくるまで数時間かかるのでわざわざここまで釣りに来る人は少ないらしいとかなんとか。

 休日などになれば時間があるから少ない数ではあるけれども、人は来るらしいが、俺の自宅からは、今日俺たちが来ている『釣れる』というスポットは木々に隠れていて見えないためその真偽は分からない。


 「そうなの。それじゃ、シン、せっかくなら勝負しない? より多く魚を釣った方が一つ何でも言うことを聞くっていう条件でどうかしら?」


 今では釣りに対してとことん楽しんでやるぞっと活き込んでいるイリスが俺にそう勝負を持ち掛けてきた。


 確かに、どうせ釣りを楽しむのならたまにはそういうのも面白いかもしれないなと思った俺は、


 「よっしゃ、乗った! 一つ言っておくが手加減はしないぜ? ふっふっふ、釣りの勇者と言われた俺に勝てるかな? あぁ、あとちなみに精霊術は禁止だからな。あれはお前の話を聞く限り勝負にならなそうだから……技量のみの勝負で頼む」


 もちろん、『釣りの勇者』などとそんな風に言われたことなどないのだが、ノリで言ってみた。

 

 ノリは大事だ。

 ノリで言ってみると意外と本当に釣りがちょー上手い人に思えてくるのだから。

 

 精霊術に関しては、昔イリスが「これさえ、あれば狩りなんて余裕よ」とかなんとか言っているのを聞いたことがあり、実際いつも狩り当番のイリスは必ず――魚は滅多に獲ってこないが――大物を獲ってくるので本当のことなんだろうと思い、一応念を押しておく。

 

 こういう勝負は、魔法とか術を使わない方が燃えるからな。そもそも、そんな術を使われたら勝負にもならない気がした。


 「何そのダサい称号……。まぁ、いいわ。精霊術が無くても自然と私の周りには魚たちが寄ってくるに決まっているもの。ふっふーん、その言葉後悔しないことね。狙うのは、この湖のヌシよ! あとで吠え面かいたって知らないんだから」


 その自信の源はどこにあるのかは分からないが、さも当然ねという雰囲気で断定し、ヌシを釣って見せると宣言しながら再度俺に向けて宣戦布告してきた。

 

 もちろん、その布告に対して無条件降伏するつもりなど毛頭ない俺は――


 「その言葉そのまま返してやるよ。泣いて謝っても、もう知らないぜ。この勝負はいただいた! 命令は何にしてやろうか、はーはっはっはっはー」


 漢としてイリスであんなことやこんなことをさせるのを想像しながら、ニマニマと言い返した。


 「ちなみに、エロいことは禁止よ! その顔気持ち悪いから今すぐやめなさい!」


 一言も俺の願望ゴフンッゴフンッ――何をお願いするか言っていないのにそう釘をさされてしまった。

 いや、もしかしたら顔に出ていたのかもしれない。

 いやいや、まさか、その前に俺はまだ男ではないのだからそのような不埒なこと考えるわけがないじゃないか。あはは、とんだ誤解である。ぷんぷん。

 

『ぷんぷん』

 

……うん。自分で使っておいてこう言うのはなんだが、男が使うとちょっと気持ち悪かったな。




 そんなこんなでスタートした俺とイリスの勝負だったが、情報通り結構ポンポン魚が釣れて楽しい。

 それよりも、やはり、ここの湖はいいなぁ。

 

 キラキラと太陽の光が反射して輝く湖面。

 少しだけ暑い日差しが差す岩場で、水によって冷やされたちょうどいい涼風が体を通り過ぎていく。

 耳に入ってくるのは心地のよい波の音と野鳥のさえずり。

 

 あぁ、癒されるぅ。

 

 そうだよ。これこそがスローライフって感じだよ。

 スローライフって人によって色んな考え方があるけど、これが俺の考えるスローライフなんだなとしみじみと思うね。

 そんな風に俺が幸福感に包まれていると――


「おやおや、これは珍しいことに今日は先客がいるのぉ」


 釣りを楽しむ俺たちの後方からしわがれた声が聞こえた。

 その声に振り向いてみると、釣り具を両手に持って顔をニコニコとさせ、いかにも好々爺と言った風な老人が立っていた。

 もう結構な歳を重ねているのか、彼の腰はすこし曲がり始めており、四肢も細く、その顔と手にはわずかでない皺が刻まれていた。


 「おう、俺たちはここの湖の近くの家に住んでいるんだ。それでちょっとした約束を果たすためと食料の調達も兼ねてここに釣りにきたんだ。で、爺さんは?」

 

隣から「……食料調達も兼ねていたのね」というつぶやきが聞こえてきたが、一度言ってしまった発言の撤回もできないのであえて自分の失言に気づかないふりをして、黙して老人の返答を待った。

すると老人は、


 「ワシは、そうだねぇ、かれこれ五十年くらい、休日になればここに釣りをしにきててな」

 「すごいな、五十年もここで釣ってんのか。なんでまた、五十年も休日になればここに釣りに来てるんだ? 趣味か? それとも俺たちみたいに食料調達が目的とかか?」


 と、そのように聞いたのだが、俺の聞いたこととは異なる答えが返ってきた。


 「それはワシの夢のためじゃよ。ワシの夢はここのヌシを釣ることでな」

 「爺さんヌシを見たことがあるのか? 単なる噂じゃなかったのか?」


 噂程度のものだと思っていたヌシが本当にいるかのように言う老人に思わずそう聞き返してしまった。


 「うむ。一度目にしたことがあるんじゃが、あれはとんでもない大きさじゃった。それはもうほんとに言葉では言い表させないくらい大きかった。ワシはヌシのその大きさに見惚れた。釣りが好きじゃったワシは不覚にもその大きなヌシを釣ってみたいと思ってしまったんじゃ。それ以来ワシは休日になれば欠かすことはなくここに通っているというわけじゃよ。それでいつものようにここに来たらそなたら二人がいたというわけじゃ」


 なんともまあ、ある意味壮大で時間の要する夢である。

 爺さんの夢が気になった俺は、


 「すごいな……。それで、その夢とやらは叶いそうなのか?」


 そう尋ねると、


 「いいや。実は初めてヌシを見た日からその姿を見たことはないんじゃ。だから、この先も釣ることができるか分からないんじゃ。もうワシも長くはない……、だけど、諦めきれずにこうして今日もまたここに足を運んでしまったんじゃよ。くだらない夢かもしれないが、長年続けてきたことだから後には引けなくてな。笑うなら笑ってくれて構わんぞ、そんな夢叶わないだろうって。でも、老い先短い人生じゃ、せっかくなら最後まで粘ってみてもいいじゃろ。それでももうワシにできるのはこうしてここに足を運ぶことだけじゃけどな」

 「何言うんだ、爺さん。俺にそんな他人の夢を笑う趣味なんてねえよ。その夢、すごいじゃないか。そんな長い間、一つの夢だけを追っかけ続けられるなんてなかなかできるもんじゃないぜ。もし……もしよかったら俺たちにもその夢を手伝わせてくれないか? 爺さんの話を聞いていたら、なんかほっとけなくなっちまってな。応援したくなっちまった。――なぁ、イリスもいいだろ?」


 老人の話にいつのかにか感化された俺は意識せずに口からそう言葉を発していた。

 実際のところは、老人の諦めたような、そしてそのせいで弱気に見える表情を見てしまって、老人のために何かしてやれないかと思ってしまったのだ。

 隣で同じように話を聞いていたイリスは、すぐに大きく頷きを返し賛成の意を示してくれた。


 「もちろんよ。私もその案に賛成だわ。お爺さん、私も手伝わせてもらってもいいかしら? まだその夢を諦めるには早いわよ!」


 イリスが俺と同様に老人に対して手伝いを申し出ると、


 「いいのかい? そなた達の邪魔をするつもりはなかったのじゃが。せっかく釣りを楽しんでいたようだし、楽しい時間をワシの独りよがりの夢に付き合わせてしまうのはな……」


 むしろ俺たちの邪魔になるのでは、と心配した老人が俺たちにそう聞いてきた。


 「とんでもないぜ。俺たちは爺さんの夢に感化されたんだ。むしろ手伝わせてもらいたいぐらいだ。それこそ俺たちの方が爺さんの邪魔にならないか?」

 「そんなことはない。ワシも、もう長くもないからここまでくれば藁にでもすがりたいぐらいじゃった。それじゃあ、よろしく頼むよ、お二人さん。ありがとう」

 「おう、任せとけ! それにまだ礼は早いぞ? なに、こっちには一流の精霊術師がいるからな、大船に乗ったつもりでいてくれよ! というわけでイリス、前に言ってた精霊術って使えるか?」


 少しでも老人の夢の実現を近くするために俺は先ほど使用禁止を告げていた精霊術をイリスに使うように頼んだ。


 「えぇ、使えるわわよ。じゃあ、さっそくいくわね。精霊よ、世の理を――」


 さっそくイリスは目を閉じ、詠唱を開始した。


 「――ファラクス!」


 十数秒ほど続いた詠唱が終わり、目の前に広がる湖が一瞬だけまばゆく輝いた。

 

 これでこの湖の魚が寄ってきやすくなるはずよ、と告げるイリスの言葉に頷き、俺たちは各々の釣り竿を再度湖に向けて投げ入れるのだった。


 しばらくして。

 俺の釣り竿に獲物が引っかかったようで、竿がすごい勢いでしなっていく。

 今日ばかりは、耐久性の高い釣り竿を新調したことは幸運だった。

 今まで使っていたような釣り竿ならば今頃ポキッと容易く折れてしまっていただろう。

 

「おぉ! さっそく来た。こりゃめちゃくちゃでかいぞ、本当にヌシがきちまったんじゃないか?! ちっ、二人とも手伝ってくれ!」


 俺の手に余るぐらいの強い力で引っ張られることに危機感を覚えた俺はすぐに両隣で同じく釣り竿を構えていたイリスと老人に助けを求めた。

 

 身体強化の術を自らに施した俺とイリスの力のかいもあり、やっとのことで大きくしなる釣り竿を引っ張り上げると――


 『ザバ――――――ンッ!』


 と勢いよく大きな影と共に水が吹きあがり、かわす暇も与えず俺たち降りかかる。


 「うぉぉ!」「きゃぁぁ!」「じゃぁぁ!」


 ドス―ンと後ろで大きな音がした瞬間、

 三者三様の叫び声をあげながら俺たちはもろに大量の水を被ってしまう。


 「うぅ。何よぉ、もう。びちゃびちゃじゃないのよ」


 俺の隣で地面に女の子座りの状態で、フリルのついたブラウスと珍しく緑色のスカートを着てきていたイリスが、髪の毛から水分を滴らせながらぼやいていた。

 

 濡れたブラウスからうっすらと透ける下着と濡れた髪の毛により、普段イリスが見せることのない艶めかしさを醸し出していた。

 そのイリスの様子を見た俺は思わず、ゴクッと唾を飲み込み、じっと見惚れてしまい目を離すことができなくなってしまっていた。

 

 そんな俺の視線に気づいたのか、


 「ちょっ?! 何見てるのよ! 変態! バカ、アホ、シン!」


 一気に顔を真っ赤にさせたイリスはフルフルと肩を震わせながら俺をキッと睨み、罵ってくる。


 「みっみっみっ見てないしっ! ちょっと透けてエロイなとか思ってないし?! それに俺の名前を悪口みたいに使うのはやめてくれ!」

 「思いっきり見てたじゃないのよ! ほんといつもいつもあんたは……エロシン(神)! いっぺん野垂れ死ね!」


 尚も罵詈雑言の言葉を俺に浴びせながら、足もとに落ちていた釣り竿を俺に投げつけてきた、その瞬間。


 『ガアアアアアアアアアアアッ!!!』


 俺たちの真後ろから天地が裂けるような声が鳴り響いた。

 その声に恐る恐る振り向いてみると――


 「すまんがイリス。そんなこと言ってる場合じゃなくなってきたぞ」


 ――そこには一匹禍々しい巨大な生物がいた。


お読みくださいありがとうございます。


自分の文章は何か変だなぁと違和感を感じていたのですが、それで調べてみると人称というものがあったんですね。

恥ずかしながら最近知りました。

一人称二人称三人称、単一やら多視点やら。

うーむ、難しい! 頭では分かってても、つい混同してしまいます。

だからといって急に面白く描ける訳では無いと思うんですけど、読みやすい文章にはそういった理由もあったんだなっと。

ちなみに自分は三人称単一が好きですね。細かな描写かつ自然な流れとか読んでて感動します。

この作品に関しては、一人称「ぽい」ですけどね。

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